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都の友へ、B生より - 国木田 独歩 ( くにきだ どっぽ )

  • 国木田独歩★ 豪華版 日本現代文学全集 国木田独歩集 ★講談社
  • 絶版  牛肉と馬鈴薯  岩波文庫 国木田独歩
  • 朗読CD 朗読街道25「非凡なる凡人・春の鳥」国木田独歩
  • ★☆ 編集者 国木田独歩の時代 黒岩比佐子 ☆★
  • 武蔵野 国木田独歩 初版本復刻 近代文学の名作
  • ★「独歩書簡」国木田独歩 新潮社★
  • ★国木田独歩 作 武蔵野 岩波文庫 ★
  • ★牛肉と馬鈴薯 国木田独歩 角川文庫★
  • 国木田独歩 運命 大正7年発行
  • 名著復刻全集近代文学館ほるぷhon22国木田独歩 武蔵野
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 (前略)  久(ひさ)しぶりで孤獨(こどく)の生活(せいくわつ)を行(や)つて居(ゐ)る、これも病氣(びやうき)のお蔭(かげ)かも知(し)れない。色々(いろ/\)なことを考(かんが)へて久(ひさ)しぶりで自己(じこ)の存在(そんざい)を自覺(じかく)したやうな氣(き)がする。これは全(まつた)く孤獨(こどく)のお蔭(かげ)だらうと思(おも)ふ。此(この)温泉(をんせん)が果(はた)して物質的(ぶつしつてき)に僕(ぼく)の健康(けんかう)に效能(かうのう)があるか無(な)いか、そんな事(こと)は解(わか)らないが何(なに)しろ温泉(をんせん)は惡(わる)くない。少(すくな)くとも此處(こゝ)の、此家(このや)の温泉(をんせん)は惡(わる)くない。
 森閑(しんかん)とした浴室(ゆどの)、長方形(ちやうはうけい)の浴槽(ゆぶね)、透明(すきとほ)つて玉(たま)のやうな温泉(いでゆ)、これを午後(ごゝ)二|時頃(じごろ)獨占(どくせん)して居(を)ると、くだらない實感(じつかん)からも、夢(ゆめ)のやうな妄想(まうざう)からも脱却(だつきやく)して了(しま)ふ。浴槽(ゆぶね)の一|端(たん)へ後腦(こうなう)を乘(のせ)て一|端(たん)へ爪先(つまさき)を掛(かけ)て、ふわりと身(み)を浮(うか)べて眼(め)を閉(つぶ)る。時(とき)に薄目(うすめ)を開(あけ)て天井際(てんじやうぎは)の光線窓(あかりまど)を見(み)る。碧(みどり)に煌(きら)めく桐(きり)の葉(は)の半分(はんぶん)と、蒼々(さう/\)無際限(むさいげん)の大空(おほぞら)が見(み)える。老人(らうじん)なら南無阿彌陀佛(なむあみだぶつ)/\と口(くち)の中(うち)で唱(とな)へる所(ところ)だ。老人(らうじん)でなくとも此(この)心持(こゝろもち)は同(おな)じである。
 居室(へや)に歸(かへ)つて見(み)ると、ちやんと整頓(かたづい)て居(ゐ)る。出(で)る時(とき)は書物(しよもつ)やら反古(ほご)やら亂雜(らんざつ)極(きは)まつて居(ゐ)たのが、物(もの)各々(おの/\)所(ところ)を得(え)て靜(しづ)かに僕(ぼく)を待(まつ)て居(ゐ)る。ごろりと轉(ころ)げて大(だい)の字(じ)なり、坐團布(ざぶとん)を引寄(ひきよ)せて二(ふた)つに折(をつ)て枕(まくら)にして又(また)も手當次第(てあたりしだい)の書(ほん)を讀(よ)み初(はじ)める。陶淵明(たうえんめい)の所謂(いはゆ)る「不求甚解」位(くらゐ)は未(ま)だ可(よ)いが時(とき)に一ページ讀(よ)むに一|時間(じかん)もかゝる事(こと)がある。何故(なぜ)なら全然(まる)で他(ほか)の事(こと)を考(かんが)へて居(ゐ)るからである。昨日(きのふ)も君(きみ)の送(おく)つて呉(く)れたチエホフの短篇集(たんぺんしふ)を讀(よ)んで居(ゐ)ると、ツイ何時(いつ)の間(ま)にか「ボズ」さんの事(こと)を考(かんが)へ出(だ)した。
