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赤耀館事件の真相 - 海野 十三 ( うんの じゅうざ )

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「赤耀館(せきようかん)事件」と言えば、昨年起った泰山鳴動して鼠一匹といった風の、一見詰らない事件であった。赤耀館に関係ある人々の急死何か犯罪の糸にあやつられているのではないかと言うので、其筋では二重にも三重にも事件調査を行ったのであったが、いわゆる証拠不充分の理由をもって、事件は抛棄(ほうき)せられたのであった。東京の諸新聞は、赤耀館事件第一報道に大きな活字を費したことを後悔しているようだったし、中でも某紙の如きは、近来警視庁が強い神経衰弱症にかかっている点を指摘し、この調子では今に警視庁都下に起る毎日百人|宛(ずつ)の死者の枕頭(ちんとう)に立って殺人審問をしなければ居られなくなるだろうなどと毒舌(どくぜつ)を奮(ふる)い、一杯|担(かつ)がれた腹癒(はらい)せをした。
 しかし探偵小説趣味を持っている私としては、諸新聞記事を聚(あつ)め、又警視庁調書も読ませて貰い、なるほど証拠不充分、乃至(ないし)は証拠絶無の事実合点することが出来たのであったが、どうしたものか、事件の底に猶(なお)消化しきれない或るものが沈澱(ちんでん)しているような気がしてならなかった。このことは、その後、機会があるごとに、自分左右に席を占める人達に話をしてみたが、誰も私ほどの興味を覚えている人はなかったようである。
 ところが昨日になって、私は突然、赤耀館主人と名乗る人からの招待状を受取った。その文面はすこぶる鄭重(ていちょう)を極めたもので、「遠路(えんろ)乍(なが)ら御足労を願い、赤耀館事件の真相につき御聴取を煩(わずら)わしたく云々」とあった。赤耀館事件の真相と呼び、圏点(けんてん)まで打ってあるところを見ると、矢張り私の想像したとおりに、今日まで発表された事件内容以外に、隠されている奇怪な事実があるのに違いない。私は勿論、喜んで拝聴に出かける旨(むね)を返事した。
 赤耀館は東京近郊N村の、鯨ヶ丘と呼ばれる丘の上に立っている古風な赤煉瓦洋館である。私もはじめて赤耀館を車窓から仰いだのであるが、正直なはなし、余りいい感じがしなかった。あの事件の当時の新聞記事によると「赤耀館は、鯨の背にとびついた赤鬼の生首(なまくび)そのものだ」とか「秋の赤い夕陽が沈むころ、赤耀館の壁体は血を吸いこんだ壁蝨(だに)のように真中から膨(ふく)れて来る」とか言われている。秋十月の落日は、殊に赤(レッド)のスペクトルに富んでいるせいもあろうが、西に向いた赤耀館の半面を、赤煉瓦の色とは見うけ兼ねる赤さに染めあげていた。その毒々しい赤さは、唯、不思議な気味のわるい赤さというより外に説明のみちがないのである。
 赤耀館の主人、松木二郎(まつきりょうじろう)は、思いの外、上品な、そして柔和な三十過ぎの青年紳士に見えた。しきりに、漆黒の髪が額に垂れ下るのを、細い手でかき上げるのが、なんとはなしに美しかった。私が夢から醒(さ)めきらぬような顔付をしているとて、にやにや笑ったが、愛想(あいそ)よく食後の葉巻煙草などをすすめて呉れた。高い天井には古風なシャンデリアが点いていたが窓外にはまだ黄昏(たそがれ)の微光が漾(ただよ)っているせいか、なんとなく弱々しい暗さを持った大広間だった。段々と気持も落付き、この上強いて気になることを神経質に数えあげるならば、主人公の顔貌(かおだち)が能面でもあるかのように上品すぎることと、その胆汁(たんじゅう)が滲(し)みだしたような黄色皮膚と、そして三十女の婦人病を思わせるような眼隈(めのくま)の黝(くろ)ずみぐらいなものであった。しかし軈(やが)てそれさえすこしも気にならなくなった。というのは、主人公の語り出した所謂(いわゆる)「赤耀館事件の真相」なるものが私の想像以上に複雑とも奇々怪々ともいうべきものであって、飢え渇いていた私の猟奇(りょうき)趣味は、時の経つのも忘れてその物語を聞き貪(むさぼ)ったことである。
 さて、赤耀館主人は語る――。

