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阿霞 - 蒲 松齢 ( ほ しょうれい )

  • 昭和9年 日本怪談全集 第4巻 田中貢太郎 改造社
  • #日本怪談全集 Ⅱ 田中貢太郎 桃源社
  • $日本怪談全集Ⅰ 田中貢太郎著 桃源社
  • $日本逸話全集 田中貢太郎著 桃源社
  • # 日本怪談実話 全 田中貢太郎著 桃源社 初版
  • 田中貢太郎 日本怪談全集 全2巻 桃源社 昭和45年発行
  • $情鬼・朱唇 田中貢太郎著 桃源社
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田中貢太郎訳  文登(ぶんとう)の景星(けいせい)は少年の時から名があって人に重んぜられていた。陳(ちん)生と隣りあわせに住んでいたが、そこと自分書斎とは僅かに袖垣(そでがき)一つを隔てているにすぎなかった。
 ある日の夕暮、陳は荒れはてた寂しい所を通っていると、傍の松や柏の茂った中から女の啼(な)く声が聞えて来た。近くへいってみると、横にしだれた樹の枝に帯をかけて、縊死(いし)しようとしているらしい者がいた。陳は、
「なぜ、そんなことをするのです。」
 といって訊いた。それは若い女であった。女は涕(なみだ)を拭いながら、
「母が遠くへまいりましたものですから、私を従兄(いとこ)の所へ頼んでありましたが、従兄がいけない男で、私の世話をしてくれないものですから、私は独りぼっちです。私は死ぬるがましです。」
 といってからまた泣いた。陳は枝にかけてある帯を解いて、
「困るなら結婚したらいいでしょう。」
 といって勧めた。女は、
「でも私は、ゆく所がないのですもの。」
 といった。陳は、
「では、私の家に暫(しばら)くいるがいいでしょう。」
 といった。女は陳の言葉に従うことになった。陳は女を伴(つ)れて帰り、燈(あかり)を点(つ)けてよく見ると、ひどく佳(い)い容色(きりょう)をしていた。陳は悦んで自分の有(もの)にしようとした。女は大きな声をたててこばんだ。やかましくいう声が隣りまで聞えた。景は何事だろうと思って牆(かき)を乗り越えて窺きに来た。陳はそこで女を放した。女は景を見つけてじっと見ていたが、暫くしてそのまま走って出ていった。陳と景とは一緒になって逐(お)っかけたが、どこへいったのか解らなくなってしまった。
 景は自分の室へ帰って戸を閉めて寝ようとした。と、さっきの女がすらすらと寝室の中から出て来た。景はびっくりして訊いた。
「なぜ、きみは、陳君の所から逃げたかね。」
 女はいった。
「あの方は、徳が薄いのに、福が浅いから、頼みにならないですわ。」
 景はひどく喜んで、
「きみは、何というのだ。」
 といって訊いた。女はいった。
「私の先祖が斉(せい)にいたものですから、斉を姓としてるのですよ。私の幼な名は阿霞(あか)といいますの。」
 二人は寝室の中へ入った。景はそこで冗談をいったが、女は笑ってこばまなかった。とうとう女は景の許にいることになった。景の書斎友人たくさん来た。女はいつも奥の室に隠れていた。数日して女がいった。
「私、ちょっと帰ってまいります。それにここは人の出入が多くて、私がいては人に迷惑をかけますから、今から夜よるまいります。」
 といった。景は、
「きみの家はどこだね。」
 というと、女はいった。
「あまり遠くないことよ。」
 とうとう朝早く帰っていったが、夜になると果して来た。二人の間の懽愛(かんあい)はきわめて篤(あつ)かった。


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