諦めている子供たち - 坂口 安吾 ( さかぐち あんご )
雪の晩げに道を歩くと雪ジョロがでるすけオッカネぞとおらとこのオトトもオカカもオラたちに云うてオッカナがらすろも、オラそんげのこと信用(しんよ)しねわい。そらろもオレもオッキなってガキどもができると、そんげのこと云うてオッカナがらすかも知れねな。人間てがんはショウがねもんだて。そらすけオラいまから諦めてるて。
雪の夜道を歩くと雪女郎がでるから怖しいぞとオレのウチの父も母もオレたちに云ってこわがらすが、オレはそんなこと信用していない。けれどもオレも大きくなって子供ができると、そんなことを云ってこわがらすかも知れない。人間というものは仕様がないものだ。それだからオレはいまから諦めてるよ。
小学校四五六年生くらいの子供の言葉と思っていただけばよい。新潟県は土地々々で非常に方言がちがい新発田あたりだけはまるで仙台弁のように鼻にかかる少地域なぞが介在したりするが、いま書いたのは新潟市の方言だ。新潟の子供たちは小にしてすでに甚しく諦観が発達しており、こういう言い方をするのが決して珍しくはないのである。それというのが彼らのオトトやオカカが常にそういう見方や感じ方や言い方をしているからで、要するに先祖代々ずッとそうだということになる。
ここに方言を書いただけではとうてい皆さんにお分りにならないことが一ツあるが、新潟の方言にはまるで唄うような抑揚があって、是が非でも納得させたいと哀願しているような哀れさと同時に自分自身を小バカにし卑屈にしてもてあそんでいるような諦めとユーモアがある。
新潟市の盆唄は次の通り。
「盆らてがんね茄子の皮の雑炊ら。あんまテッコモリで鼻の頭をやいたとさ」
お盆だというのにオレのウチの食い物は茄子の皮の雑炊だとさ。あまり山盛りで鼻のさきを焼いたとさ。というわけだ。自分をわざとわるくいやらしく表現して笑わせてよろこぶ気風である。
新潟市だけの特例だが、冬になると「湯づけ」というものをたべる。冷飯を湯でさッと煮てタクアンぐらいをオカズにカリカリゾロゾロとすする。まことにどうも哀れ惨たる食べ物で、腹があたたまるからと称するけれども実はそれが雪国の貧しさの象徴とでも申したいようなものだ。何の風味もない。これを越後人は自嘲して「沼垂までくると信濃川の向うから湯づけの音がきこえてくる」という。沼垂は今では新潟市だが昔は新潟市ではなかった。両者信濃川をはさんでいる。察するに沼垂には湯づけの風習がないらしく、沼垂までくると川の向うから湯づけをすする音がきこえるというのだが、そのころ信濃川の河口は七町半もあった。洋々たる大河である。けだしこういう大ゲサな表現はまた新潟の表現で、彼らは生れながらにして大ゲサな表現が巧妙である。彼らは人が自殺した話をするにもユーモラスにしか語らない。しかしそれが少しも不愉快にきこえないのは彼らは本来自分自身を何より悪くいやらしく滑稽にしか表現しない根性が逞しく確立されそれが本筋をなして一貫しているからで、人の最悪のことを面白おかしく話をしてもイヤ味が感じられない。諦観のドン底をついておって自分の葬式まで笑いとばすような根性が風土的に逞しく行き渡っているのである。それが少年少女に特に強くでる。なぜかというとオトトやオカカは自分の生活苦があっていかに生れつきの持前でも多少は自分を笑いたくないような悲しいやつれがあるが、子供にはそれがないから、彼らの諦観はむしろ大人よりも野放図もなく逞しく表れてくるのである。
こういう諦観はおそらく半年雪にとざされ太陽から距てられてしまう風土の特色と、も一つ新潟は生えぬきの港町で色町だった。つまり遊ぶ町だ。絃歌のさざめきを古来イノチにしていたような町だ。だから「新潟には男の子と杉の木は育たない」と自ら称している言葉があって、私が小学校の時は校長先生の訓辞はいつもそれだった。私の小学校の根津校長先生は大いに男の子も育てようと大きな願いをいだいていられるように見受けられたが、その小学校にすらも野外運動場が全くない。また他の小学校に於てもそうだ。屋外運動など不用というのは新潟市民の諦観と同じように風土的、気質的な考え方で、つまり女子の性行をもって男子に当てはめ、男の子が屋外で泥んこに遊ぶようなのは悪事だとすら考え、屋外で遊びたがる子は末おそろしき子だぐらいに考える気風があるのだ。
先日私が久しぶりに新潟へ行ってみたら、私の学んだ小学校はまだ昔そのままで、相変らず屋外に運動場のない姿であった。子供のために屋外運動場を新設してやろうというような雄々しい考えを二人や三人考えても多くの市民が相手にしないであろうことは明らかで「そんげなもん、いらねわ」(そんなもの、いらないよ)とオトトもオカカも軽くかたづけてしまうことは明白なのだ。
