詩の原理 関連リンク

萩原 朔太郎 のオススメ作品

作家別索引

作品別索引

詩の原理 - 萩原 朔太郎 ( はぎわら さくたろう )

  • h789━ むらの原理 都市の原理
  • 影の館 novel&scenario★吉原理恵子/著★
  • 【鳥頭紀行】 西原理恵子「できるかな リターンズ」
  • 【送料無料!】 『共産党宣言 共産主義の原理』 青木文庫 白51
  • 1円スタート■角松敏生Pro[VOCALAND]藤原理恵PAULINE WILSON
  • ハンセル 保険の原理 D.S.HANSEL
  • おまけ( 楽譜 )付き 【吉原理恵子 JUNE全集2 】 間の楔他 
  • ★吉原理恵子【間の楔-番外編】キャラ文庫完結記念全サ小冊子
  • (邦楽EP)中原理恵 7枚セット
  • 独断流「読書」必勝法 ★清水義範 え西原理恵子
次のページ
     序  本書を書き出してから、自分は寝食を忘れて兼行し、三カ月にして脱稿した。しかしこの思想をまとめる為には、それよりもずっと永い間、殆(ほとん)ど約十年間を要した。健脳な読者の中には、ずっと昔、自分室生犀星(むろうさいせい)等が結束した詩の雑誌感情」の予告に於(おい)て、本書の近刊広告が出ていたことを知ってるだろう。実にその頃からして、自分はこの本を書き出したのだ。しかも中途にして思考が蹉跌(さてつ)し、前に進むことができなくなった。なぜならそこには、どうしても認識の解明し得ない、困難の岩が出て来たから。
 いかに永い間、自分はこの思考を持てあまし、荷物の重圧に苦しんでいたことだろう。考えれば考える程、書けば書くほど、後から後からと厄介な問題が起ってきた。折角一つの岩を切りぬいても、すぐまた次に、別の新しい岩が出て来て、思考前進障害した。すくなくとも過去に於て、自分二千枚近くの原稿書き、そして皆中途に棄ててしまった。言いようのない憂鬱(ゆううつ)が、しばしば絶望どん底から感じられた。しかも狂犬のように執念深く、自分はこの問題に囓(か)じりついていた。あらゆる瘠我慢(やせがまん)の非力をふるって、最後にまで考えぬこうと決心した。そして結局、この書の内容一部分を、鎌倉一年間で書き終った。それは『自由詩原理』と題する部分的の詩論であったが、或る事情から出版が厭(い)やになって、そのまま手許(てもと)に残しておいた。
 大森に移ってきてから、再度全体の整理を始めた。そして最近、終(つい)にこの大部書物書き終った。これには『自由詩原理』を包括したり、そのずっと前に書いて破いた『詩の認識について』も、概要だけを取り入れておいた。そして要するに、詩の形式と内容とにわたるところの、詩論全体を一貫して統一した。即ちこの書物によって、自分は初めて十年来の重荷をおろし、漸(ようや)く呼吸(いき)がつけたわけだ。何という重苦しい、困難な荷物であったろう。自分はちかって決心した。もはや再度こうした思索の迷路の中へ、自分を立ち入らせまいと言うことを。
 自分はこの書物価値について、自ら全く知っていない。意外にこの書は、つまらないものであるか知れない。或(あるい)はまた、意外に面白いものであるか知れない。そうした読者の批判は別として、自分は少なくともこの書物で、過去発表した断片的の多くの詩論――雑誌その他の刊行物に載る――を、殆ど完全に統一した。それらの詩論は、たいてい自分思想一部を、体系から切断して示したもので、多くは暗示的であったり、結論が無かったりした為に、しばしば読者から反問されたり、意外の誤解を招いたりした。(特に自由詩論に関するものは、多くの人から誤解された。)自分はこれ等の人に対し、一々答解することの煩(はん)を避けた。なぜなら本書の出版が、一切を完全に果すことを信じたからだ。この書物に於てのみ、読者は完全に著者を知り、過去の詩論が隠しておいた一つの「鍵(かぎ)」が、実に何であったかを気附くであろう。
 日本に於ては、実に永い時日の間、詩が文壇から迫害されていた。それは恐らく我が国に於ける切支丹(キリシタン)の迫害史が、世界に類なきものであったように、全く外国に珍らしい歴史であった。(確かに吾人(ごじん)は詩という言語の響の中に、日本文壇思潮と相容れない、切支丹邪宗門の匂(にお)いを感ずる。)単に詩壇が詩壇として軽蔑(けいべつ)されているのではない。何よりも本質的なる、詩的精神そのものが冒涜(ぼうとく)され、一切の意味で「詩」という言葉が、不潔に唾(つばき)かけられているのである。我々は単に、空想情熱主観等の語を言うだけでも、その詩的の故(ゆえ)に嘲笑(ちょうしょう)され、文壇的|人非人(にんぴにん)として擯斥(ひんせき)された。
 こうした事態の下に於て、いかに詩人が圧屈され、卑怯(ひきょう)なおどおどした人物にまで、ねじけて成長せねばならないだろうか。丁度あの切支丹が、彼等のマリア観音を壁に隠して、秘密信仰をつづけたように、我々の虐(しい)たげられた詩人たちも、同じくその芸術を守るために、秘密信仰をつづけねばならなかった。そして詩的精神隠蔽(いんぺい)され、感情押しつぶされ、詩は全く健全な発育を見ることができなかった。「こうした暗澹(あんたん)たる事態の下に」自分は幾度か懐疑した。「詩は正(まさ)に亡(ほろ)びつつあるのではないか?」と。それほど一般の現状が、ひどく絶望的なものに見えた。
 けれども今や、詩を求めようとする思潮の浪(なみ)が、新しい文学から起ってきた。すべての新興文学精神は、すくなくとも本質に於ける詩を叫んでいる。おそらくは彼等によって、文学の風見(かざみ)が変るだろう。そして我々のあまりに鎖国的な、あまりに島国的な文壇思潮が、もっと大陸的な世界線の上に出てくるだろう。実に自分は長い間、日本文壇を仇敵視(きゅうてきし)し、それの憎悪(ぞうお)によって一貫して来た。あらゆる詩人的な文学者は――小説家でも思想家でも――日本に於ては不遇であった。


次のページ

萩原 朔太郎 (はぎわら さくたろう) 以外のオススメ作品

詩の原理 (しのげんり) のリンク元

「詩の原理-萩原 朔太郎」の関連ページ


関連ページ
Web Services by Yahoo! JAPAN