逸見猶吉詩集 - 逸見 猶吉 ( へんみ ゆうきち )
報告(ウルトラマリン第一)
ソノ時オレハ歩イテヰタ ソノ時
外套ハ枝ニ吊ラレテアツタカ 白樺ノヂツニ白イ
ソレダケガケワシイ 冬ノマン中デ 野ツ原デ
ソレガ如何シタ ソレデ如何シタトオレハ吠エタ
〈血ヲナガス北方 ココイラ グングン 密度ノ深クナル
北方 ドコカラモ離レテ 荒涼タル ウルトラマリンノ底ノ方ヘ――〉
暗クナリ暗クナツテ 黒イ頭巾カラ舌ヲダシテ
ヤタラ 羽搏イテヰル不明ノ顔々 ソレハ目ニ見エナイ狂気カラ転落スル 鴉ト時間ト アトハ
サガレンノ青褪メタ肋骨ト ソノ時 オレハヒドク
凶ヤナ笑ヒデアツタラウ ソシテ 泥炭デアルカ
馬デアルカ 地面ニ掘ツクリ返サレルモノハ 君モシル ワヅカニ一点ノ黒イモノダ
風ニハ沿海州ノ錆ビ蝕サル気配ガツヨク浸ミコンデ
野ツ原ノ涯ハ監獄ダ 歪ンダ屋根ノ 下ハ重ク 鉄柵ノ海ニホトンド何モ見エナイ
絡ンデル薪ノヤウナ手ト サラニソノ下ノ顔ト 大キナ苦痛ノ割レ目デアツタ
苦痛ニヤラレ ヤガテ霙トナル冷タイ風ニ晒サレテ
アラユル地点カラ標的ニサレタオレダ
アノ強暴ナ羽搏キ ソレガ最後ノ幻覚デアツタラウカ
弾創ハスデニ弾創トシテ生キテユクノカ
オレノ肉体ヲ塗抹スル ソレガ悪徳ノ展望デアツタカ
アア 夢ノイツサイノ後退スル中ニ トホク烽火ノアガル 嬰児ノ天ニアガル
タダヨフ無限ノ反抗ノ中ニ
ソノ時オレハ歩イテヰタ
ソノ時オレハ歯ヲ剥キダシテヰタ
愛情ニカカルコトナク ※漫スル怖ロシイ痴呆ノ底ニ
オレノヤリキレナイ
イツサイノ中ニ オレハ見タ
悪シキ感傷トレイタン無頼ノ生活ヲ
アゴヲシヤクルヒトリノ囚人 ソノオレヲ視ル嗤ヒヲ
スベテ痩セタ肉体ノ影ニ潜ンデルモノ
ツネニサビシイ悪ノ起源ニホカナラヌソレラヲ
〈ドコカラモ離レテ荒涼タル北方ノ顔々 ウルトラマリンノスルドイ目付
ウルトラマリンノ底ノ方ヘ――〉
イカナル真理モ 風物モ ソノ他ナニガ近寄ルモノゾ
今トナツテ オレハ堕チユク海ノ動静ヲ知ルノダ
兇牙利的(ウルトラマリン第二)
レイタンナ風ガ渡リ
ミダレタ髪毛ニ苦シク眠ル人ガアリ
シバラク太陽ヲ見ナイ
何処カノ隅デ饒舌ルノハ気配ダケカ
毀ワレタ椅子ヲタタイテ
オレノ充血シタ眼ニイツタイ何ガ残ル
サビシクハナイカ君 君モオレヲ対手ニシナイ
窓カラ見ル野末ニ喚イテル人ガアリ
ソノ人ハ顔ダケニナツテ生キテユキ ハツハ
オレハ不逞々々シクヨゴレタ外套ヲ着テル
酔フタメニ何ガ在ル
暴力ガ在ル 冬ガ在ル 売淫ガ在ル
ミンナ悪シキ絶望ヲ投ゲルモノニ限リ
悪シク呼ビカケルモノニ限リ
アア レイタンナ風ガ渡リ
オレノ肉体ハイマ非常ニ決闘ヲ映シテヰル
死ト現象(ウルトラマリン第三)
雲母(キララ)ノ下ノ天末線(スカイライン)
曝サレテヰル骨ノ自暴
ソコニ死ノヤウナモノガアル
ヤミガタイ息ヅマル堅勒ノ胸盤ガアル
〈硝子ノ翼・硝子ノ血 コノ感情ニナダレコム冬〉
透明ノ底ニ拡ガルモノ 滲ミ入ルモノ
機械ノ一点ニ恒ニレイゼント狙ハレテアルモノ
アア世界ヲ充顛スル非情ノ眼ヨ
君ハ見ルカ 君自身ノ狂遇ヲ蹴落スコトガ出来ルカ
君ノ内部ニ氾濫スルマラリアノ愛 ソレスラモナホ季節ハ残シテユク
