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豪華版 - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )

  • 宮本百合子選集第一巻・小説集 ☆宮本百合子
  • 【本】 宮本百合子研究・宮本百合子批評 関係書 6冊 N21078
  • 宮本百合子全集 補巻一 習作一 函・月報付 新日本出版社
  • 現代日本文学全集35 宮本百合子集 筑摩書房
  • (新日本出版社) 宮本百合子選集 全12冊 送料無料!!
  • 【切手OK】宮本百合子『伸子 上巻』岩波版ほるぷ図書館文庫
  • 日本文学全集22 宮本百合子 伸子/二つの庭 河出書房新社
  • ●「新版 宮本百合子全集」第10巻 定価6000円
  • 宮本百合子全集5冊セット全初版 別巻1、2 補巻1、2 別冊 
  • 宮本百合子全集 28巻セット■新日本出版社■1980/82年
 どんな作家でも、自分書く本が立派にこしらえられ、そして見事に売れることをよろこびとする。しかし、その自然なこころもちは、時代のいろいろの関係で、あながち、芸術的に発露されにくい。何しろ、出版企業というものに結びついているのだから。
 文学を愛し、文学をつくる人になる前に生活の必要と文学愛好の心からジャーナリズム関係に入る若い人は、みんな大抵幻滅を経験する。バルザックの「幻滅」とはちがった意味で。遠くから見て敬意を抱いていた芸術家たちが、ジャーナリストとして接触してゆくと、その人々のジャーナリズムへの態度が露呈され、人間的にも幻滅し文学的にも別な目をさまされる。そして悲しいことに、一種の文化的すれからしとなってしまう。「まんじ」が一冊千円ということは、幾人かの人から幾たびかきいた。「まんじ」が千円ということは、今の出版にある一種の傾向から肯けて、それはウィスキイ一本何千円ということに似て理解された。
 志賀直哉が自著入りでやはり千円の本を出す、ときく心持は「まんじ」の場合よりも、もっと文学の圏内におこったことの感じであった。「暗夜行路」をくりかえしよんだ私たちの年代のものは、千円の本をつくる作家志賀直哉に対し、もし事実であるならば暗然とした心もちがある。闇の紙で出した部数が多ければ多いほど、これだけ無理をしているのだからと、次期の割当を増している出版協会の割当方法奇妙だし、きのうの新聞に出たように、原稿料を基準に本の定価をきめる、という物価庁の意見も腑におちない。文化現象としてよりもインフレーション現象としての出版問題解決はむずかしく複雑であろう。石橋湛山は、編輯者としてインフレーション問題を扱えば、まさか聖書の文句を引用して幼児の如くあらずんば天国に入るを得ず、とあるから国民よ、幼児のごとく政府信頼せよ、とは書かなかったであろう。しかし大臣となって、いかな魔法のためか、その椅子はぐらつきつつ顛覆しないときまってみると、なかなか人間をはなれた発言をする。物価庁が、原稿料を基準に、という意見発表するとき、湛山の役所風なヴァリエーションを感ずる。表通りは固めて、裏はふつうという。――
 書籍の※を原稿料によってきめるとき、現象的にみれば、高い原稿料を基準にするほど企業上有利であろうから、もしかすれば一般原稿料はあがる、ということになるかもしれない。けれども、そうして高い本が出ると本屋との関係にかかわっているばかりでなく、文学世界にじかにかかわって来ている。作家の実感にかかわって来ている。そして、日本に、民主的な文学ということをいうならば、その文学問題にかかわっているのである。
 日本近代史は、思えば、畳まれた提灯のようだと思う。ヨーロッパ三百五百年とかかってその一輪、一区切りずつ動いて来たものが、短く明治以来の八十年にたたみこまれてしまっている。畳みめのせんさくがこの頃やっとはじめられて、ひだの深さの間に近代文学自我主体確立その他問題が詮議されている。一方に、こうして、先ず用紙割当のための民主的な委員会作ることは考えずに、原価基準風に、原稿料基準の※書籍をこしらえようとするような文化の非自立性が進行している。しかもこの現象は、探求されている日本文学史上のあらゆる近代確立問題の根蔕において繋がっているのであって、買うのはどういう人々だろう。荷風、潤一郎は昨今では闇屋の作家である。と云われている言葉がある。新聞には三千五百円の句集ということが話題にされているけれども、この間の晩、三省堂店頭に据えられたマイクは、あんなに書籍払底を訴えていた。それを訴える声々は、どれもみんな若かった。その声よりも稚い国民学校子供たち、絵本のほしい子供たち、その子たちはアメリカ子供がたべても美味しいミカン、という奇妙唱歌をうたって、アメリカから送られたきれいな本を三越展覧会でごらんなさい、と教えられている。国民学校中等学校教科書が絶対に足らない。それは、そうなる。一冊三千五百円の教科書はないから。よしんば、親はその句集を買っても、子供教科書は、人間成長に入用な教科書だから、儲けがきまっているから、ない。文学生活とその本の出版ということに、こういう現実はみんなかかわって来ている。
 昔、北原白秋が羊皮にサファイアやルビーをちりばめた豪華版の詩集を出す広告をしたことがあった。実現したかしなかったのか知らない。白秋のロマンティシズムに、九州柳川の日が照って、桐の花がちりかかっていたように、その頃の、きれいな本をつくりたい心、そういうきれいな本をもってみたい心は、日本出版企業の、かつて初々しかった昔の物語である。そして、それはまだ文化問題に入っていたのである。〔一九四七年四月



底本:「宮本百合子全集 第十六巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年6月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:「文学会議第一
   1947(昭和22)年4月30日号
入力柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月14日作成
青空文庫作成ファイル
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