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震災日記より - 寺田 寅彦 ( てらだ とらひこ )

  • 本 震災切手と震災郵便 1982年 牧野正久 著
  • 震災と分銅の中間サイズ私製震災葉書 田沢1銭5厘 15年使用 年賀
  • 震災葉書と同サイズの私製絵葉書使用 震災1銭5厘貼 朝鮮・龍山
  • 【S24397】震災暫定収入印紙・10銭★使用済
  • ★☆震災切手4種 美品未使用☆★
  • 震災20銭3枚貼外信書留書状 スイス宛 舩場/13.8.14
  • 震災切手 使用済 21枚
  • VHS RAIL REPORT 29 深名線 島原鉄道 名古屋鉄道 阪神大震災
  • ◆Jレスキュー 2005 冬号 VOL.16◆震災訓練は生かされたか?
  • 【H0051】小包送票 (乙)震災20・5・2銭 京都烏丸二條13.3.30
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大正十二年八月二十四日 曇、後|驟雨(しゅうう)  子供等と志村(しむら)の家へ行った。崖下の田圃路(たんぼみち)で南蛮ぎせるという寄生植物を沢山採集した。加藤首相|痼疾(こしつ)急変して薨去(こうきょ)。

八月二十五日 晴
 日本橋で散弾二|斤(きん)買う。ランプの台に入れるため。

八月二十六日 曇、夕方雷雨
 月蝕(げっしょく)雨で見えず。夕方珍しい電光 Rocket lightning が西から天頂へかけての空に見えた。丁度紙テープを投げるように西から東へ延びて行くのであった。一同で見物する。この歳になるまでこんなお光りは見たことがないと母上が云う。

八月二十七日 晴
 志村の家で泊る。珍しい日本晴旧暦十六夜(いざよい)の月が赤く森から出る。

八月二十八日 晴、驟雨
 朝霧が深く地を這う。草刈。百舌(もず)が来たが鳴かず。夕方汽車で帰る頃、雷雨の先端が来た。加藤首相葬儀

八月二十九日 曇、午後雷雨
 午前気象台藤原君の渦や雲の写真を見る。

八月三十日 晴
 妻と志村の家へ行きスケッチ板一枚描く。

九月一日 (土曜
 朝はしけ模様で時々暴雨が襲って来た。非常強度で降っていると思うと、まるで断ち切ったようにぱたりと止む、そうかと思うとまた急に降り出す実に珍しい断続的な降り方であった。雑誌文化生活』への原稿石油ランプ」を書き上げた。雨が収まったので上野二科会展招待日の見物に行く。会場に入ったのが十時半頃。蒸暑かったフランス展の影響が著しく眼についた。T君と喫茶店紅茶を呑みながら同君の出品画「I崎の女」に対するそのモデルの良人(おっと)からの撤回要求問題の話を聞いているうちに急激な地震を感じた。椅子腰かけている両足の蹠(うら)を下から木槌(きづち)で急速に乱打するように感じた。多分その前に来たはずの弱い初期微動を気が付かずに直ちに主要動を感じたのだろうという気がして、それにしても妙に短週期の振動だと思っているうちにいよいよ本当の主要動が急激に襲って来た。同時に、これは自分の全く経験のない異常大地震であると知った。その瞬間に子供の時から何度となく母上に聞かされていた土佐安政地震の話がありあり想い出され、丁度船に乗ったように、ゆたりゆたり揺れるという形容が適切である事を感じた。仰向(あおむ)いて会場の建築の揺れ工合を注意して見ると四、五秒ほどと思われる長い週期でみし/\みし/\と音を立てながら緩やかに揺れていた。それを見たときこれならこの建物大丈夫だということが直感されたので恐ろしいという感じはすぐになくなってしまった。そうして、この珍しい強震の振動経過出来るだけ精しく観察しようと思って骨を折っていた。
 主要動が始まってびっくりしてから数秒後に一時振動が衰え、この分では大した事もないと思う頃にもう一度急激な、最初にも増した烈しい波が来て、二度目にびっくりさせられたが、それからは次第に減衰して長週期の波ばかりになった。
 同じ食卓にいた人々は大抵最初の最大主要動で吾勝ちに立上がって出口の方へ駆出して行ったが、自分等の筋向いにいた中年夫婦はその時はまだ立たなかった。しかもその夫人ビフテキを食っていたのが、少なくも見たところ平然と肉片を口に運んでいたのがハッキリ印象に残っている。しかし二度目の最大動が来たときは一人残らず出てしまって場内はがらんとしてしまった。油画(あぶらえ)の額はゆがんだり、落ちたりしたのもあったが大抵はちゃんとして懸かっているようであった。これで見ても、そうこの建物震動は激烈なものでなかったことがわかる。あとで考えてみると、これは建物の自己週期が著しく長いことが有利であったのであろうと思われる。震動が衰えてから外の様子を見に出ようと思ったが喫茶店のボーイも一人残らず出てしまって誰も居ないので勘定をすることが出来ない。それで勘定場近くの便所の口へ出て低い木柵越しに外を見ると、そこに一団、かしこに一団という風に人間が寄集まって茫然(ぼうぜん)として空を眺めている。この便所口から柵を越えて逃げ出した人々らしい。空はもう半ば晴れていたが千切(ちぎ)れ千切れの綿雲が嵐の時のように飛んでいた。そのうちにボーイの一人が帰って来たので勘定をすませた。ボーイがひどく丁寧に礼を云ったように記憶する。出口へ出るとそこでは下足番の婆さんがただ一人落ち散らばった履物(はきもの)の整理をしているのを見付けて、預けた蝙蝠傘(こうもりがさ)を出してもらって館の裏手の集団の中からT画伯を捜しあてた。同君の二人の子供も一緒に居た。


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