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足のない男と首のない男 - 坂口 安吾 ( さかぐち あんご )

  • 坂口安吾 『坂口安吾全集 16』 (ちくま文庫)
  • 坂口安吾 『坂口安吾全集 7』 (ちくま文庫)
  • 坂口安吾選集★坂口安吾★平野謙 岩上順一 野坂昭如
  • ★坂口安吾エッセイ/人間・歴史・風土/講談社文藝文庫/絶版/即決
  • 【文庫】白痴 (新潮文庫) 坂口安吾◆メール便80円
  • 出口裕弘★坂口安吾 百歳の異端児 新潮社2006年初版
  • 【坂口安吾文庫本 2冊】白痴・堕落論
  • 『定本 坂口安吾全集』第12巻/雑纂Ⅰ、第13巻/雑纂Ⅱ/2冊セット
  • ★ちくま日本文学全集★坂口安吾★1991年第一刷
  • 即決★TT07★小説 坂口安吾★杉森久英
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 昔々、さるところに奇妙病院ができた。熱療法と称するので、淋病患者などが通ふ。すると、タンクの中へ人間を投げこみ、首だけだして全身を蒸すのださうだが、中村地平弟子日大芸術科生徒がこゝへ駈けつけてタンクの中へねかされて、ものゝ五分も蒸されると悲鳴をあげて、死んでしまふから出してくれ、今でると治らないよ、治らなくとも死ぬよりいゝよ、這々(ほうほう)のていでころがりでゝ帰つてきたといふ話がある。
 一日タンクの中で唸つて出てきたときにビールを一本飲ましてくれるさうで、そのうまいこと話の外だといふけれども、ビールのうまさにつられて翌日も出かけやうといふ意志強壮なますらをは少いさうで、このタンクへ日参して無事病魔を退治する人物は他日人生のあらゆる魔物を退治できるに相違ないといふことである。
 かういふ変つた病院であるから、そこに働く人物も自らたゞ者ではないので、昔、杉山英樹と郡山千冬といふ二人の事務員がゐたのである。ドクトルでないから何も知らない患者にとつては大へん良かつたやうなものだが、この両名は天下に稀なオッチョコチョイだからドクトルの留守の時などには白衣をつけて尤もらしく患者をタンクへつめこんで首までもぐして面白がつて患者を半殺しにするぐらゐはやりかねないので、この二人がこゝへ務めていたといふのは気違ひが気違ひ病院の院長をつとめてゐるやうに自然であつた。そして二人は非常に仲が悪かつた。犬猿もたゞならずとは二人のことで、なにがさて並の人間の十倍ぐらゐ口先の良く廻転する両名だから、悪口雑言、よくまアこんないやらしい言葉を掃溜(はきだめ)から掻きまはして拾つてきたと思ふやうなことをおたがひに蔭で叩きあつてゐたのである。
 御両名が仲が悪いのは尤も千万で、杉山英樹といふ先生は「バルザック世界」といふ大著述を残したが、ちよつと読むとひどく面白いことが書いてあるやうだが、よく読むと何だかさつぱり分らなくなるので、たぶん杉山自身も、よく考へると分らんけれどもちよつと面白さうなことが三行に一行づゝ書いてあるから人間に読ませるならこれぐらゐでたくさんだと思つて威勢よく書きまくつたのだらうと思ふ。本質的な法螺(ほら)吹であつた。何でも知らないといふことがない。何か人が話をしてゐると、ウム、それは、と云つて横から膝を乗り入れてくる。何でも知つてゐる。そして如何にも尤もらしく真に迫つて時々然るべき文献なども現れて疑ふべからざる論拠を明にしてくれるけれども、これがみんな嘘つぱちの出鱈目なのである。然るべき文献もでたらめだ。本の名前ぐらゐは本当でも、その中に彼の言つてゐるやうなことは決して書いてはないのである。けれども、彼の話は真実よりも真実に迫つて尤もらしく語られる。どこへでも旅行してゐる。誰とでも親友だ。けれどもみんな嘘なのである。彼は知らない親友に就て微細な描写や家庭生活や人となりやエピソードなど彷彿と目のあたり見るが如くに活写するが、これはみんなその時ふいに思ひついた彼の一瞬イマージュにすぎない。
 私が切支丹(キリシタン)の文献が手にはいらなくて困つてゐるとき、彼に会つてその話をすると、その文献ならなんとか教会にあつて、そこのフランス神父友達で先日も会つて何についてどんな話をしてきたなどゝ清流流れるごとく語りだすから、それはありがたい、さつそく神父紹介してくれ、これから行つて本を読ませて貰ふから、と言ふと、ウム、ところが、と彼はちつとも困らず、今はその本は教会にはないね、なぜ、なぜならばネ、目下ある人が借りてゐる、この借りた人が何故に借りてゐるかといふとこれには次のやうな面白い事情があつて……勿論神父などゝ友達ですらないのである。
