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踊る地平線 07 血と砂の接吻 - 谷 譲次 ( たに じょうじ )

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踊る地平線 血と砂接吻      1  燃え立つ太陽燃え立つ植物燃え立つ眼・燃え立つ呼吸――何もかもが燃え立っているTHIS VERY SPAIN!  そして、この闘牛場。  AH! SI!  何という職烈(しれつ)・何という強調楽・何という極彩色! ふたたび、何という炸裂的な「いすばにあ人|屠牛之古図(とぎゅうのこず)」! それがいま、私の全視野に跳躍しているのだ!  燃える流血燃える発汗燃える頬・燃える旗――わあっ! 血だ、血だ! ぷくぷくと黒い血が沸(わ)いたよ牛の血が! 血は、見るみる砂に吸われて、苦悶の極、虎視眈々(こしたんたん)と一時静止した牛が、悲鳴し怒号し哀泣し――が、許されっこない。もうここまで来たらお前が死なない以上納まりが付かないんだから、おい牛公! そんな情ない眼をせずに諦めて死んでくれ。そら! また、闘牛士が近づいた。今度こそは殺(や)られるだろう――ひっそりと落ち闘牛場の寂寞――。
 やあっ! 何だいあれあ?
 棒立ちになった馬、闘牛士乗馬が盛んに赤い紐(ひも)を引きずり出したぞ。ぬらぬら陽に光ってる。
 EH? 何だって? 馬が腹をやられた? 角(つの)にかかって?――あ! そうだ、数条のはらわたがぶら下って地に這って、砂に塗(まみ)れて、馬脚に絡(から)んで、馬は、邪魔になるもんだから、蹴散(けち)らかそうと懸命に舞踏している!
 それを牛が、すこし離れてじいっと白眼(にら)んでる――何だ、同じ動物のくせに人間とぐるになって!――というように。
 総立ちだ!
 歓声、灼熱、陽炎(かげろう)、蒼穹(そうきゅう)。
 血と砂と音と色との一大交響楽。
 獣類と人の、生死を賭した決闘
 上から太陽審判している。
 その太陽が、このすぺいん国マドリッド市の闘牛場(ア・ラ・プラサ)に充満する大観衆の一隅に、今かくいう私――ジョウジ・タニイ――を発見しているんだが――この真赤な刺激は、とうとう私に人道的にそして本能的に眼を覆(おお)わせるに充分だった。
 が、いくら私が眼をつぶったって、事実光景はこのとおり活如として私の四囲に進展しつつある。
 だから、どうせのことなら私も、このペン先に牛の血をつけて、出来るだけ忠実に写生し、織り交ぜ、「あらぶ・すぺいん」風の盛大な絵壁掛けを一つ作り上げてみたい。
 To begin with ―― of all the exoticism, gimme Olde Spain!
 で、これから闘牛場へ出かけようとして、いま現実マドリッドの往来に立っている私――THERE! ここから着手しよう。
 西班牙(スペイン)では、私も意気な西班牙人(スパニヤアド)だ。放浪者の特権。小黒帽(ボイナ)をかぶってCAPAを翻(ひるがえ)してるDONホルヘ――私――の上に太陽焼け、下には赤い敷石焼けて、私の感覚も、「すぺいん」を吸収して今にも引火しそうだ。
 太陽・紺碧――闘牛日!
 歌って来る一団の青年
 声が街上の私を包囲する。

亜弗利加(アフリカ)の陣営で
ある西班牙(スペイン)兵士の唄える――。
南方へレス産の黄|葡萄酒(ぶどうしゅ)、
北方リオハ産の赤葡萄酒
この赤とこの黄と。
われらが祖国いすぱにあの国旗

