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金属人間 - 海野 十三 ( うんの じゅうざ )

  • ▼ 軽金属十年のあゆみ(1961)軽金属研究会 軽金属協会
  • ★即決★金属化学入門シリーズ1 「金属物理化学」★日本金属学会
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   こんな文章  およそ世の中には、人にまだ知られていない、ふしぎなことがずいぶんたくさんあるのだ。  いや、ほんとうは、今の人々に話をして、ふしぎがられる話の方が、ふしぎがられない話よりもずっとずっと多いのだ。それは九十九対一よりも、もっととびはなれた比であろうと思う。
 つまり、世の中は、ふしぎなことだらけなのだ。しかし、そう感じないのは、みなさんがたがどこにそんなふしぎなことがあるか知らないからだ。また、じっさいそのふしぎなものに行きあっていても、それがふしぎなものであることに、気がつかない場合が多い。
 それからもうひとつ――。
 人間の力では、どうにもならないことがある。それは運命ということばで、いいあらわされる。この運命というやつが、じつにふざけた先生である。運命に見こまれてしまうと、お金のない人が大金持になったり、またはその反対のことが起こったり、いや、そんなことよりも、もっともっと意外なことが起こるのだ。
 宝くじの一等があたる確からしさを、いわゆる確率(かくりつ)の法則(ほうそく)によって計算することができる。その法則によって出てきたところの「宝くじの一等があたる確からしさ」の率は、万人に平等である。その当せん率のあまりにも低いことを知って、万人は宝くじを買うことをやめるはずになっている。その確率法則を作った学者や、それを信奉(しんぽう)する後続(こうぞく)の学究学徒(がっきゅうがくと)の推論(すいろん)によれば……。
 だが、事実はそうでなくて、宝くじがさかんに売れている。それはなぜであろうか。それは、とにかく事実一等にあたって二十万円とか百万円とかの賞金をつかむ人が、毎回十人とか二十人とか、ちゃんと実在(じつざい)するので、自分もそのひとりになれないこともないのだと、さてこそ宝くじを買いこむのである。
 その人たちの感じでは、当せん率は、確率法則が算定してくれる率よりも、何百倍か何千倍か、ずっと多いように感ずる。これはいったいなぜであろうか。
 一言でいうと、世の中の人々は、確率論をまもる学者よりは、ずっと正しく、運命理解しているからだ。すなわち運命がおどけ者であるということを、わきまえているのである。とうぜんとっぴょうしもない出来事をおこさせるおどけ者の運命は、案外わたくしたちの身近に、うろうろしているのだ。奇蹟(きせき)といわれるものは、案外たびたび起こるもので、わたくの感じでは、一カ月にいっぺんずつぐらいの割合で、奇蹟がおこっているのでないかと思う。
 ふしぎと運命と、そしてひんぱんに起こる奇蹟とに「世の人々よ、どうぞ気をおつけなさい」と呼びかけたい。
   一月十日
金属Qを創造する見込みのつきたる日しるす
理学博士 針目左馬太(はりめさまた)


   次の語り手


 右にかかげた日記ふうの感想文は、その署名によって明らかなとおり、針目博士(はりめはくし)がしたためたものである。
 これは博士書斎にある書類棚(しょるいだな)の、原稿袋の中に保存せられていたもので、後日(ごじつ)これを発見した人々の間に問題となった一文である。
 みなさんは、針目左馬太博士のことについて、今はもうよくご存じであろうから、べつに説明をくわえる必要はない。だが、この事件の起こった当時においては、この若き天才博士のことを、世の人々はほとんど知らなかったのである。
 博士は、わずか二十三歳のときに博士号をとっている。その論文は「重力(じゅりょく)の電気的性質、特に細胞分子間(さいぼうぶんしかん)におけるその研究」というのであった。これは劃期的(かっきてき)な論文であったが、またあまりにとっぴすぎるというので、にがい顔をした論文審査委員もあった。しかしけっきょく、これまでにこれだけのすぐれた綿密(めんみつ)な境地(きょうち)を開いた学者はいなかったので、この博士論文通過した。そのかわり、審査一年以上を要したのであった。
 その間に針目博士――いや、まだ博士にはなっていない針目左馬太学士(はりめさまたがくし)は、大学研究室を去って、みずから針目研究室自分の家につくり、ひたむきな研究に没頭(ぼっとう)した。
 さいわいにも、針目博士の家は、曾祖父(そうそふ)の代からずっと医学者がつづいており、曾祖父の針目|逸斎(いっさい)、祖父の針目|寛斎(かんさい)、父の針目|豹馬(ひょうま)と、みんな医学者であり、そして邸内に、古めかしい煉瓦建(れんがだて)ではあるが、ひじょうにりっぱな研究室標本室、図書室、実験室、手術室などがひとかたまりになった別棟(べつむね)の建物があったのである。当主(とうしゅ)である彼、左馬太青年がそこを仕事場にえらんだことは、しごく自然であった。
 不幸なことに――他人が見たら――かれは、もっか身よりもなく、ただひとりであった。両親と弟妹(ていまい)の四人は、戦争中に疎開先(そかいさき)で戦災(せんさい)にあって死に、東京大学院学生助手をして残っていた、かれ左馬太だけが生き残っているのである。そういう気の毒なさびしい身の上であったが、かれ自身はいっこう気にかけていないように見え、その広い邸宅に、四人の雇人(やといにん)とともに生活していた。
 博士論文通過するまでの約一年間に、かれがまとめあげた研究論文は五つ六つあった。その中に、特にここでごひろうしておきたいのは「細胞内における分子配列と、生命誕生可能性、ならびにその新確率論(しんかくりつろん)による算定(さんてい)について」というのであった。
 この論文といい、また博士論文に提出したあの論文といい、かれが研究の方向を、細胞分子に置いていることが、これによってうかがわれる。こういう研究領域(りょういき)は、わが国はもちろん、世界においても今までに手がつけられたことがなく、じつに研学(けんがく)の青年針目左馬太によってはじめて、メスを入れられたところのものであった。
 しかもかれは、すこぶる大胆にも「生命誕生」という問題を取り上げているのだった。はたしてかれの論文が正しいかどうかは別の問題として、かれはつぎのようなことを結論している。

(――細胞内における分子相互にケンシテイションをひき起こし、そのけっか仮歪(かわい)のポテンシャルを得たとすると、これは生命誕生可能性を持ったことになる)云々。

 これが重大なる結論なのである。生命誕生する可能性をもつ条件が、要約せられているのである。
 しかし、ケンシテイションとはどんな現象なのか、仮歪(かわい)のポテンシャルとはどんな性質のものか、それについてはこの論文を読んだ者はひじょうな難解(なんかい)におちいる。


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