電車と風呂 関連リンク

寺田 寅彦 のオススメ作品

作家別索引

作品別索引

電車と風呂 - 寺田 寅彦 ( てらだ とらひこ )

  • The電車★剛柔流電車道★ザ電車
  • 阪神大震災(阪急電車、阪神電車、山陽電車)のVHS3品。
  • 2002年度版 JR東日本電車色えんぴつ 電車色鉛筆☆限定品 鉄道
  • ポケット電車/ポケット電車2
  • 【パンフ/西武鉄道66/5】小手指電車基地/701形電車他V277
  • 阪神電車1000系◇電車型ホッチキス◇裏にマグネット付き
  • 地下鉄電車絵はがき☆本邦初の地下鉄電車1000形
  • ビンテージおもちゃ イチコー 電車シリーズ・山手線電車
  • Y【湘南電車国鉄80系電車2両セット】組み立てキット5箱セットT20
  • 新品Nゲージ】鉄道コレクション4個セット 小型電車 路面電車
次のページ
 電車の中で試みに同乗の人々の顔を注意して見渡してみると、あまり感じの好い愉快な顔はめったに見当らない。顔色の悪い事や、眼鼻の形状配置といったようなものは別としても、顔全体としての表情が十中八、九までともかくも不愉快なものである。晴れ晴れと春めいた気持の好い表情は、少なくも大人の中にはめったに見付からない。大抵(たいてい)神経過敏な緊張か、さもなくば過度の疲労から来る不感(アパシイ)が人々の眼と眉の間や口の周囲に残忍に刻まれている。たまには面白そうに笑っている人があってもその笑いは多くの場合には笑わないよりも一層気持の悪い笑いである。これらの沢山(たくさん)の不愉快な顔が醸(かも)す一種の雰囲気は強い伝染性を持っていて、外から乗り込んで来る人の心に、すぐさま暗い影を投げないではおかない、そして多くの人の腹の虫の居所を変えさせようとする傾向がある。
 自分がこういう感じを始めてはっきり自覚したのは外国から帰った当座の事であった。二年振りで横浜上陸して、埠頭(ふとう)から停車場へ向かう途中で寛闊(かんかつ)な日本服を着て素足で歩いている人々を見た時には、永い間カラーやカフスで責めつけられていた旅の緊張が急に解けるような気がしたが、この心持は間もなく裏切られてしまわねばならなかった。その夜東京宿屋で寝たら敷蒲団(しきぶとん)が妙に硬くて、まるで張り板の上にでも寝かされるような気がした。便所へ行くとそれが甚だしく不潔で顔中の神経を刺戟された。翌朝久し振りで足駄を買って履(は)いてみると、これがまた妙にぎごちないものであった。そして春田のような泥濘(ぬかるみ)の町を骨を折って歩かなければならなかった。そのうちに天気が好くなると今度は強い南のから風が吹いて、呼吸(いき)もつまりそうな黄塵(こうじん)の中を泳ぐようにして駆けまわらねばならなかった。そして帽子をさらわれないために間断なき注意を余儀なくさせられた。電車に乗ると大抵満員――それが日本特有の満員で、意地悪く押されもまれて、その上に足を踏みつけられ、おまけに踏んだ人から「間抜けめ、気を付けろい」などと罵(ののし)られて黙っていなければならなかった。このような――当り前ならば多分何でもないと思われるべき事が、しばらく忘れていただけに非常に強く当時の自分の頭に印象された。その時分から妙に電車の乗客の顔が不愉快に陰鬱にあるいは険悪に見え出したのである。そして色々な事を考えてみた。あまり確実な事は云われないが、西洋電車ではこんな心持のした事はなかったように思う。勿論(もちろん)疲れた眠い顔や、中にはずいぶん緊張した顔もあるにはあったろうが、別にそれがために今のように不愉快な心持はしなかった。人種の差から免れ難い顔の道具の形や居ずまいだけがこのような差別原因であろうか、何かもっとちがったところに主要な原因があるのではあるまいかと考えてみた。