ウルトラマリンノ風ガ堕チ
ウルトラマリンノ激シイ熱ノ勃ルトコロ
ヤガテハ燃焼スル
彼処荒茫タル風物ノ奥デ ソノスルドキ怒リニ倒レテアルモノハ何カ
俺ハ感ジル 石炭ノヤウニツライ純潔ヲ ソノ火力ヲ
俺ハ知ル 海豹ノヤウニ歯向フ方角ヲ ソシテ今
冬ハアレラ傷メル河河ニ額ヲヌラシテヰルノダ
北地ノバリバリシタ気圏ノナカ ソノキビシイ肩ヲスベリ
際涯トホク沈ム汽車ノ隅カラ俺ハ遙ルカナ雲ヲ測ロウ
★
凄イ暴力ハナイカ
自分ヲ視ルコノ瞬間ハ恐ロシイ
ソレハ苦痛ヨリモ絶体デアル 風ニ靡ヒテ何処ヘ往ク
原因ノアル処ニ生キテ逆転セザル妄想ヲ深メテ生ノ荒々シイ殺倒ノ底ヘ
★
タトエナキ抛物線ノ挺転 流レ去ル粗悪ノ地理・停車場
コノ重々シイ空間ニ懸垂スルモノ 充血スル顔ヨ
ナントイフ極度ノ貧困デアラウカ
傾ムク黒イ汽車ノ一隅 ソコニハナンノ夢モナイノダ
俺ハ君ヘ語リカケ 君ハ横ヲ見テ微笑スルバカリデアラウカ
十二月・雲母(キララ)ノ下ノ天末線(スカイライン)鉄ノヤウニソレハ
背ヲ向ケル無表情 天来ノ酷薄
曝ラサレタ歌
殷賑タレ
歯モ露ハニ眠ルモノ
死ノヤウニ跨ガル コノ大街道ノ屋根ニ沍(サ)エテ
告ゲルコトナク家ヲ奔リ 告ゲルコトナク奔リユケヨ
精神稀薄ノモノ 憂欝デ扁平ノモノ 情操ナク可憐ノモノ ソノ哀情ノ毒ヲ払ヘヨ
煌メク狂妄ノ全身ニ 足ヲ踏ミ外ストコロ 無辺ノ愚行ヲ拍手サレヨ
イツサイハ其ノ中ニ在ル 経験ト認識ヲ超エテ 彼等ハツネニ饒舌ヲ極メル
大街道ノ屋根ヲ周ツテ 翼ナク飛行スルモノソノ堪ラヌ負荷ヲ投下セヨ
海ハ遮ラレテ一枚ノ紙ノムカフ 激動セヨ オレノ脾腹ニ笑ヒヲ索(モト)メヨ
錆ビ荒レタ鉄ノ橋梁カラ 海燕ノ隕チルソノ飜エル非情ノ態(カタチ)ヲ究メヨ
鉤ニナリ肉体ノ反映(ハエ)ヲ隈ドル 反抗ノ 虚栄ノ 怖ロシキ寡黙ヲ許セヨ
ツラナル大街道ノ諸道具ヲ駆ツテ君ノ飛行ヨ自在ナレ
星ハ還ルデアラウカ星ハ 地平ヲ画ル視野ヲ刪ツテ
時限ノ燃エサカル一瞬ニ燃エヨ
何処ニモナイ君ノヨロコビノ為ニ元原ノ表出 彼ノ大樹ノ裂カレタ幹ニ 君ノ光栄アル胸ヲ飾レ
イノチ有ルモノニ歌ハシメヨ 歯モ露ハニ眠ルモノ
君ノ眼窩ニ千年ヲ飼ヘヨ
アア 吹キ捲ル風ニ撓ンデ 殷賑タレ
冬ノ吃水
毟ラレテ防風林
沿河ニ錯落スル鴉共
狙(ウ)タレタ冬ノ街衢カラ獣血ニソマル
ソコノスルドイ傷痕カラ擾然トシテオレト君
杳カ対岸ニ横タフ一沫ノ苛薄ニサヘドキドキスル
鑢ノヤウナ幻覚ノ破片ガ 飛バサレテ来ルデハナイカ
沸キカヘル 岩漿ノニホヒニ噎セテ コノ道ハ忽チ
オレタチノ胸ニマデ切リ墜チテ来ルノダ
サカシマノ防風林 鴉共
擦リキレタ風ヲ孕ンデ 水ニ鎖シテ コノ沍エタ
風物ヲ 一線ノ攪キミダス非望ノ指示ヲ 誰ガ知ラウ
気圏ヲメグル 縦横ノ驕リ ギシギシト凍ル
ウルトラマリン・デイプノ驕リ
兇牙利非情ノマン中ノ誰ダ
喇叭ヲ吹キナラス誰ダ
★
奪フバカリノ愛シイ問ヒニ
ナニガ其処カラ君ヲ看ルノカ ツネニ
殺到スルインヘルノ 地上ノ露ハナル無際限
生キルトハ ソレヲ無尽ノ網目ヲ破ツテ 出発スル
出発スルノダ――
曠茫トシテ 立ツトコロ