 ――なんかと、国旗の色をぶどう酒で識別して悦(よろこ)んでる。が、じつを言うと、西班牙(スペイン)の国旗は、鮮血を流して黄金を取りに行くという世にも正直な、そしてすぺいんらしい物騒な欲望寓意して、そこで、赤と黄から出来上ってるのだ。しかし、それはそれとして、その赤葡萄酒と黄葡萄酒、鮮血と黄金の無数の旗が、きょう同国首府マドリッド大通りにやたらにひらひらして、こうしてそこのアルカラ大街の雑沓に紛れ込んでるドン・ホルヘ―― Don George ――の耳に、「海賊の唄(コルサリアス)」と題するくだんのモロッコ軍歌が、いま糖蜜のようなイベリヤ半島の烈日に熔(と)けて爆発している――AA! 闘牛日のMADRID!
 欧羅巴(ヨーロッパ)はピラネエ山脈に終り、あふりかはピラネエ山脈にはじまることの、西班牙(スペイン)は「白い大陸」と、「黒い大陸」の鎖だことの、やれ、ムウア人の黒い皮袋へ盛られた白葡萄酒の甘美(うま)さよ! だの、そうかと思うと、西の土に落ちて育って花が咲いて果(み)を結んだ東の種だことのと、古来いろんな人に色んなことを言われて来ているこのESPANA――黒髪の女と橄欖(オリーブ)色の皮肌(ひふ)、翻える視線と棕櫚(しゅろ)の並木、あらびや風の刳門(アウチ)と白壁の列、ゆるく起伏する赤石の鋪道と、いま市民のひとりのようにその上を闊歩してるセニョオル・ドン・ホルヘ・タニイ――べら棒に長ったらしいが、私だって、西班牙(スペイン)へ来れば、George がホルヘと読まれてそのうえに Senor Don の敬称ぐらい附こうというものだ――そこでその、ドン・ホルヘの聴覚へ晩秋の熱風は先刻の「海賊の唄(コルサリアス)」を送りこみ、風にSI・SIとしきりに hissing sounds ――すぺいんの人はYESというところを「スィ!」と歯の隙間(すきま)から、不可思議(ミステリアス)な息を押し出す――が罩(こ)もり、その呼吸に「カナリヤ労働」――きな臭い煙草――の名の香(かおり)が絡み、散乱する長調の音譜と、澎湃(ほうはい)たるこの雑色の動揺と、灼輝(しゃっき)する通行人の顔と動物的な興奮。それらの陰影がくっきりと濃く地に倒れて、上には、銅の鍋を低くぶら下げたような、いやにきらめく南国午後太陽と、O! 何と思い切った紫外線の大氾濫!
 そして、この西班牙(スペイン)的な群集・西班牙的な乗物西班牙的な騒音!――それがどうだ! 今や犇(ひし)と町の一方をさして渦まいて往く。闘牛場へ!
 AH! SI! SI!
 すぺいん・マドリイは、この瞬間、「血の祭典」を期待して爪立ちしている。深紅国民的行事のうちに、誰もかれもが完全に「|頭を失く(ルウズ・ワンス・ヘッド)」しているのだ、今日は。
 プラサ・デ・トウロスに、午後四時から今年の季節中(テンポラダ)でも指折りの闘牛があるのだ。
 だから、この流れる群集・游(およ)ぐ乗物踊る騒音の一大市民行列――人呼んでマドリッド名物闘牛行(アウロス・トウロス)」と言う――が Calle de Alcala の町幅を埋(うず)めて、その絵画的な色彩南国的な集団精神、これほど「失われたる前世紀の挿絵をいまに見せる」お祭り情緒はまたとあるまい。市に地下鉄出来てから、この「闘牛場へいそぐ人の河」なる古儀に幾分気分を殺(そ)ぐものがあるとは言え、それでもまだ、この日、支那青(チャイナ・ブルウ)の空に火のかたまりの太陽燃える限り、そしてすぺいんに闘牛という「聖なる殺戮(さつりく)」があとを絶たないあいだ、|過ぎし日(バイ・ゴン・デイス)を盲愛するこの国の人々は、銘々がめいめいの魂の全部をあげて、昔からその闘牛序曲のように習慣づけられているこの市民的古式の行列闘牛行(アウロス・トウロス)」に、それぞれ派手な役目を持とうとするであろう。
 闘牛行(アウロス・トウロス)は、闘牛のある日、市の中央広場「|太陽の門(ポエルタ・デル・ソル)」から闘牛場(ア・ラ・プラサ)へいたる途中、アルカラの町筋に切れ目もなくつづく見物人の行列のことを修辞化したもので、郷土的な、そして歴史的に有名な、西班牙(スペイン)街上風物詩第一頁だ。
 午後二時から四時まで、マドリッドを貫くアルカラ街は、闘牛場(ア・ラ・プラサ)へ近づくにつれ、闘牛へ殺倒する人と車馬のほかは交通禁止される。この老若男女のすぺいん人の浪、亡国調を帯びたその大声の発音日光のにおいと眠たげに汚れた白石建造物反射、長く引っ張って押しつぶすような、あの歩きながら「海賊曲(コルサリアス)」を繰り返しつづける激情的な唄声――。

モロッコ陣地
或る西班牙(スペイン)兵のうたえる。
南へレス産の黄葡萄酒
北リオハ産の赤葡萄酒
この赤とこの黄と――。

 陽光に酔った大学生の群が、肩に手をかけ合って今日闘牛行(アウロス・トウロス)に加わっているのだ。
 低い太陽の真下に、アルカラの焼け石道を踏んでぎっしり詰めかけてゆく真摯(しんし)な闘牛行(アウロス・トウロス)の人々!
 銀行員はペンを捨て、鍛冶屋(かじや)は槌(つち)をおき、八百屋小僧驢馬(ろば)をつなぎ、政治家軍人は盛装し、女房と娘は「牛の光栄」のため古めかしくいでたって、みんなが同じ赤と黄の華やかさにはしゃぎ切って急いでいる。
 AH・SI! 何という西班牙(スペイン)らしさ!
 闘牛は彼らにとって伝統国家精神の具現なのだ。宗教以上の宗教第一位の信仰なのだ。黒い彫刻的な男の横顔と、白く閃(ひら)めく女の眼と歯を見ただけでも、それはわかる。だから私も、西班牙(スペイン)人なみに眼の色を変えて、闘牛行(プラサ・デ・トウロス)をめざしこうして進軍しつつあるんだが、これから目撃しようとする「血と砂」の国民大スポウツの予想に、皆がみな走りながらしゃべってるこの「西の支那人」の大群――その騒々しいこと、殺気立ってること、これじゃあ今日殺されるはずの牛族のほうがよっぽど冷静だろう。何のことはない。逆上と饒舌と有頂天の一大混成旅団が、アルカラ大街を帯のように徐々に動いて、むこうの闘牛場(ア・ラ・プラサ)の入口へ吸い込まれていくと思えばいい。そして、この叙景に忘れてはならないものは、じりじりする太陽と真黒な地物の影、女の頬と旗と植物を撫でてゆくこの高台の光風だ。
 闘牛場(ア・ラ・プラサ)は近い。
 太陽(ソル)も近い。
 てらら・らん・らん!
 てらら・らん・らん!
 とつぜん闘牛楽(パサ・ドブレ)が聞えてくる。


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