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貞操について - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )

  • 宮本百合子選集第一巻・小説集 ☆宮本百合子
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 私たちが、或るひとつの言葉からうける感じは、実に微妙、複雑なものだと、びっくりする。たとえばここに、という表題がある。これを見たとき、私たちの心に直感されたのは何だろう。貞操というもののたしかな価値の感じだろうか。それとも、それは現代生活の波瀾のなかで、婦人帽のはじにちょっと下げられた一ひらのヴェールのように、その不安定さ、あいまいさの故に却って風情好奇心とを、ひかれるような言葉として感じられるだろうか。
 貞操というような言葉をきいたとき、今日の若い多くの人々の眼の中には、その言葉に圧迫されたり拘束を感じたりするような色はもう見えない。それにかわって、一体貞操というものの本質はどういうものだろうかと問い質したげな輝きがつよくあらわれて来たのである。今日世界のいたるところで、過去価値評価がくつがえされつつある。政治上の権力においても、又風習においても。ヨーロッパよりも六七十年おくれて、民主社会にふみ出そうとしている日本では、おくれているだけに事情は複雑で、過去のモラルの形式は、急速に現実の風波にさらされ、再評価されつつある。貞操という種類の言葉が、よかれあしかれ、何かの実感をもってうけとられるのは、今日若い命の力ばかりをたよりに歴史の曲折をしのいでいるような若い人々からみれば、もう一時代前、つまりその人たちの父母たちの時代で一段落つげているように思われる。きょうという日に生活のひとこまを展開させている若い人々に、貞操という呪文めいた言葉表現で向っても、既に理性にも感情にも訴えるものを失っているだろう。在るのは、数々の人間行動の基準の一つとして、両性関係をどう見てゆくか、という白日的な問題の提出方法である。それは、過去において、貞操が扱われたような信仰的なものではなくて、もっと客観的な探求の対象として、人間生活理解の上の課題としてあらわれるのである。

 そもそも人間社会に、貞操という言葉登場したのは、いつ頃のことなのだろう。そして、それはどんな必然に立ち、特に婦人に対してばかり貞操ということを重要問題として来ていたのであろうか。
 ここに一つの物語がある。
 第一次大戦までは、まだ地球の端々にのこされていた未開の人々の社会での出来ごとである。その野蛮人たちの男は狩り仕事とし、女は木の葉でふいた小舎の前で穀物をついたり、酒をかもしたりして働き、彼等の間では結婚形態も、原始のままで行われていた。一つの部落内では集団婚で、良人と妻とは互に一人一人のものときまっていなかった。狩りのえものがあって何日かは食べるものの心配から解放されたとき男は自分の好きな女の小舎に入って、外に自分弓矢をかけておくのが習慣であった。部落のほかの男たちは、そこに一対の弓矢がかけられている間は、その持主に良人の位置を認めるわけである。
 獣の巣ごもりに近いそういう男女結合の形でも、やはり人間には互の好きさが大きい役割をもっていた。その弓矢をもった男と、小舎の女とは、互にひどく気に入って、愛着し、はなれることがいやであった。小舎を出てゆけば、しるしの弓矢がはずされなければならない。弓矢がはずされれば、ほかの男が良人の権利を交代するであろう。男にそれが辛かったし、女もそういう自分ののぞまない変化はきらいに思った。未開の人の頭では、その弓矢を小舎の外からはずさないで、男が狩りをする方法は思い当らなかった。餓えがはじまった。それでも二人は、離れなかった。離れるより餓える方を選んだ。そして、いくつもの朝と夜とがすぎた。が、その小舎の前には、もう久しく同じ弓矢が、かけられたままになっている。
 野蛮部落の人々のこころに疑問がわいて来た。考える能力がおぼろげながら発動して、部落の人々は、この小舎の弓矢のかけ工合は異常だと認めた。すべての男たちが、自分たちの仕来りを考え、狩りのえものの分量を考え、それを女と二人で食って生活する小舎の暮しを思い、一対の弓矢ばかりが、そんなにいくつもの夜から朝へとかけられたままになっていることはあり得ないと判断した。そこで会議がひらかれて、小舎がしらべられた。そこで部落の人々が発見したのは何であったろう。部落のすべての人になじみの深かった男の一人と、女の一人とが互に抱きあったまま死んでいた。その小舎にはかじる一本の骨も一粒の穀物もなくなっていた。
 これは、部落風習にとって驚異であった。相手を選んでそれを離したくないと主張した一組の男女の死が見出された。十九世紀ヨーロッパ人である報告者は、かかる未開人の間においても、なお愛情最後決定をする場合がある、といっているのである。

 人間男女は、自然のままの表現としてはこんな発端で、愛情の永続を希う意志表示をして来た。そのような未開社会男女結合の間で、貞操などという言葉は思いつきもされなかった。同じくらいの好きさなら、同じぐらいいやでないならば、相手の男女が変ろうと、そのときどきの真心といつわりのない愛が示された。
 万葉の歌の多くを見ても、そこに何と瑞々しく恋愛の思いがうたわれていることだろう。花になぞらえ、雲にたとえて、男女相愛の思いは、直接な感覚に迫ったあこがれとして表現されている。しかし、稚い社会にふさわしく稚かったそれらの古代日本人の心情は、同じように燃ゆる思いが、一人から又他の一人へとうつることをあやしまなかった。そのような事情がめぐって来たとき一時に二人の男女愛することに虚偽も作為もなかった。


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