モノヲ言ハズ 焔硝ノ腮ヲ銜ム冷血ノ末輩
火ノ雑草ノ 飽クナキオレノ額ニココロ触レテ スデニ
夏秋モムザンニ断タレ
天ニ流失スル 夢ナキ季節ノ歌ヲ堰イテハ
ナントイフコノ身ノ激シイ 蹂躙デアラウコトカ
★
絶望ニユズルモノ無シ
ヂカノ背後ニ傷ツケル糧ヲ曝シテ
ナホ 生涯ノ迂曲ト離反ニ吹キ荒サブ北北西 罕(マレ)ニハ気流ノ行方ノミ深ク明滅スル コノ全身ノグルリニ潜ンデ
断崖(キリギシ)ノイザナヒ 渦巻クモノヲオレハ知ル
オオ ハルカ犇メク樹々ノ淵ニ 火ヲ放ツテ
荒々シク捲キアゲテユク地底ノ落暉 ソノ肋(アバラ)
憤ルオレノ頸ニハ渇キ燦トシテ牽カレル 非望ノ一線
冬ノ吃水ガイマ獣血ニ蒙(クラ)ク 暴々ト泡立ツテユクノダ
檻
鞭ヲ振ル
岩床ニ蔦葛ノ灼ケテ
目ヲ据エルトコロ 獣ヲ走ラス
日日ノ 年々ノ 身ヲ引キ縛ル騒擾
落葉松(メレーズ)ニ絡ム砂ハ苛立チ オレヲ蹴起ツテ
遠イ気圏ノ底 彼ノ滞流(ヨドミ)ノ悪ニマデ墜チユクノカ
★
舌ヲ噛ム日々ニ
吹キサラス髪毛ニ
檻ヲ攀ヂル ソノ檻ノ涯ニ凍リツク 昏イヴイスタ
悲シミノ草々ニ獣ヲ喚ンデ オオ 裂ケマヂル
鉄条ノ裡 自ラノ四肢ニ 噎セカヘル獣血ヲ藉イテ
インザンニ轍ハ深ク 自爆ノカギリヲ募ツテユクノダ
何ヲ待チ構ヘテ 背後ニ不快ナ峡江ヲ負ヒ
何ヲ迎ヘテ フタタビ鞭ヲ自ラニ加ヘヤウカ
イキマク肺腑ニ煙ツテ 蒼ク
何トイフ巻積雲(シロ・キュムラス)ノ崩潰
未ダ背骨ニ沈ム非望ノ歌ニ 冬ヲ眠ラズ
冬ヲ眠ラズ スサマジキ笑ヒノ央ニ 横タハルオレ
★
北ノ北カラ北ヘ
地平ヲ屠ル
落葉松(メレーズ)ノ
逆毛ニ瀕シテ アツハ
貴様 虚耗ムゲンノ店晒シ オノレ
眼底ヲ穿ツテ擾レ 太陽コソ恒ニ北ニ在ルノダ
※シイ天幕
冬ヲ荒ラス微塵ノ
天河ニ牙ヲタテル岩碓ノ
磅※(ホウハク)スル 惧レノ旋渦(ビーフリ) 盲ヒタル眩耀ノガンヂガラメ
アア コップ一杯ノ空気ニスラ放電スル死ノ生々シク
一筋黒ク硫末ヲヒク 暴|戻(レイ)ノ季節ヨ
千年ニ重ナル刹那ノ弛ミナク オレタチノ展望ハ
恒ニコノ ※(ハゲ)シイ天幕カラ 露ハナ足ヲ突キ出シテヰル
臨海屈折ヲ犯シテヰルノダ 熾ンナル風陣ヲ劈イテ
刀背(ミネ)ノヤウナ眩暈ガメグリ
ソノ煌ク探究ノ底ヲ ジツニ 生キルモノノガントシタ所在
世界ハ恐ルベキモノニ充チテヰル コノ世界ノ
隅々カラ 何ガ腕ヲモツテ オレタチニ呼ビカケルノカ
息マザル悪熱ヨ オオ君コソハ生キル
〈ドス黒イ咽喉ノオクカラ
唐突ナ笑ヒヲ叫ンデヰルギブスナドガ スベテ
剥裂シテ投ゲダサレ 両腕ヲダラリト喇叭ノヤウニ
醜ク欠ケテヰル コレハマタ何トイフ愚カシイ反覆――
錆ビタル車輪ノ空転ヨ
雲ヲ斑スル戦慄ノ羊歯ヨ
耐エガタイコノ沸キタツ風物カラ ワヅカ 非常ノ爆鳴ガシレテ
唯一ナル生ノ切リ口ニ 鋼(ハガネ)ノゴトク手触レルデアラウ〉
ヂリヂリト兇猛ナモノガ血脈ニ逆巻キ
頸ヲソグ飢餓ノ飾リナク 無為ノ脳漿ニ翼折ラレ オレハ自ラノ
腹立タシイ重量ヲ負ツテ コノ※シイ天幕カラ 遠望ノ限リヲ翔ケテユカウ
暴々タル視野ヲ踏ミコエ 雷ニ撃タレタ兇牙利ノ 水ノヤウナ跳梁
夢ハソレ以外ノ何デアラウカ
