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霊魂の話 - 折口 信夫 ( おりくち しのぶ )

  • 【即決 CH Remove Soul/霊魂放逐 日4】
  • 【即決 5E Remove Soul/霊魂放逐 日4】
  • 春陽文庫初版カバー『奇跡のボレロ/霊魂の足』角田喜久雄
  • 【CH・5E】 霊魂放逐/Remove Soul (英2、日2)4枚セット
  • ■即決■ 5th 霊魂放逐/Remove Soul ×4 JJJJ
  • MTG・第5版 霊魂放遂 青
  • ■即決■ 5ED 霊魂放逐/Remove Soul ×4 JJJJ
  • 「霊魂離脱の科学 笠原敏雄」
  • 【アジアの霊魂観】日本とアジアの同質性と異質性
  • 即決!IN 霊魂焼却(日本語版・在庫4枚)
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       たまとたましひと たまとたましひとは、近世的には、此二つが混乱して使はれ、大ざつぱに、同じものだと思はれて居る。尤、中には、此二つに区別があるのだらうと考へた人もあるが、明らかな答へはない様である。私にもまだ、はつきりとした説明出来ないが、多少の明りがついた。其を中心に話を進めて見たいと思ふ。
古く日本人が考へた霊魂信仰は、後に段々変つて行つて居る。民間的に――知識の低い階級によつて――追ひ/\に組織立てられ、統一づけられた霊魂解釈が加はつて行つた為だと思ふ。だから其中から、似寄つたものをとり出して、一つの見当をつける事は、却々(なかなか)困難であるが、先大体、たまとたましひとは、違ふものだと言ふ見当だけをつけて、此話を進めたい。いづれ、最初にたまの考へがあつて、後にたましひの観念が出て来たのだらう、と言ふ所に落ちつくと思ふ。
       たまの分化――神とものと
日本人のたまに対する考へ方には、歴史的の変化がある。日本の「神」は、昔の言葉で表せば、たまと称すべきものであつた。それが、いつか「神」といふ言葉で飜訳せられて来た。だから、たまで残つて居るものもあり、神となつたものもあり、書物の上では、そこに矛盾が感じられるので、或時はたまとして扱はれ、或所では、神として扱はれて居るのである。
たまは抽象的なもので、時あつて姿を現すものと考へたのが、古い信仰の様である。其が神となり、更に其下に、ものと称するものが考へられる様にもなつた。即、たまに善悪の二方面があると考へるやうになつて、人間から見ての、善い部分が「神」になり、邪悪な方面が「もの」として考へられる様になつたのであるが、猶、習慣としては、たまといふ語も残つたのである。
先、最初にたまの作用から考へて見る。
我々の祖先は、ものの生れ出るのに、いろ/\な方法順序があると考へた。今風の言葉で表すと、其代表的なものとして、卵生胎生との、二つの方法があると考へた。古代を考へるのに、今日の考へを以てするのは、勿論いけない事だが、此は大体、さう考へて見るより為方がないので、便宜上かうした言葉を使ふ。此二つの別け方で、略よい様である。
胎生の方には大して問題がないと思ふから、茲では、卵生に就いて話をする。さうすると、たまの性質が訣つて来ると思ふ。
       なる・うまる・ある
古いもので見ると、なると言ふ語で、「うまれる」ことを意味したのがある。なる・うまる・あるは、往々同義語と考へられて居るが、あるは、「あらはれる」の原形で、「うまれる」と言ふ意はない。たゞ「うまれる」の敬語に、転義した場合はある。万葉などにも、此語に、貴人の誕生を考へたらしい用語例がある。けれども、厳格には、神聖なるものゝ「出現」を意味する言葉であつて、貴人に就いて「みあれ」と言うたのも、あらはれる・出現に近い意を表したと見られるのである。即、永劫不滅の神格を有する貴人には、誕生と言ふ事がない。休みからの復活であると信じたのである。あるが「うまれる」の敬語に転義した訣が、そこにある。
うまるの語根は、うむである。うむは「はじまる」と関係のある語らしい。うぶから出て居る形と見られる。此に対して、なると言ふ語がある。あるは、形を具へて出て来る、即、あれいづであるが、なるは、初めから形を具へないで、ものゝ中に宿る事に使はれて居る。くはしくは、なりいづと言ふべきである。
此なるの用語例が多くなつて来ると、なと言ふ語だけに意味固定して、なを語根とした、なすと言ふ語なども出来て来た。なると言ふ語には、別に、ものゝ内容出来てくる――充実して来る――と言ふ同音異義の語があるが、元は一つであるに相違ない。同音異義でなく、意義の分化と見るべきであらう。
       発生に於ける三段の順序
たまごの古い言葉は、かひ(穎)である。「うぐひすの、かひこの中のほとゝぎす」などの用語例が示してゐる様に、たまごの事をかひこと言うた。蚕にも此意味があるのかも知れぬが、此は姑く、昔からの「飼ひこ」として預けて置かう。
ものを包んで居るのが、かひである。米のことをかひと言うたのは、籾に包まれて居るから言うたので、即、籾がかひなのだが、延いてお米の事にもなつたのである。ちかひ・もゝかひ・しるにもかひにもなどの、用語例で見ると、昔は籾のまゝ食べたのかとも思はれる。籾は吐き出したのであらう。さうでないと、かひの使ひ方が不自然である。
かひは、もなかの皮の様に、ものを包んで居るものを言うたので、此から、蛤貝・蜆貝などの貝も考へられる様になつたのであるが、此かひは、密閉して居て、穴のあいて居ないのがよかつた。其穴のあいて居ない容れ物の中に、どこからか這入つて来るものがある、と昔の人は考へた。其這入つて来るものが、たまである。


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