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踊る地平線 08 しっぷ・あほうい! - 谷 譲次 ( たに じょうじ )

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踊る地平線 しっぷ・あほうい!      1  葡萄牙(ポルトガル)のリスボンで、僕はリンピイ・リンプと呼ぶびっこの英吉利(イギリス)人と仲よしになった。  リンピイは海から来た男で、そしてPIMPだった――あとで解る――それはいいが、ついうっかりしてるうちに僕も捲(ま)き込まれて、その跛足(リンピイ)リンプの助手みたいな仕事をしなければならないことになった。これも詳しくは「後章参照」だが、早く言えば、毎晩僕が夜の埠頭(ふとう)へ出かけて古いINKの海を眺めてるあいだに、いつからともなくこのリンピイと知り合いになったというだけなのだ。
 ほるつがる――種が島と煙草と社交病を日本紹介した国。
 日本――葡萄牙(ポルトガル)。
 東の果てと西のはずれ。
 地理的には遠く、歴史的には近い。
 両国共通の言語ちょっとこんな判じ物みたいな小景(スナップ)が出来るくらいだ。

 彼は Raxa(ラシャ) の「まんと」の「ぼたん」をかけていた。彼女は「石鹸(さぼん)」で洗ったばかりの「かなきん」の襦袢(じゅばん)「〔Jiba~o〕」に、「びろうど」Veludo の着物をきていた。「びょうぶ」の前に、ふたりは「さらさ」Caraca の座ぶとんを敷いて、Carta「歌留多(かるた)」をしながら飲んだり食べたりしていた。が、彼はあんまり「ふらすこ」のお酒を「こっぷ」で呑んだし、彼女が Pao「ぱん」と「こんぺいとう」を Tanto「たんと」食べ過ぎるので、お互いに嫌(いや)になって離婚した。FINIS

 といったように、これだって君、あの、この頃産業的に需用の多い「朝飯(あさめし)の食卓で焼麺麭(トウスト)・卵子珈琲(コーヒー)と一しょに消化してあとへ残らない程度の退屈幸福近代結婚生活小説」の作例には、ちゃんとなってるじゃないか。BAH!
 で、とにかくリンピイの Who's Who へかかる。
 彼の商売は三つから成り立っていた。
 第一にリンピイは、マルガリイダという五十近い妻と一しょに、市の|山の手(バイロ・アルト)に独特の考案になる魔窟(まくつ)をひらいていた。マルガリイダは、CINTRAの古城のように骨張った、そして、不平で耐(たま)らない七面鳥みたいに絶えず何事か呪い喚(わめ)いてる存在で、リンピイの人生全体に騒々しく君臨していたと言っていい。そのうえ彼女は恐ろしくけちだったし、自分の思いつき一つで家(ハウス)が流行(はや)ったので、しぜん稼業のことはすっかり一人支配していて、リンピイは more or less そこの居候(いそうろう)みたいに、波止場(カイス)の客引きだけを専門にしていた。それも、実際マルガリイダ婆さんに言わせると、リンピイなんか居てもいなくてもいいんだけれど、商売の性質上、男のにらみの必要な場合もあったし、それに、リンピイは跛足のくせに素晴しく|喧嘩上手(ハンディ・アト・フィスト)だったから、お婆さんも重宝がって、格別追い出そうともせずにただ顎(あご)だけ預けとくがいいよと言った程度に置いてやっていたのだ。この「マルガリイダの家」の呼び物は、テレサという白熊のような仏蘭西(フランス)女の一夜の身体(からだ)を懸賞博奕(ばくち)をさせるのだった。だから、いつ行っても寄港中の船員がわいわいしてて、マルガリイダ婆さん靴下紙幣束(さつたば)でふくれてた。が、このリンピイとマルガリイダは、お互いにどまでも経済的独立を厳守する夫婦関係――何と近代的な!――だった。と言うより、つまりそれは、彼女が彼に充分な儲けを別(わ)けて与(や)らなかったからだが、そこで当然リンピイは、妻の一使用人として以外に自分だけの内職を持っていた。ここに企業家リンピイ・リンプの非凡な着眼が窺われる。すなわち、第二に彼は、一種の「船上出張商人(ヴェンデドゥル・デ・アポルド)」――英語で謂(い)う―― ship-chandler「しっぷ・ちゃん」――を開業していたのだ。
 夜のりすぼん波止場で、僕は一つの不思議を見た――。
 AYE! 闇黒(あんこく)がLISBOAの海岸通り包むとき!
 各国船員行列(パレイド)にあるこほるが参加し、林立するマストに汽笛がころがり、眠ってる大倉庫のあいだに男女一組ずつの影がうろうろし、どこからともなく出現するこの深夜の雑沓・桟橋の話声・水たまりの星・悪臭・嬌笑・SHIP・AHOY!
 この腐ったインクの海は、何かしら異常事件を呑んでるに相違ない。波止場の夜気は、僕の秘有(チェリッシュ)する荒唐無稽趣味(ワイルド・イマジネイション)をいつも極度にまで刺激するに充分だ。それが僕の全 being を魅了してすぐに僕を「夜の岸壁」の自発捕虜にしてしまった。もちろんそこには、何とかして変った話材に come across したいという探訪意識が多分に動いていたことも事実だが、とにかくリスボンでは、今日のつぎに明日が来るのと同じ確実さと連続性において、毎夜の波止場(カイス)が浮浪人としての僕をその附近に発見していた。一晩として僕は夜の波止場を失望させることはなかった。
 が、これには単なる探険心以上に、僕を駆り立てる理由があったのだ。
 それは、こうして毎晩「夜の波止場」に張り込んでた僕へ、僕の熱心な好奇癖を燃焼させるに足る一現象が run in したからだ。
 Eh? What?
 きまって真夜中だった。暗いなかに人影がざわざわして、その黒い一団がしずかに桟橋下りていく。桟橋の端には、物語めいた一そうの短舟(ボウテ)が、テイジョ河口三角浪に擽(くすぐ)られて忍び笑いしていた。訓練ある沈黙速度のうちに一同がそれに乗り移ると、そのままボウテは漕ぎ出して、碇泊(ていはく)中の船影のあいだを縫って間もなく沖へ消える。そして暫らく帰ってこない。が帰って来るとその一団の人かげが、同じ沈黙速度をもって小舟(ボウテ)から桟橋上り、僕の立ってる前を順々に通り過ぎて、今度は町へ消えてしまう。夜なかに海を訪問する一隊! ははあ! 奇談のいとぐちには持って来いだ。しかも、believe me, それがみんな女で、引率してるのはびっこの小男だった。
 これが毎晩である。桟橋と沖を往復する謎の女群。熟練を示すその沈黙速度。At last, 大MYSTERYは僕のまえに投げられた。何のための毎夜のとりっぷ? 女漁師? Absurd, 密輸団? Maybe.それにしても、何と祝福すべき小説――作者ライダア・ハガアド卿――的効果シチュエイション
 山(サスペンス)もある。「|はてな(バッフル)!」もある。|大通り(ポロット)も|小みち(カウンタプロット)も充分ある。こいつにちょいと「|予期しない捻り(アンエクスペクテド・タアン)」さえ与えれば、ジョウンス博士主宰通信教授文士養成協会――名誉財産への急飛躍! はじめて万人に開かれた成功の大秘門! 変名有名になって親類知己をあっと言わせ給え!――の「必ず売れる小説作る法」の講義録にぴったり当てはまって、どうだ君、そろそろ面白くなって来たろう。NO?
 まだまだこのあとが大変なんだ。


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