群レユク不明ノ季候鳥 流レル冷タイ騒擾ノ翳リ
イツサイノ狂妄ハ点火サレ 墜落ニヨツテノミ 激シク燃焼スルノダ
トホク歪曲スル方向ノ深サ ソノ息ヲノム陥没カラ
逆ニ吹キ上ゲテクルウルトラマリン
目眦ヲ裂ク 親愛ニ昂ル オレハ荒擾タル現象ノ背骨ヲ
アクマデ無慚ニ押シ分ケテユクマデダ
見ヨシジマナル狼藉ノ所在ニ イチメン澱ミナク氾流スル天ノ砂州
冬ヲ荒ス微塵ノ
偏奇スル透明ノ
自ラノ笑ヒノナカニ オレハ最後ノ放擲ヲ受ケル
ベエリング
――親愛の人G・Bニ――
霙フル
ドツト傾ク
屋根ノムカフ 白楡ノ叫ビニ耳ヲタテテヰル昏イ
憂愁ノヒト時ヲ 荊棘ノヤウニ悪ク酔ツテルノダオレハ
灰ノヤウナヒカリガ立チ罩メ 君ハモウ酒杯ヲ
トラウトシナイ 起チアガル オレヲ看ル
オレタチヲ冒シテル蒼褪メタベエリング
憎シミハモウ形ヲトラナイ
扉(ト)ヲアケハナテ〈無意味ナル警笛(サイレン)ヨ〉
撃テ〈霙フルナカノ永遠ノ明日〉
オレノ悲シイ懶怠カラ タダ
純粋ニ血ヲ流ス日ノ ヴイジョンヲ遮ギル氷海(フィルノ)ガ
総身ヲ削ツテドンランニ 頽(ナガ)レコムノダ
アア コノ夕暮ノケハシイ思ヒ
冷タイ明眸ニブキミナ微笑ヲタタエル君ノ
スルドク額ヲ刳ルモノ 何トイフソノ邪悪デアラウカ
椅子ノモツレタ位置カラ遠ク 鉄ノ滲ミイル屈折カラ
塩ノムゲンナ様子ガシレテ 今コソ
ベエリングハ真向カラノ封鎖ダ
霙フリヤマズ 夜トナル
ナマ
徹夜の大道はゆるやかに異様にうねり、うねるままに暗暈の、氷る伽藍のはてに沈まうとする。道は遠くこの一筋に尽きて、地と海との霾然たる、また人間の灰神楽。飛び交ひなだれ堕ちる星晨や殺気のむらむらや、それら撃発する火のやうな寂しさのなかに、己は十字火に爛れた生(な)まをつき放さうとするのだ。おお、集積(マワス)の眼! 不眠の河となつて己を奪つたすゑは、むざんに溷濁の干潟に曝し、滄々たる季節の下にいまとはなつたが、挑みかからうと己みづからが空をつく。何者へ対つてか、嗤へ、長年漂泊にあらび千切れた胸の底に捉へやうとする、生きがたい、夢の燔祭。埓もない見てくれの意匠も旧い日のことになつた。
神々といふあの手から離れてここに麻のやうな疲れが横たはる。
あたらしひ希ひを言へと、誰がみ近く呼ばふのだ。
氷霧に蝕む北方の屋根に校倉(あぜくら)風の憂愁を焚きあげて、屠られた身の影ともない安手の虚妄をみてとつたいま、なんと恐ろしいものだけだらうか。原罪の逞(ふと)い映像にうち貫かれた両の眼に、みじろぎもなく、氷雪いちめんの深い歪(ひづ)みをたたえて秘かに空しくあれば、清浄といふ、己はもうあの心にも還る事はできないのだ。沍寒の夢はつららを砥いで、風は陣々と滲みいるやうにあたりを廻りはじめてゐる。内から吹きあげる血の苦がい、灼けるやうな飛沫が叫ぶ、とうてい身はかわしきれないと。善哉(よし)!
人の闘ひはまだつづく。
牙のある肖像
※
