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長崎の鐘 - 原 民喜 ( はら たみき )

  • 古書≪森鴎外集≫7 青年、舞姫他 【 森鴎外】河出書房 貴重 初版
  • 「森鴎外私論」吉野俊彦 森鴎外評論-批評-書籍・10冊 N21681
  • 岩波文庫1675昭和41年/阿部一族他二編森鴎外 岩波書店
  • 600円~ 岩波文庫【青年】森鴎外 (プチソフト1)
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・山椒大夫  他四篇」(旺文社文庫)◇◆
  • ◆◇ 森鴎外著「青年」(新潮文庫) ◇◆  名著! 
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・うたかたの記  他三篇」(岩波文庫)◇◆
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 8』森鴎外 正岡子規 夏目漱石1円
  • 森鴎外 高瀬舟・高瀬舟縁起・寒山捨得・寒山捨得縁起 CD 未開封
  • 森鴎外 舞姫 雁 井上靖 訳編 明治の古典8 初版
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 No more Hiroshima! これは二度ともう広島の惨禍を繰返すな、といふ意味なのだらうが、ときどき僕は自分自身にむかつて、かう呟く。広島のことはもう沢山だ。どうして僕は原子爆弾のことばかり書いたり考へたりするのだらう、ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ヒロシマ……と。それだのにふと街を歩いてゐて電車スパークを視ただけでも、僕の思考は真二つに引裂かれ、パツと何もかも地上一切のものを剥ぎとつてしまふ一刹那がすぐ向ふに描かれるのだ……。
 昭和二十八月九日広島から四里あまり離れた地点で、僕は防空壕の中にゐた、あの不思議な新兵器のことは、この附近の人にも知れ渡つてゐたが、まだ何といふ呼び方をするのか判らなかつた。壕のなかで一人青年が僕に話しかけた。
京都もやられたさうですね、あれに」
 あれに……。あれは今もすぐ頭上に閃くかもしれなかつた。京都大阪東京も、そんな地名場所がまだ存在してゐるのかしらと遭難者である僕はその時考へてゐたものだ。警報が出るたびに、あれは僕たちを脅かしつづけた。
 僕があれの名称を知つたのは八月十六日だつた。新聞の届かない僕たちのところへ、町からやつて来た甥がゲンシと耳なれぬ発音をした。と、ゲンシといふ音から僕はいきなり原始といふイメージが閃いた。あの僕の眼に灼きつけられてゐる赤く爛れたむくむくの死体と黒焦の重傷者の蠢く世界が、何だか原始時代悪夢のやうにおもへた。ふと全世界がその悪夢の方へづるづる滑り墜ちるのではないかとおもへたものだ。
 しかし、もう戦争は終つてゐたのだ。戦争は終つたのだといふ感動が、それから間もなく僕に「夏の花」を書かせた。あのやうに大きな事柄に直面すると、人間のもつ興奮や誇張感は一応静かに吹きとばされるやうである。僕は自分が体験した八月六日の生々しい惨劇を、それがまだ歪まないうちに、出来るだけ平静に描いたつもりである。
 その後、僕は原子爆弾について他人の作品記録全然読む機会がなかつた。が、時の経つに随つて、人間記憶歪み表現は膨れ上るから僕と同じ体験をした人たちが、もし後日あの事を書いたり語らうとすると、次第に制し得ぬ興奮や誇張がつけ加はるだらうと考へてゐる。そしてそれはまた実に止むを得ないことでもあるのだ。原子爆弾のことならこれこそは人類の全運命左右する鍵なのだから、人はどのやうに興奮しても強調してももうこれでいいといふ限度には到達しない。現に僕の観念のなかでも、その後、膨れ上つたものや歪められたものが波状に揺れ返り、絶えず見えないところにあつて閃く光線があるやうだ。僕は今度はじめて永井隆氏の「長崎の鐘」を読む機会を得た。あの体験記を読んだ直後僕はやはり妙な興奮状態になつた。その夜、電車通を横切らうとすると、何かに躓いて僕はパタンと前へ倒された。僕は惨劇のなかにゐるような気がしたものだ。
 昭和二十八月九日、僕が壕のなかで縮こまつてゐる時、あれは長崎を訪れたのである。長崎医大外来診察室であれに見舞はれた永井氏はその時のことをかう書いてゐる。
「目の前にぴかつと閃いた。……私はすぐ伏せようとした。その時すでに窓はすぽんと破られ、猛烈な爆風が私の体をふわりと宙にふきとばした。私は大きく目を見開いたまゝ飛ばされていつた。窓硝子の破片が嵐にまかれた木の葉みたいにおそいかゝる。切られるわいと見ているうちにちやりちやりと右半身が切られてしまつた。右の眼の上と耳のあたりが特別大創らしく、生温い血が噴いては頸へ流れ伝わる。痛くはない。目にみえぬ大きな拳骨が空中を暴れ廻る寝台も、椅子も、戸棚も、鉄兜も、靴も服もなにもかも叩き壊され、投げ飛ばされ、掻き廻され、がらがらと音をたてて、床に転がされている私の身体の上に積み重なつてくる。埃つぽい風がいきなり鼻の奥へ突込んできて、息がつまる。私は目をかつと見開いてやはり窓をみていた。外はみるみるうす暗くなつてゆく。ぞうぞうと潮鳴の如く、ごうごうと嵐の如く空気はいちめんに騒ぎ廻り、板切れ、着物、トタン屋根、いろんな物が灰色の空中をぐるぐる舞つている。あたりはやがてひいやりと野分ふく秋の末のように、不思議な索莫さに閉ざされて来た。これは唯ごとではないらしい。」
 そして、その後次々に展回される惨状に対し、この著者科学者としての眼を次第に働かせて行くのだが、八月十日一枚のビラからあれの正体を知ると、
「私達数名の教室員が今ここにその原子物理学結晶たる原子爆弾被害者となつて防空壕の中に倒れておるということ、身を以てその実験台上に乗せられて親しくその状態観測し得たということ、そして今後の変化観察し続けるということ、まことに稀有のことでなければならぬ。」と真理探究本能から勃然として新鮮な興味が湧き上る。それから傷病者の救済に奔走しながら、九月に入ると遽かに原子爆弾症患者が激増して来るが――この辺の状況は広島場合とほぼ似てゐる――遂に永井氏も前から職業病として持つてゐた原子病が再発して病床に倒れてしまふのである。既にこの著者はあとあまり長くは生きられないことが確定してゐる。


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