赤痢 - 石川 啄木 ( いしかわ たくぼく )
凹凸(でこぼこ)の石高路(いしだかみち) その往還を左右から挾んだ低い茅葺屋根が、凡そ六七十もあらう。何(ど)の家も、何の家も、古びて、穢なくて、壁が落ちて、柱が歪んで、隣々に倒(のめ)り合つて辛々(やう/\)支へてる樣に見える。家の中には生木の薪を焚く煙が、物の置所も分明(さだか)ならぬ程に燻(くすぶ)つて、それが、日一日|破風(はふ)と誘ひ合つては、腐れた屋根に這つてゐる。兩側の狹い淺い溝には、襤褸片(ぼろきれ)や葫蘿蔔(にんじん)の切端(きれつぱし)などがユラユラした涅泥(ひどろ)に沈んで、黝黒(どすぐろ)い水に毒茸の樣な濁つた泡が、ブク/\浮んで流れた。
駐在所の髯面の巡査、隣村から應援に來た今一人の背のヒョロ高い巡査、三里許りの停車場所在地に開業してゐる古洋服の醫師、赤焦(あかちや)けた黒繻子の袋袴を穿(は)いた役場の助役、消毒具を携へた二人の使丁(こづかひ)、この人數は、今日も亦家毎に強行診斷を行(や)つて歩いた。空は、仰げば目も眩む程無際限に澄み切つて、塵一片飛ばぬ日和であるが、稀に室外を歩いてるものは、何れも何れも申合せた樣に、心配氣な、浮ばない顏色をして、跫音を偸んでる樣だ。其家(そこ)にも、此家(ここ)にも、怖し氣な面構をした農夫や、アイヌ系統によくある、鼻の低い、眼の濁つた、青脹(あをぶく)れた女などが門口に出で、落着の無い不恰好な腰附をして、往還の上下を眺めてゐるが、一人として長く立つてるものは無い。子供等さへ高い聲も立てない。時偶(ときたま)胸に錐でも刺された樣な赤兒の悲鳴でも聞えると、隣近所では妙に顏を顰める。素知らぬ態(ふり)をしてるのは、干からびた鹽鱒(しほびき)の頭を引擦つて行く地種の痩犬、百年も千年も眠つてゐた樣な張合のない顏をして、日向(ひなた)で欠伸をしてゐる眞黒な猫、往還の中央で媾(つる)んでゐる※くらゐなもの。村中濕りかへつて巡査の靴音と佩劍の響が、日一日、人々の心に言ひ難き不安を傳へた。
鼻を刺す石炭酸の臭氣が、何處となく底冷えのする空氣に混じて、家々の軒下には夥しく石灰が撒きかけてある。――赤痢病の襲來を被つた山間(やまなか)の荒村(あれむら)の、重い恐怖と心痛に充ち滿ちた、目もあてられぬ、そして、不愉快な状態は、一度その境を實見したんで無ければ、迚も想像も及ぶまい。平常(ひごろ)から、住民の衣、食、住――その生活全體を根本(ねつ)から改めさせるか、でなくば、初發患者の出た時、時を移さず全村を燒いて了ふかするで無ければ、如何に力を盡したとて豫防も糞も有つたものでない。三四年前、この村から十里許り隔つた或村に同じ疫(やまひ)が猖獗を極めた時、所轄警察署の當時の署長が、大英斷を以て全村の交通遮斷を行つた事がある。お蔭で他村には傳播しなかつたが、住民の約四分の一が一秋の中に死んだ。尤も、年々|何(ど)の村でも一人や二人、五人六人の患者の無い年はないが、巧に隱蔽して置いて※牛兒(げんのしようこ)の煎藥でも服(の)ませると、何時しか癒つて、格別傳染もしない。それが、萬一醫師にかゝつて隔離病舍に收容され、巡査が家毎に呶鳴つて歩くとなると、噂の擴がると共に疫が忽ち村中に流行して來る――と、實際村の人は思つてるので、疫其者より巡査の方が嫌はれる。初發患者が見附かつてから、二月足らずの間に、隔離病舍は狹隘を告げて、更に一軒山蔭の孤家(ひとつや)を借り上げ、それも滿員といふ形勢で、總人口四百内外の中、初發以來の患者百二名、死亡者二十五名、全癒者四十一名、現患者三十六名、それに今日の診斷の結果で又二名増えた。戸數の七割五分は何の家も患者を出し、或家では一家を擧げて隔離病舍に入つた。
秋も既う末――十月下旬の短かい日が、何時しかトップリと暮れて了つて、霜も降るべく鋼鐵色に冴えた空には白々と天の河が横はつた。さらでだに蟲の音も絶え果てた冬近い夜の寥しさに、まだ宵ながら、戸がピッタリと閉つて、通る人もなく、話聲さへ洩れぬ。重い/\不安と心痛が、火光(あかり)を蔽ひ、門を鎖し、人の喉を締めて、村は宛然(さながら)幾十年前に人間の住み棄てた、廢郷かの樣に闃乎(ひつそり)としてゐる。今日は誰々が顏色が惡かつたと、何れ其※(そんな)事のみが住民の心に徂徠(ゆきき)してるのであらう。