嘗ての日、彼等こそ何事を経て来たであらうか強烈の飲料をその傷口に燃やし、行方なく逆毛(さかげ)の野牛を放つては、薪のやうに苛薄の妄想をたち割つた彼等。こころに苦(にが)い移住を告げて、内側から凍りつく鰊のたぐひを啖ひ、日毎無頼の街衢(ちまた)から出はづれては歌もなく、鉄のやうな杳かの湾流がもたらす風の、勒々とした酔ひのひと時を怖れた彼等。到るところしどろな悪草の茎を噛み、あらくれの蔦葛を満身に浴びて耕地から裡の台地へと。また深夜のど強(ぎつ)い落暉(いりひ)にうたれて、犁(すき)のたぐひを棄て去つた彼等。〈雲と羅針とを嘲りわらふ、その朦昧の顔の冷たさ。〉ひとたび扉口は手荒く閉ざされ、傾く展望はために天末線(スカイライン)を重沛のやうに沈澱したのだ。佯(いつは)りの花と糧秣はぶち撒かれ、床板に虚しく歯車の痕が錆びてゐる。いま襤褸をづらし、十指を組み、ヂザニイの干乾らびた穂束に琥珀を添へて、純潔の死と親愛とを祈る彼等だ。野生の卓に水が流れる。
水が流れる。
一途に貪婪なる収穫の果がこれであらうか。
いよいよ下降する石畳から、壊はされた黒い楔(くさび)の扉口からだ。ざんざんと頽(なだ)れこむ躁擾からそれら卑少の歴史から、虜はれの血肉をみづから引き剥して、己は三歳の嬰児だ。絶えまない不吉の稲妻と、襞もない亜麻の敷布が繋がれて、この無様(ぶざま)な揺籃の底に目覚めてゐるとは誰が知らう。
ああ、最後の人の手から手へ、斑らなる隈どりで残された記憶。あれは秋であつたらうか。〈諸々の狭隘な傲りを押し破つた水。季節を逸れた水の氾濫! それこそ兇なる星辰(ほし)の頽れだ〉四肢を張り、頑強に口を閉ぢ、むざんに釘うたれたまま、ぎるんぎるんと渦巻く気圏に反りながら、冷酷な秋の封鎖のまつただ中を抛れた、その記憶がま新(あた)らしい。己はどんなざまに声をあげたらうか。凹凸に截られた、石畳の隅で、彼等街衢から出はづれ台地を降る者の、塩を銜(ふく)んだ頤が獣のやうに緊るのを知つた時。その不可解の一瞥に、蒼ざめた北方路線がまざまざと牽かれるのを、己は視たのだ。隙もれた裏屋根の、冴えた肋(あばら)に入り交ふものは、しらじらと西風に光る利鎌、はやくも鉤なりに、彼等の額に※(まつは)る何ものの翳であらう。ひと時の寂寞。
蘆のよぶ声がする。その向ふを久しく忘られたまま、湾流に沿ふ屍の形。頸のぐるりを霙の兆(しら)せ。錘のやうに寂寞が見えてくるのだ。今こそ潤ひなき火に、密度の凄まじい地角の涯に、彼等ひとしく参加する時を待つてゐるのか。見知らぬ移住地に獣皮を焚き、轍を深める。己は餓ゑ、さらに彼等は餓えるだらう。
※
すべては荒蕪の流域につらなる裏屋根の、出窓の格子に仮泊する、夥しい鴉の群だ。海藻を絡んだ羽を搏つて、失はれた耕地の跡に、ばさばさと自らの影を追ひたてる鴉の群だ。その腥い印象から なんとも知れぬ獣血のたぐひに濺がれて、しぜんに斃れてゆくものは、展望をしだいに埋めてゆく。唯ひとり、揺籃の底に艱(なや)むでゐる己の額に、やがては稲妻も十字を投げるだらうか。いま一筋荒々しく乗りこんでくる歌声をきかう。愛憐もなく火に酔へる、三歳のつぶらな眼底に滲みては、たちまち水浸しの肺腑を侵してくるその歌声。ああ 己の身うちにがんがんする無辺から襲つてくる非情の歌声。
神々といふあの手から離れてここに麻のやうな疲れが横たはる。
あたらしひ希ひを言へと、誰がみ近く呼ばふのだ。