先刻湯づけの話を書いたが、誤解のないように書き添えるが、新潟は古来遊ぶ町だから、独特のうまい食べ物は非常に多いところだ。特に冬向きのものに多い。北海道の「鮭ずし」は元来新潟のもので(北海道は新潟人の出稼ぎ人が最も多く土着した)似たような「鮎ずし」もあり、海の魚も川の魚も美味だが、土地の魚は多くはとれないので一般用はよその魚かも知れない。ソバも菓子もわるくない。独特なのに白砂糖をつけてたべる「オヤキ」というのがあるが塩アズキだから冬でも一日しかもたない。冬以外はつくれない。この塩アズキに砂糖をつける味が独特で、不便を承知で、ぜったいにアズキと砂糖を一しょに煮ないところがこの土地の良さ、よく味覚を知っているところと云えるだろう。
雪の夜道を歩くと雪女郎がでるから怖しいぞとオレのウチの父も母もオレたちに云ってこわがらすが、オレはそんなこと信用していない。けれどもオレも大きくなって子供ができると、そんなことを云ってこわがらすかも知れない。人間というものは仕様がないものだ。それだからオレはいまから諦めてるよ。
小学校四五六年生くらいの子供の言葉と思っていただけばよい。新潟県は土地々々で非常に方言がちがい新発田あたりだけはまるで仙台弁のように鼻にかかる少地域なぞが介在したりするが、いま書いたのは新潟市の方言だ。新潟の子供たちは小にしてすでに甚しく諦観が発達しており、こういう言い方をするのが決して珍しくはないのである。それというのが彼らのオトトやオカカが常にそういう見方や感じ方や言い方をしているからで、要するに先祖代々ずッとそうだということになる。
ここに方言を書いただけではとうてい皆さんにお分りにならないことが一ツあるが、新潟の方言にはまるで唄うような抑揚があって、是が非でも納得させたいと哀願しているような哀れさと同時に自分自身を小バカにし卑屈にしてもてあそんでいるような諦めとユーモアがある。
新潟市の盆唄は次の通り。
「盆らてがんね茄子の皮の雑炊ら。あんまテッコモリで鼻の頭をやいたとさ」
お盆だというのにオレのウチの食い物は茄子の皮の雑炊だとさ。あまり山盛りで鼻のさきを焼いたとさ。というわけだ。自分をわざとわるくいやらしく表現して笑わせてよろこぶ気風である。
新潟市だけの特例だが、冬になると「湯づけ」というものをたべる。冷飯を湯でさッと煮てタクアンぐらいをオカズにカリカリゾロゾロとすする。まことにどうも哀れ惨たる食べ物で、腹があたたまるからと称するけれども実はそれが雪国の貧しさの象徴とでも申したいようなものだ。何の風味もない。これを越後人は自嘲して「沼垂までくると信濃川の向うから湯づけの音がきこえてくる」という。沼垂は今では新潟市だが昔は新潟市ではなかった。両者信濃川をはさんでいる。察するに沼垂には湯づけの風習がないらしく、沼垂までくると川の向うから湯づけをすする音がきこえるというのだが、そのころ信濃川の河口は七町半もあった。洋々たる大河である。けだしこういう大ゲサな表現はまた新潟の表現で、彼らは生れながらにして大ゲサな表現が巧妙である。彼らは人が自殺した話をするにもユーモラスにしか語らない。しかしそれが少しも不愉快にきこえないのは彼らは本来自分自身を何より悪くいやらしく滑稽にしか表現しない根性が逞しく確立されそれが本筋をなして一貫しているからで、人の最悪のことを面白おかしく話をしてもイヤ味が感じられない。諦観のドン底をついておって自分の葬式まで笑いとばすような根性が風土的に逞しく行き渡っているのである。それが少年少女に特に強くでる。なぜかというとオトトやオカカは自分の生活苦があっていかに生れつきの持前でも多少は自分を笑いたくないような悲しいやつれがあるが、子供にはそれがないから、彼らの諦観はむしろ大人よりも野放図もなく逞しく表れてくるのである。
こういう諦観はおそらく半年雪にとざされ太陽から距てられてしまう風土の特色と、も一つ新潟は生えぬきの港町で色町だった。つまり遊ぶ町だ。絃歌のさざめきを古来イノチにしていたような町だ。だから「新潟には男の子と杉の木は育たない」と自ら称している言葉があって、私が小学校の時は校長先生の訓辞はいつもそれだった。私の小学校の根津校長先生は大いに男の子も育てようと大きな願いをいだいていられるように見受けられたが、その小学校にすらも野外運動場が全くない。また他の小学校に於てもそうだ。屋外運動など不用というのは新潟市民の諦観と同じように風土的、気質的な考え方で、つまり女子の性行をもって男子に当てはめ、男の子が屋外で泥んこに遊ぶようなのは悪事だとすら考え、屋外で遊びたがる子は末おそろしき子だぐらいに考える気風があるのだ。