 赤耀館の顛末(てんまつ)は、新聞記事で、既によくご存知のことと思います。いや、貴方はあの事件について、最も興味と疑惑とを持っていらっしゃることも、実はちゃんと前から知っていたのです。貴方警視庁調書まで読まれたそうですが、薩張(さっぱ)り満足せられていないように見受けたと、尾形警部が言っていましたよ。尾形警部と言えば、赤耀館事件の取調主任であった人です。
 貴方異常な熱心さと、私の傾きかけた健康状態とが、とうとう今夕の機会を作りあげて呉れました。もはや御察しのとおり、あの赤耀館事件には、発表されていない怪事実が二重にも三重にもひそんでいるのでして、それを本当に知っているのは、私一人に違いないのです。実を言えば、私自身すら、まだはっきりと知ることの出来ない事件一部分があるのではないかと思うのですが、それは多分、此の種の魅惑(みわく)に満ちた事件発散する香気のようなものに過ぎないのでしょう。兎(と)も角(かく)も、赤耀館事件につき最も多くの事実を知っている者は、私を除いて外に絶対にあり得ないのですから……。
 この赤耀館という洋館は、誰が建てたものであるか、年代はいつ頃だったのか、それは不思議にも薩張り判っていません。しかし何でも大変古い赤煉瓦を使った洋館であることと、設計者が仏蘭西(フランス)人らしいということは噂になっています。出来たのは多分明治初年か、またはもう二三年も前だろうと思われますが、そのころこの周辺は今よりも更に更に草深いところであって、其の当時、どうして人間が住むことが出来たろうかと、寧(むし)ろ不思議にたえません。その赤耀館を私の祖父に当る松木龍之進が大警視時代にどうしたものか手に入れてしまったのです。それは今から五十年も前のことなのです。勿論、自分のものにはしたものの、この中に住もうなどとは思っていませんでした。私の父の龍太の時代になって、東京郊外に膨脹をはじめ、電車もひけるようになってから、初めて松木家の全家族がここに移り住むことになったのです。
 しかしそれからというものは松木家には不思議な魔の手が伸びたらしく、母が死ぬ、父が続いて亡くなる、妹が死ぬといった風でした。父は一人児だったし、母の里にも誰も生きのこっては居なかったので、私達の一家は全く心細い限りでした。不思議なことに、先代の赤耀館主人であった私の亡兄丈太郎の妻、つまり私にとっては嫂(あによめ)にあたる綾子(あやこ)も、係累(けいるい)の少い一人娘だったのです。嫂には姪(めい)に当る梅田百合子というのが唯一の親族でした。この百合子は、実は私の妻になっているのです。
 父母と妹とが亡くなってから此方十年あまりと言うものは、私達一家は割合呑気に、そして幸福に暮していました。兄が前に申した綾子と結婚すると、私は間もなく独逸(ドイツ)へ遊学にでかけました。兄はたった一人同胞に別れるのが大変辛いと申しました。しかし兄は、長い間のはげしい恋をしてやっと獲ることの出来たいわば恋女房と、これからは差向(さしむか)いで暮すわけなのですから私は唯もう兄の弱気を嗤(わら)って独逸出発いたしました。それは今から三年前の冬のことなのです。私はカールスルーエの高等工学院に旅装をとき機械工学研究のため学校の中に起居していました。そこでは人に応接する面倒もなく、穴蔵の中で自由研究時間を持つことが出来ました。故国からは、たまに兄や嫂からの手紙受けとりましたが、文面の隅から隅まで、まるで薔薇(ばら)の花片を撒(ま)きちらしたように、桃色幸福に充ちて居り、不吉な泪(なみだ)のあとなどはどんなに透(す)かしてみても発見することができなかったのでした。


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