氷霧に蝕む北方の屋根に校倉(あぜくら)風の憂愁を焚きあげて、屠られた身の影ともない安手の虚妄をみてとつたいま、なんと恐ろしいものだけだらうか。原罪の逞(ふと)い映像にうち貫かれた両の眼に、みじろぎもなく、氷雪いちめんの深い歪(ひづ)みをたたえて秘かに空しくあれば、清浄といふ、己はもうあの心にも還る事はできないのだ。沍寒の夢はつららを砥いで、風は陣々と滲みいるやうにあたりを廻りはじめてゐる。内から吹きあげる血の苦がい、灼けるやうな飛沫が叫ぶ、とうてい身はかわしきれないと。善哉(よし)!
人の闘ひはまだつづく。
牙のある肖像
※
嘗ての日、彼等こそ何事を経て来たであらうか強烈の飲料をその傷口に燃やし、行方なく逆毛(さかげ)の野牛を放つては、薪のやうに苛薄の妄想をたち割つた彼等。こころに苦(にが)い移住を告げて、内側から凍りつく鰊のたぐひを啖ひ、日毎無頼の街衢(ちまた)から出はづれては歌もなく、鉄のやうな杳かの湾流がもたらす風の、勒々とした酔ひのひと時を怖れた彼等。到るところしどろな悪草の茎を噛み、あらくれの蔦葛を満身に浴びて耕地から裡の台地へと。また深夜のど強(ぎつ)い落暉(いりひ)にうたれて、犁(すき)のたぐひを棄て去つた彼等。〈雲と羅針とを嘲りわらふ、その朦昧の顔の冷たさ。〉ひとたび扉口は手荒く閉ざされ、傾く展望はために天末線(スカイライン)を重沛のやうに沈澱したのだ。佯(いつは)りの花と糧秣はぶち撒かれ、床板に虚しく歯車の痕が錆びてゐる。いま襤褸をづらし、十指を組み、ヂザニイの干乾らびた穂束に琥珀を添へて、純潔の死と親愛とを祈る彼等だ。野生の卓に水が流れる。
水が流れる。
一途に貪婪なる収穫の果がこれであらうか。
いよいよ下降する石畳から、壊はされた黒い楔(くさび)の扉口からだ。ざんざんと頽(なだ)れこむ躁擾からそれら卑少の歴史から、虜はれの血肉をみづから引き剥して、己は三歳の嬰児だ。絶えまない不吉の稲妻と、襞もない亜麻の敷布が繋がれて、この無様(ぶざま)な揺籃の底に目覚めてゐるとは誰が知らう。
ああ、最後の人の手から手へ、斑らなる隈どりで残された記憶。あれは秋であつたらうか。〈諸々の狭隘な傲りを押し破つた水。季節を逸れた水の氾濫! それこそ兇なる星辰(ほし)の頽れだ〉四肢を張り、頑強に口を閉ぢ、むざんに釘うたれたまま、ぎるんぎるんと渦巻く気圏に反りながら、冷酷な秋の封鎖のまつただ中を抛れた、その記憶がま新(あた)らしい。己はどんなざまに声をあげたらうか。凹凸に截られた、石畳の隅で、彼等街衢から出はづれ台地を降る者の、塩を銜(ふく)んだ頤が獣のやうに緊るのを知つた時。その不可解の一瞥に、蒼ざめた北方路線がまざまざと牽かれるのを、己は視たのだ。隙もれた裏屋根の、冴えた肋(あばら)に入り交ふものは、しらじらと西風に光る利鎌、はやくも鉤なりに、彼等の額に※(まつは)る何ものの翳であらう。ひと時の寂寞。
蘆のよぶ声がする。その向ふを久しく忘られたまま、湾流に沿ふ屍の形。頸のぐるりを霙の兆(しら)せ。錘のやうに寂寞が見えてくるのだ。今こそ潤ひなき火に、密度の凄まじい地角の涯に、彼等ひとしく参加する時を待つてゐるのか。見知らぬ移住地に獣皮を焚き、轍を深める。己は餓ゑ、さらに彼等は餓えるだらう。