先日私が久しぶりに新潟へ行ってみたら、私の学んだ小学校はまだ昔そのままで、相変らず屋外に運動場のない姿であった。子供のために屋外運動場を新設してやろうというような雄々しい考えを二人や三人考えても多くの市民が相手にしないであろうことは明らかで「そんげなもん、いらねわ」(そんなもの、いらないよ)とオトトもオカカも軽くかたづけてしまうことは明白なのだ。
先刻湯づけの話を書いたが、誤解のないように書き添えるが、新潟は古来遊ぶ町だから、独特のうまい食べ物は非常に多いところだ。特に冬向きのものに多い。北海道の「鮭ずし」は元来新潟のもので(北海道は新潟人の出稼ぎ人が最も多く土着した)似たような「鮎ずし」もあり、海の魚も川の魚も美味だが、土地の魚は多くはとれないので一般用はよその魚かも知れない。ソバも菓子もわるくない。独特なのに白砂糖をつけてたべる「オヤキ」というのがあるが塩アズキだから冬でも一日しかもたない。冬以外はつくれない。この塩アズキに砂糖をつける味が独特で、不便を承知で、ぜったいにアズキと砂糖を一しょに煮ないところがこの土地の良さ、よく味覚を知っているところと云えるだろう。
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▽ページトップ■なぜ生きるんだ ‐自分を生きる言葉‐ ★★☆☆☆▽No.1▼次へ昔、何かで「安吾を読んでないヤツが読書家語るな」みたいな記事を目にしたことがあった。それで意地になって、読んでいなかったのが坂口安吾 -
主観的Book Review - 本と猫 - 本と猫
幸太郎/いしいしんじ/磯崎憲一郎/内田百閒/小川糸/小川洋子★か行海堂尊/角田光代/鏑木蓮/河上朔/菊地敬一/ゲッツ板谷★さ行坂口安吾/重松清/瀬戸内晴美★た行高杉 良/高任和夫/津島佑子/千野帽子/★な行 -
掲載記事1989年 - karatanibiblio @ ウィキ - karatanibiblio @ ウィキ
.5.15→講談社学術文庫、1995.6 →改題「小説という闘争:中上健次」『坂口安吾と中上健次』太田出版、1996.2→講談社文芸文庫、2006.9 →加筆修正・改題「近代文学の終り」、『定本 -
メニュー2 - vinews @ ウィキ - vinews @ ウィキ
テストwiki 安吾の新日本地理 伊達政宗の城へ乗込む――仙台の巻―― 坂口安吾 仙台は伊達政宗のひらいた城下町。その時までは原野であったそうだ。 この城は天嶮だね。しか -
掲載記事1988年 - karatanibiblio @ ウィキ - karatanibiblio @ ウィキ
について:坂口安吾『堕落論』」、『新潮』1988年12月号「特集=昭和文学の結節点」 →『坂口安吾と中上健次』太田出版、1996.2→講談社文芸文庫、2006.9● 「中野重治と転向」、『中央 -
みんなで読書 捕物帳 半七&右門&安吾&顎十郎&旗本退屈男 - PlayStation Network まとめサイト @wiki - PlayStation Network まとめサイト @wiki
ゲーム名 みんなで読書 捕物帳 半七&右門安吾顎十郎旗本退屈男 対応フォーマット PSP ジャンル その他 プレイヤー人数 オフライン1人 販売価格 ¥1,500 配信 -
坂口さんのページ - kanagawapain @ ウィキ - kanagawapain @ ウィキ
坂口さん面倒ですみませんが、連絡用のページと同様にこちらにお書き下さいませ。 -
森見登美彦 - 本と猫 - 本と猫
く四編はUPされていたので無料で読むことが出来た。この作品のがっかり感の反動か、原典作品に大感動してしまった。特に、坂口安吾の『桜の森の満開の下』。脱線するので、ここで原典作品の感想は避けようと思う。この -
久我山中学(日本文学)100冊 - wikiwiki2 @ ウィキ - wikiwiki2 @ ウィキ
文庫 32 黒井千次 春の道標 新潮文庫 33 幸田文 おとうと 新潮文庫 34 斎藤茂吉 斎藤茂吉随筆集 岩波文庫 35 斎藤隆介 ベロ出しチョンマ 角川文庫 36 坂口安吾 桜の森の満開の下 講談 -
市川学園(高等学校)100冊 - wikiwiki2 @ ウィキ - wikiwiki2 @ ウィキ
テルは語る』 ユーリー・ボリソフ ●評論・記録文学 54 『病牀六尺』 正岡子規 55 『現代日本の開化』 夏目漱石 56 『無常という事』 小林秀雄 57 『堕落論』 坂口安吾 58 『二十世紀』 橋本治 59