 足のない幽霊みたいなところがあつて、つまり、足のない一ツ目入道みたいな男だ。鉄の棒を持つてゐるが、この棒の先の方も幽霊的に足がなくて、人をポカンとなぐる。良く命中するけれども、鉄の棒の足がないから命中しても風が起るばかりで、先方はポカンとするが、目は廻さない。彼の文学の論法は、あらかたさういふものである。
 ところが一方、郡山千冬といふ先生は、足の方はひどく大きな毛脛で年中ゴロ/\うるさく地球をひつかき廻して歩いてゐるが、首から上が消えてしまつて無いのである。大酒飲みだから、首がないと困るけれども、彼は臍から飲む。そしてその臍で年中うるさいほどガヤガヤゴチャ/\喋りまくつてゐるのである。
 郡山千冬の声は一種独特のシャガレ声で、テキ屋の声に厚い鉛のメッキをかけて年中フイゴで吹いてゐるやうな声であるが、後楽園球場で一番響きの悪い声で国民学校一年生のやうにうるさく怒鳴つたり拍手したり落付きなく見物してゐるのがこの男だ。ところがこの男は毎日職業野球を見物してゐるだけが能かと思ふと、さうではないので、万歳も見てゐるし、安来節(やすきぶし)の小屋でカケ声をかけてゐることもあるし、浪花節でもレビューでも何でも行儀の悪い見物人ののさばるところはどこでもこの男を見かけることができて、その中で誰よりものさばつて行儀が悪い。小さい男であんまり落付なくハシャイでゐるから国民学校子供かなと思ふけれども、やつぱり大人で、第一声がジャングルの声だ。ボルネオ子供かなと人が思つたりするので、近頃郡山が鼻ヒゲを生やしたのはそのせゐなのである。
 彼は熱療法の病院退職すると、その次には浅草安来節の座付作者になつて、まつたくどうも、かういふところにも脚本家などの必要があつたのかネ、私は知らなかつた。威勢のいゝ姐さんのために大いに情熱を傾けて脚本を書いてやつてゐた。
 そのうちに戦争白熱してきて安来節もダメになると、経済何とか研究所名前はすごいが社長郡山と二人しかゐないところで、これはつまり闇屋の品物をしかるべく取ついでやる機関なのである。
 この先生はつまりまともな仕事出来ない本性なので、病院へ務めるにも松沢病院などゝいふ当り前のところは気が向かない。座付作者になるにもインチキ・レビュウとくるとまだ少しまともすぎて、安来節とこないと、どうしてもをさまることが出来ない。闇屋なども当り前の商売だあらダメなので、闇屋の上前をはねる経済研究所とこないと務めることができないといふ因果先生なのである。
 愈々空襲が始まる頃になると経済研究所もその筋につぶされてしまひ、私が神田本屋をひやかしてゐるとブラ/\向ふから歩いてくる郡山にぶつかり、ヤア、どうしてゐる? そこの産報本部につとめてゐるよ、と言ふので、私は日本はもうダメだと思つた。私はそれまで世の中のくはしいことは知らないが、内閣だの、情報局だの、大政翼賛会だの、みんなそれぞれ筋の正しいもので、産報といふところなどもさうだらうと思つてゐた。然し、郡山千冬が務めてゐるやうでは、これはもうマトモなところではない。浅草の裏道と同じ人生の裏道で、インチキ仕事をしてゐる事務所にきまつてゐるのである。日本堕落こゝに至る、私が暗然として昔の救世軍本部を仰いで祖国のために暗涙を流したのもムベなるかな、今日つひに敗北し、戦争十年の日本腐敗、官界軍閥堕落のあとを眺めれば、郡山などは最もマトモな紳士であつたではないか。大将だの大臣だの長官などゝいふのはみんなムジナかナマズか何かであり、郡山ボルネオ国民学校優等生で全く裏も表もないそれだけの正真正銘の人間だつたのである。
 彼はこれだけ忙しい人生の合ひま/\にゲーテだのシラーだの時にはゴッホの絵本などゝいふどこから種本を見つけてくるのやら飜訳といふ仕事をやり、私が小説の本をだしたよりもたくさん飜訳の本をだしてゐるのである。
 大観堂が郡山の家へ原稿をとりに行つて呆れて帰つてきて、飜訳の大先生だからたくさん洋書がギッシリ部屋につまつてゐると思つてゐたのに、カラッポ本箱三十冊ほどの本がチョボ/\とあつてその大部分が講談倶楽部洋書は一冊もありませんでした、と言つて溜息をもらした。私もこの本箱のことならよく知つてをり、まつたく講談倶楽部を入れて三十冊、それ以上のいかなる本も所持してゐないのである。かういふシブイ人物であるから杉山英樹の衒学大風呂敷とはソリが合はないので、由来衒学者は田舎者であり、郡山は最もイキ好みのシブイ男で(産報などゝは最もシブイ)うるさくて騒々しくてしつきりなしの電車みたいで困るけれども当人がイキ好みであるといふ精神に於ては変りがない。マトモな商売はやれないといふ意気好みだから何とも騒々しいのは仕方がない。


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