 先ず堅い高足駄(たかあしだ)をはいて泥田の中をこね歩かなければならない事、それから空風(からかぜ)と戦い砂塵に悩まされなければならない事、このような天然の道具立にかてて加えて、文明の産み出したこの満員電車に割り込んで踏まれ押され罵られなければならない事、ただこの三つの条件だけでも自分のような弱い者にはかなりに多く神経不愉快緊張を感じさせる。これが毎日日課のように繰返される間には、自分の顔の皺(しわ)の一つや二つは増すに相違ない。
 近頃アメリカ学者の書いたものを読んでいたら、その中に、「英国人に比べてみると米国人の顔なり挙動なりはあまり緊張し過ぎている。これは心に余裕のない事を示す。その原因気候の険悪などというためではなくて、人と人との間に養成された習慣が第二の天性に変化したのである。これを治療するにはやはり余裕のある人を模倣する事によって習性を改める外はない」と論じている。これを読んでなるほどと感心した。
 しかしまだどうもこの説には充分に腑(ふ)に落ちないところがある。もし東京にあの風が吹かなかったら、もし東京の街の泥と塵がなかったら、そして電車の数を増すか、あるいはいっその事に全部無くしてしまったら、それだけでも東京市民の顔は幾分か柔らかく快いものになりはしまいかと思われる。
 こう考える理由が一つある。
 東京市民の顔の緊張がやや弛(ゆる)んで見える場所がある、それは外でもない風呂屋である。日本に特有なこの有難い公共設備の入口の暖簾(のれん)を潜って中へはいると、先ず番台からかけられる声からが既によほどゆるやかなものである。そして柔らかく温かに湿った湯気の中に動いている人の顔にも、鏡の前に裸で立ちはだかって頬を膨(ふく)らしてみたり腹を撫(な)でてみたりしている人の顔にも、湯槽(ゆぶね)の水面に浮んでいるデモクラチックな顔にも、美醜|老若(ろうにゃく)の別なく、一様に淡く寛舒(レラクセーション)の表情が浮んでいる。
 この有難い設備習慣とがなかったら東京市民の顔は今頃どんなものに変化しているだろう。
 銭湯の湯船の中で見る顔には帝国主義もなければ社会主義もない。
 もし東京市民が申し合せをして私宅の風呂をことごとく撤廃し、大臣でも職工でも皆同じ大浴場湯気にうだるようにしたら、存外|六(むつ)ヶしい世の中の色々の大問題がヤスヤス解決される端緒にもなりはしまいか。こんな事を考えてみたこともある。
 風呂場が人間に与える微妙影響の中で面白いのは、多くの人が歌を唱いたくなる事である。英国有名な物理学者が近頃ロンドンローヤルインスチチューションでやった講演の中で「人は何故浴場で歌いたくなるか」という問題を提出したら聴衆は大いに笑ったそうである。して見ると浴場で歌うという傾向は江戸ッ子に限らないと見える。この学者の説によると、第一に水の流出する音が人の声を誘う、第二には浴場の壁は普通の家のように音波擾乱(じょうらん)するものがないためによく反響して声が充実して聞えるためだという。しかしこの説が日本浴場にも通用するかどうか少し疑わしい。自分の考えでは温浴のために血行がよくなり、肉体従って精神緊張が弛(ゆる)んで声帯振動自由になるのが主な原因であるまいかと思う。緊張した時には咳払いをしなければ声が出にくいのは誰も知る通りである。いつかベルリンで見た歌劇で幕があくとタンホイゼルが女神の膝を枕にして寝ている、そして Zu viel! zu viel! と歌いながら起き上がる時に咽喉(のど)がつかえて妙な声になりそうなので咳払いを一つして始末をつけたのを記憶している。専門家でさえそうである。自分経験でも風呂から出たすぐ後で唱歌をやると、自分の声かと思うように楽に大きな声が出る。そして平生は出ないfの音が骨を折らずに自由に出る。
 電車走る音の中にも種々な楽音が含まれている事は少し注意して見れば分る。


次のページ

寺田 寅彦 (てらだ とらひこ) 以外のオススメ作品

電車と風呂 (でんしゃとふろ) のリンク元

「電車と風呂-寺田 寅彦」の関連ページ


関連ページ
Web Services by Yahoo! JAPAN