※
すべては荒蕪の流域につらなる裏屋根の、出窓の格子に仮泊する、夥しい鴉の群だ。海藻を絡んだ羽を搏つて、失はれた耕地の跡に、ばさばさと自らの影を追ひたてる鴉の群だ。その腥い印象から なんとも知れぬ獣血のたぐひに濺がれて、しぜんに斃れてゆくものは、展望をしだいに埋めてゆく。唯ひとり、揺籃の底に艱(なや)むでゐる己の額に、やがては稲妻も十字を投げるだらうか。いま一筋荒々しく乗りこんでくる歌声をきかう。愛憐もなく火に酔へる、三歳のつぶらな眼底に滲みては、たちまち水浸しの肺腑を侵してくるその歌声。ああ 己の身うちにがんがんする無辺から襲つてくる非情の歌声。
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逸見猶吉詩集 (へんみゆうきちししゅう) のリンク元
- [[Google]] 牙のある肖像 逸見
- [[Yahoo]] 大利鎌
- [[Google]] 逸見猶吉
- [[Yahoo]] 兇牙利
- [[Yahoo]] 逸見猶吉
- [[Yahoo]] 逸見猶吉 作品
- [[Yahoo]] 「牙のある肖像」(逸見猶吉)
- [[Yahoo]] 逸見猶吉「牙のある肖像」
- http://search.nifty.com/websearch/search?select=2&cflg=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&chartype=&q=%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%B3+%E9%80%B8%E8%A6%8B&form_u=12
- [[Yahoo]] 逸見 猶吉
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ぉおおぃいらぁあ ぴぃいいチ by 逆再製 逸見マリオ(95年没)21No Data.新コンテンツMini Flash Game設立!暇なら寄ってみて下さい。kotepediaの記 -
活躍馬 - マタリーズ京都@ ウィキ - マタリーズ京都@ ウィキ
2000ギニーマネーロベルト(マネーゲーム氏) 13S東京優駿・パリ大賞典サイコバレー(マネーゲーム氏) 13S愛ダービーイッツミーファディ(逸見マリオ氏) 13Sジャ -
岐阜 - 全国高等学校男子駅伝競走大会非公式サイト - 全国高等学校男子駅伝競走大会非公式サイト
12位(4↓) 12位 加藤直人 3年 前田卓真 1年 中武久歌 3年 小倉隆史 3年 田中大裕 3年 逸見光隆 3年 平沢孝明 3年 20645 2921 2位 -
第31回新春かくし芸大会 - fns27htv @ Wiki - fns27htv @ Wiki
奈江、的場浩司、本田美奈子(6)音効さんドラマ「許された罪」(水9ドラマ『夏子の酒』) 和久井映見、萩原聖人、松下由樹、宮下直紀(7)サイエンス・マジック・ショー(『たけし・逸見の平成教育委員会』) 田代