 ボズさんの本名(ほんみやう)は權十(ごんじふ)とか五|郎兵衞(ろべゑ)とかいふのだらうけれど、此(この)土地(とち)の者(もの)は唯(た)だボズさんと呼(よ)び、本人(ほんにん)も平氣(へいき)で返事(へんじ)をして居(ゐ)た。
 此(この)以前(いぜん)僕(ぼく)が此處(こゝ)へ來(き)た時(とき)の事(こと)である、或日(あるひ)の午後(ひるすぎ)僕(ぼく)は溪流(たにがは)の下流(しも)で香魚釣(あゆつり)を行(や)つて居(ゐ)たと思(おも)ひ玉(たま)へ。其(その)場所(ばしよ)が全(まつ)たく僕(ぼく)の氣(き)に入(い)つたのである、後背(うしろ)の崕(がけ)からは雜木(ざふき)が枝(えだ)を重(かさ)ね葉(は)を重(かさ)ねて被(おほ)ひかゝり、前(まへ)は可(かな)り廣(ひろ)い澱(よどみ)が靜(しづか)に渦(うづ)を卷(まい)て流(なが)れて居(ゐ)る。足場(あしば)はわざ/\作(つく)つた樣(やう)に思(おも)はれる程(ほど)、具合(ぐあひ)が可(い)い。此處(こゝ)を發見(みつけ)た時(とき)、僕(ぼく)は思(おも)つた此處(こゝ)で釣(つ)るなら釣(つ)れないでも半日位(はんにちぐらゐ)は辛棒(しんぼう)が出來(でき)ると思(おも)つた。處(ところ)が僕(ぼく)が釣初(つりはじ)めると間(ま)もなく後背(うしろ)から『釣(つ)れますか』と唐突(だしぬけ)に聲(こゑ)を掛(か)けた者(もの)がある。
 振(ふ)り向(む)くと、それがボズさんと後(のち)に知(し)つた老爺(ぢいさん)であつた。七十|近(ちか)い、背(せ)は低(ひく)いが骨太(ほねぶと)の老人(らうじん)で矢張(やはり)釣竿(つりざを)を持(もつ)て居(ゐ)る。
『今初(いまはじ)めた計(ばか)りです。』と言(い)ふ中(うち)、浮木(うき)がグイと沈(しづ)んだから合(あは)すと、餌釣(ゑづり)としては、中々(なか/\)大(おほき)いのが上(あが)つた。
『此處(こゝ)は可(か)なり釣(つ)れます。』と老爺(ぢいさん)は僕(ぼく)の直(す)ぐ傍(そば)に腰(こし)を下(おろ)して煙草(たばこ)を喫(す)ひだした。けれど一人(ひとり)が竿(さを)を出(だ)し得(う)る丈(だけ)の場處(ばしよ)だからボズさんは唯(たゞ)見物(けんぶつ)をして居(ゐ)た。
 間(ま)もなく又(また)一尾(いつぴき)上(あ)げるとボズさん、
旦那(だんな)はお上手(じやうず)だ。』
『だめだよ。』
『イヤさうでない。』
『これでも上手(じやうず)の中(うち)かね。』
『此(この)温泉(をんせん)に來(く)るお客(きやく)さんの中(うち)じア旦那(だんな)が一|等(とう)だ。』と大(おほ)げさに贊(ほ)めそやす。
『何(なに)しろ道具(だうぐ)が可(い)い。』と言(い)はれたので僕(ぼく)は思(おも)はず噴飯(ふき)だし、
『それじア道具(だうぐ)が釣(つ)るのだ、ハ、ハ、……』
 ボズさん少(すこ)しく狼狽(まごつ)いて、
『イヤ其(それ)は誰(だれ)だつて道具(だうぐ)に由(よ)ります。如何(いく)ら上手(じやうず)でも道具(だうぐ)が惡(わる)いと十|尾(ぴき)釣(つ)れるところは五|尾(ひき)も釣(つ)れません。』
