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貝殻 - 芥川 竜之介 ( あくたがわ りゅうのすけ )

  • 朗読CD 朗読街道30「魔術・妙な話・春の夜」芥川龍之介
  • 「芥川龍之介」 関口安義   岩波新書
  • ◆◇ 芥川龍之介 著「羅生門・鼻」(新潮文庫) ◇◆
  • 朗読CD 朗読街道28「トロッコ・蜜柑・片恋・他」芥川龍之介
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  • 芥川龍之介◆侏儒の言葉・西方の人◆続西方の人収録
  • 別冊毎日グラフ 芥川龍之介 生誕百年、そして今
  • 絶版■芥川龍之介【邪宗門・杜子春】新潮文庫帯/昭和42年/葱.秋
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貝殼 芥川龍之介      一 猫  彼等は田舎(ゐなか)に住んでゐるうちに、猫を一匹飼ふことにした。猫は尾の長い黒猫だつた。彼等はこの猫を飼ひ出してから、やつと鼠の災難だけは免(まぬか)れたことを喜んでゐた。
 半年(はんとし)ばかりたつた後(のち)、彼等は東京へ移ることになつた。勿論猫も一しよだつた。しかし彼等は東京へ移ると、いつか猫が前のやうに鼠をとらないのに気づき出した。「どうしたんだらう? 肉や刺身(さしみ)を食はせるからかしら?」「この間Rさんがさう言つてゐましたよ。猫は塩の味を覚えると、だんだん鼠をとらないやうになるつて。」――彼等はそんなことを話し合つた末、試みに猫を餓ゑさせることにした。
 しかし、猫はいつまで待つても、鼠をとつたことは一度もなかつた。そのくせ鼠は毎晩のやうに天井裏(てんじやううら)を走りまはつてゐた。彼等は、――殊に彼の妻は猫の横着(わうちやく)を憎み出した。が、それは横着ではなかつた。猫は目に見えて痩せて行きながら、掃(は)き溜(だ)めの魚(さかな)の骨などをあさつてゐた。「つまり都会的になつたんだよ。」――彼はこんなことを言つて笑つたりした。
 そのうちに彼等はもう一度田舎(ゐなか)住ひをすることになつた。けれども猫は不相変(あひかはらず)少しも鼠をとらなかつた。彼等はとうとう愛想(あいそ)をつかし、気の強い女中に言ひつけて猫を山の中へ捨てさせてしまつた。
 すると或晩秋の朝、彼は雑木林(さふきばやし)の中を歩いてゐるうちに偶然この猫を発見した。猫は丁度(ちやうど)雀を食つてゐた。彼は腰をかがめるやうにし、何度も猫の名を呼んで見たりした。が、猫は鋭い目にぢつと彼を見つめたまま、寄りつかうとする気色(けしき)も見せなかつた。しかもパリパリ音を立てて雀の骨を噛み砕いてゐた。

     二 河鹿

 或温泉にゐる母から息子(むすこ)へ人伝(ひとづ)てに届けたもの、――桜の実(み)、笹餅、土瓶(どびん)へ入れた河鹿(かじか)が十六匹、それから土瓶の蔓に結(むす)びつけた走り書き手紙一本
 その手紙の一節はかうである。――「この河鹿(かじか)は皆|雄(をす)に候。雌(めす)はあとより届け候。尤(もつと)も雌雄(めすをす)とも一つ籠に入れぬやうに。雌は皆雄を食ひ殺し候。」

     三 或女の話

 わたしは丁度(ちやうど)十二の時に修学旅行直江津(なほえつ)へ行(ゆ)きました。(わたしの小学校信州の×と云ふ町にあるのです。)その時始めて海と云ふものを見ました。それから汽船と云ふものを見ました。汽船へ乗るには棧橋(さんばし)からはしけに乗らなければなりません。私達のゐた棧橋にはやはり修学旅行に来たらしい、どこか外(ほか)の小学校生徒も大勢(おほぜい)わいわい言つてゐました。その外の小学校生徒がはしけへ乗らうとした時です。黒い詰襟洋服を着た二十四五の先生一人(ひとり)、(いえ、わたしの学校先生ではありません。)いきなりわたしを抱(だ)き上げてはしけへ乗せてしまひました。それは勿論間違ひだつたのです。その先生は暫(しばら)くたつてから、わたしの学校先生がわたしを受けとりにやつて来た時、何度もかう言つてあやまつてゐました。――「どうもうちの生徒にそつくりだもんですから。」
 その先生がわたしを抱き上げてはしけへ乗せた時の心もちですか? わたしはずゐぶん驚きましたし、怖いやうにも思ひましたけれども、その外(ほか)にまだ何(なん)となく嬉しい気もしたやうに覚えてゐます。

     四 或運転手

 銀座四丁目(ぎんざよんちやうめ)。或電車運転手一人(ひとり)、赤旗を青旗に見ちがへたと見え、いきなり電車を動かしてしまつた。が、間違ひに気づくが早いか、途方(とほう)もないおほ声に「アヤマリ」と言つた。僕はその声を聞いた時、忽ち兵営や練兵場を感じた。僕の直覚は当たつてゐたかしら。

     五 失敗

 あの男は何をしても失敗してゐた。最後にも――あの男は最後には壮士役者(さうしやくしや)になり白瀬中尉(しらせちうゐ)を当てこんだ「南極探険」と云ふ芝居へ出ることになつた。


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