其重苦しい沈默の中に、何か怖しい思慮が不意に閃く樣に、此のトッ端(ぱずれ)の倒(のめ)りかゝつた家から、時時パッと火花が往還に散る。それは鍛冶屋で、トンカン、トンカンと鐵砧(かなしき)を撃つ鏗(かた)い響が、地の底まで徹る樣に、村の中程まで聞えた。
其隣がお由と呼ばれた寡婦(やもめ)の家、入口の戸は鎖されたが、店の煤び果てた二枚の障子――その處々に、朱筆で直した痕の見える平假名の清書が横に逆樣に貼られた――に、火花が映つてゐる。凡そ、村で人氣(ひとけ)のあるらしく見えるのは、此家と鍛冶屋と、南端れ近い役場と、雜貨やら酒石油などを商ふ村長の家の四軒に過ぎない。
ガタリ、ガタリと重い輛(くるま)の音が石高路(いしだかみち)に鳴つて、今しも停車場通ひの空荷馬車が一臺、北の方から此村に入つた。荷馬車の上には、スッポリと赤毛布を被つた馬子(まご)が胡坐(あぐら)をかいてゐる。と、お由の家の障子に影法師が映つて、張のない聲に高く低く節附けた歌が聞える。
『あしきをはらうて救けたまへ、天理王のみこと。……この世の地と、天とをかたどりて、夫婦をこしらへきたるでな。これはこの世のはじめだし。……一列すまして甘露臺。』
歌に伴れて障子の影法師が踊る。妙な手附をして、腰を振り、足を動かす。或は大きく朦乎(ぼんやり)と映り、或は小く分明(はつきり)と映る。
『チヨッ。』と馬子は舌鼓(したうち)した。『フム、また狐の眞似|演(し)てらア!』
『オイ お申婆(さるばあ)でねえか?』と、直ぐ又大きい聲を出した。丁度その時、一人の人影が草履の音を忍ばせて、此家に入らうとしたので。『アイサ。』と、人影は暗い軒下に立留つて、四邊(あたり)を憚る樣に答へた。『隣の兄哥(あにい)か? 早かつたなす。』
『早く歸(けえ)つて寢る事(こつ)た。恁※(こんな)時何處ウ徘徊(うろつ)くだべえ。天理樣拜んで赤痢神が取附(とつつ)かねえだら、ハア、何で醫者藥が要(い)るものかよ。』
『何さ、ただ、お由嬶に一寸用があるだで。』と、聲を低めて對手を宥める樣に言ふ。
駐在所の髯面の巡査、隣村から應援に來た今一人の背のヒョロ高い巡査、三里許りの停車場所在地に開業してゐる古洋服の醫師、赤焦(あかちや)けた黒繻子の袋袴を穿(は)いた役場の助役、消毒具を携へた二人の使丁(こづかひ)、この人數は、今日も亦家毎に強行診斷を行(や)つて歩いた。空は、仰げば目も眩む程無際限に澄み切つて、塵一片飛ばぬ日和であるが、稀に室外を歩いてるものは、何れも何れも申合せた樣に、心配氣な、浮ばない顏色をして、跫音を偸んでる樣だ。其家(そこ)にも、此家(ここ)にも、怖し氣な面構をした農夫や、アイヌ系統によくある、鼻の低い、眼の濁つた、青脹(あをぶく)れた女などが門口に出で、落着の無い不恰好な腰附をして、往還の上下を眺めてゐるが、一人として長く立つてるものは無い。子供等さへ高い聲も立てない。時偶(ときたま)胸に錐でも刺された樣な赤兒の悲鳴でも聞えると、隣近所では妙に顏を顰める。素知らぬ態(ふり)をしてるのは、干からびた鹽鱒(しほびき)の頭を引擦つて行く地種の痩犬、百年も千年も眠つてゐた樣な張合のない顏をして、日向(ひなた)で欠伸をしてゐる眞黒な猫、往還の中央で媾(つる)んでゐる※くらゐなもの。村中濕りかへつて巡査の靴音と佩劍の響が、日一日、人々の心に言ひ難き不安を傳へた。