 それから二人(ふたり)種々(いろ/\)の談話(はなし)をして居(を)る中(うち)に懇意(こんい)になり、ボズさんが遠慮(ゑんりよ)なく言(い)ふ處(ところ)によると僕(ぼく)の發見(みつけ)た場所(ばしよ)はボズさんのあじろの一(ひとつ)で、足場(あしば)はボズさんが作(つく)つた事(こと)、東京(とうきやう)の客(きやく)が連(つ)れて行(ゆ)けといふから一緒(いつしよ)に出(で)ると下手(へた)の癖(くせ)に釣(つ)れないと怒(おこ)つて直(す)ぐ止(よ)す事(こと)、釣(つ)れないと言(い)つて怒(おこ)る奴(やつ)が一|番(ばん)馬鹿(ばか)だといふ事(こと)、温泉(をんせん)に來(く)る東京(とうきやう)の客(きやく)には斯(か)ういふ馬鹿(ばか)が多(おほ)い事(こと)、魚(うを)でも生命(いのち)は惜(をし)いといふ事(こと)等(とう)であつた。
 其日(そのひ)はそれで別(わか)れ、其後(そのご)は互(たがひ)に誘(さそ)ひ合(あ)つて釣(つり)に出掛(でかけ)て居(ゐ)たが、ボズさんの家(うち)は一|室(ま)しかない古(ふる)い茅屋(わらや)で其處(そこ)へ獨(ひとり)でわびしげに住(す)んで居(ゐ)たのである。何(なん)でも無遠慮(ぶゑんりよ)に話(はな)す老人(らうじん)が身(み)の上(うへ)の事(こと)は成(な)る可(べ)く避(さ)けて言(い)はないやうにして居(ゐ)た。けれど遠(とほ)まはしに聞(き)き出(だ)した處(ところ)によると、田之浦(たのうら)の者(もの)で倅夫婦(せがれふうふ)は百姓(ひやくしやう)をして可(か)なりの生活(くらし)をして居(ゐ)るが、其(その)夫婦(ふうふ)のしうちが氣(き)に喰(くは)ぬと言(い)つて十|何年(なんねん)も前(まへ)から一人(ひとり)で此處(こゝ)に住(す)んで居(ゐ)るらしい、そして倅(せがれ)から食(く)ふだけの仕送(しおく)りを爲(し)て貰(もら)つてる樣子(やうす)である。成程(なるほど)さう言(い)へば何處(どこ)か固拗(かたくな)のところもあるが、僕(ぼく)の思(おも)ふには最初(さいしよ)は頑固(ぐわんこ)で行(や)つたのながら後(のち)には却(かへ)つて孤獨(こどく)のわび住(ずま)ひが氣樂(きらく)になつて來(き)たのではあるまいか。世(よ)を遁(の)がれた人(ひと)の趣(おもむき)があるのは其(その)理由(わけ)であらう。
 其處(そこ)で僕(ぼく)は昨日(きのふ)チエホフの『ブラツクモンク』を讀(よみ)さして思(おも)はずボズさんの事(こと)を考(かんが)へ出(だ)し、其(その)以前(いぜん)二人(ふたり)が溪流(たにがは)の奧深(おくふか)く泝(さかのぼ)つて「やまめ」を釣(つ)つた事(こと)など、それからそれへと考(かんが)へると堪(たま)らなくなつて來(き)た。實(じつ)は今度(こんど)來(き)て見(み)ると、ボズさんが居(ゐ)ない。昨年(きよねん)田之浦(たのうら)の本家(うち)へ歸(かへ)つて亡(なく)なつたとの事(こと)である。
 事實(じゝつ)、此世(このよ)に亡(な)い人(ひと)かも知(し)れないが、僕(ぼく)の眼(め)にはあり/\と見(み)える、菅笠(すげがさ)を冠(かぶ)つた老爺(らうや)のボズさんが細雨(さいう)の中(うち)に立(たつ)て居(ゐ)る。
『病氣(びやうき)に良(よ)くない、』『雨(あめ)が降(ふ)りさうですから』など宿(やど)の者(もの)がとめるのも聞(き)かず、僕(ぼく)は竿(さを)を持(もつ)て出掛(でか)けた。


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