鼻を刺す石炭酸の臭氣が、何處となく底冷えのする空氣に混じて、家々の軒下には夥しく石灰が撒きかけてある。――赤痢病の襲來を被つた山間(やまなか)の荒村(あれむら)の、重い恐怖と心痛に充ち滿ちた、目もあてられぬ、そして、不愉快な状態は、一度その境を實見したんで無ければ、迚も想像も及ぶまい。平常(ひごろ)から、住民の衣、食、住――その生活全體を根本(ねつ)から改めさせるか、でなくば、初發患者の出た時、時を移さず全村を燒いて了ふかするで無ければ、如何に力を盡したとて豫防も糞も有つたものでない。三四年前、この村から十里許り隔つた或村に同じ疫(やまひ)が猖獗を極めた時、所轄警察署の當時の署長が、大英斷を以て全村の交通遮斷を行つた事がある。お蔭で他村には傳播しなかつたが、住民の約四分の一が一秋の中に死んだ。尤も、年々|何(ど)の村でも一人や二人、五人六人の患者の無い年はないが、巧に隱蔽して置いて※牛兒(げんのしようこ)の煎藥でも服(の)ませると、何時しか癒つて、格別傳染もしない。それが、萬一醫師にかゝつて隔離病舍に收容され、巡査が家毎に呶鳴つて歩くとなると、噂の擴がると共に疫が忽ち村中に流行して來る――と、實際村の人は思つてるので、疫其者より巡査の方が嫌はれる。初發患者が見附かつてから、二月足らずの間に、隔離病舍は狹隘を告げて、更に一軒山蔭の孤家(ひとつや)を借り上げ、それも滿員といふ形勢で、總人口四百内外の中、初發以來の患者百二名、死亡者二十五名、全癒者四十一名、現患者三十六名、それに今日の診斷の結果で又二名増えた。戸數の七割五分は何の家も患者を出し、或家では一家を擧げて隔離病舍に入つた。
秋も既う末――十月下旬の短かい日が、何時しかトップリと暮れて了つて、霜も降るべく鋼鐵色に冴えた空には白々と天の河が横はつた。さらでだに蟲の音も絶え果てた冬近い夜の寥しさに、まだ宵ながら、戸がピッタリと閉つて、通る人もなく、話聲さへ洩れぬ。重い/\不安と心痛が、火光(あかり)を蔽ひ、門を鎖し、人の喉を締めて、村は宛然(さながら)幾十年前に人間の住み棄てた、廢郷かの樣に闃乎(ひつそり)としてゐる。今日は誰々が顏色が惡かつたと、何れ其※(そんな)事のみが住民の心に徂徠(ゆきき)してるのであらう。
其重苦しい沈默の中に、何か怖しい思慮が不意に閃く樣に、此のトッ端(ぱずれ)の倒(のめ)りかゝつた家から、時時パッと火花が往還に散る。それは鍛冶屋で、トンカン、トンカンと鐵砧(かなしき)を撃つ鏗(かた)い響が、地の底まで徹る樣に、村の中程まで聞えた。
其隣がお由と呼ばれた寡婦(やもめ)の家、入口の戸は鎖されたが、店の煤び果てた二枚の障子――その處々に、朱筆で直した痕の見える平假名の清書が横に逆樣に貼られた――に、火花が映つてゐる。凡そ、村で人氣(ひとけ)のあるらしく見えるのは、此家と鍛冶屋と、南端れ近い役場と、雜貨やら酒石油などを商ふ村長の家の四軒に過ぎない。
ガタリ、ガタリと重い輛(くるま)の音が石高路(いしだかみち)に鳴つて、今しも停車場通ひの空荷馬車が一臺、北の方から此村に入つた。荷馬車の上には、スッポリと赤毛布を被つた馬子(まご)が胡坐(あぐら)をかいてゐる。と、お由の家の障子に影法師が映つて、張のない聲に高く低く節附けた歌が聞える。
『あしきをはらうて救けたまへ、天理王のみこと。……この世の地と、天とをかたどりて、夫婦をこしらへきたるでな。これはこの世のはじめだし。……一列すまして甘露臺。』
歌に伴れて障子の影法師が踊る。妙な手附をして、腰を振り、足を動かす。或は大きく朦乎(ぼんやり)と映り、或は小く分明(はつきり)と映る。
『チヨッ。』と馬子は舌鼓(したうち)した。『フム、また狐の眞似|演(し)てらア!』
『オイ お申婆(さるばあ)でねえか?』と、直ぐ又大きい聲を出した。丁度その時、一人の人影が草履の音を忍ばせて、此家に入らうとしたので。『アイサ。』と、人影は暗い軒下に立留つて、四邊(あたり)を憚る樣に答へた。『隣の兄哥(あにい)か? 早かつたなす。』
『早く歸(けえ)つて寢る事(こつ)た。恁※(こんな)時何處ウ徘徊(うろつ)くだべえ。天理樣拜んで赤痢神が取附(とつつ)かねえだら、ハア、何で醫者藥が要(い)るものかよ。』
『何さ、ただ、お由嬶に一寸用があるだで。』と、聲を低めて對手を宥める樣に言ふ。
石川 啄木 (いしかわ たくぼく) 以外のオススメ作品
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