霧の不二、月の不二 - 小島 烏水 ( こじま うすい )
――明治三十六年八月七日御殿場口にて観察――
不二より瞰(み)るに、眼下に飜展(ほんてん)せられたる凸版地図(レリイヴオ・マツプ)の如き平原の中(うち)白面の甲府を匝(め)ぐりて、毛ばだちたる皺(しわ)の波を畳(たゝ)み、その波頭に鋭峻(えいしゆん)の尖(とが)りを起(た)てたるは、是(こ)れ言ふまでもなく金峰山、駒ヶ嶽、八ヶ嶽等の大嶽にして、高度いづれも一万尺に迫り、必ずしも我不二に下らざるが如し、不二は自らその高さを意識せざる謙徳の大君なり、裾野より近く不二を仰ぐに愈(いよい)よ低し、偉人と共に家庭居(まとゐ)するものは、その那辺(なへん)が大なるかを解する能(あた)はざるが如し。この夏我金峰山に登り、八ヶ嶽に登り、駒ヶ嶽に登る、瑠璃(るり)色なる不二の翅脈(しみやく)なだらかに、絮(じよ)の如き積雪を膚(はだへ)の衣に著(つ)けて、悠々(いう/\)と天空に伸(の)ぶるを仰ぐに、絶高にして一朶(いちだ)の芙蓉(ふよう)、人間の光学的分析を許さゞる天色を佩(お)ぶ、我等が立てる甲斐の山の峻峭(しゆんせう)を以てするも、近づいて之(これ)に狎(な)るゝ能はず、虔(つゝ)しんでその神威を敬す、我が生国の大儒、柴野栗山先生|讚嘆(さんたん)して曰(いは)く「独立原無競、自為|衆壑宗(しゆうかくのそう)」まとことに不二なくんば人に祖先なく、山に中心なけむ、甲斐の諸山水を跋渉(ばつせふ)しての帰るさ、東海道を汽車にして、御殿場に下り、登嶽の客となりぬ。
旅館の主人、馬を勧め、剛力(がうりき)を勧め、蓆(ござ)を勧め、編笠(あみがさ)を勤む、皆之を卻(しりぞ)く、この極楽の山、只(たゞ)一本の金剛杖(こんがうづゑ)にて足れりと広舌(くわうぜつ)して、朝まだき裾野を往(ゆ)く。
市街を離れて里許(りきよ)、不二の裾野は、虫声にも色あり、そよ吹く風にも色あり、色の主(あるじ)を花といふ、金色星の、夕(ゆふべ)下界に下りて、茎頭(けいとう)に宿りたる如き女郎花(をみなへし)、一輪深き淵(ふち)の色とうたはれけむ朝顔の、闌秋(らんしう)に化性(けしやう)したる如き桔梗(ききやう)、蜻蛉(とんぼ)の眼球の如き野葡萄(のぶだう)の実、これらを束ねて地に引き据(す)ゑたる間より、樅(もみ)の木のひよろりと一際(ひときは)高く、色波の旋律を指揮する童子の如くに立てるが、その枝は不二と愛鷹(あしたか)とを振り分けて、殊(こと)に愛鷹の両尖点(りやうせんてん)(右なるは主峰越前嶽にして位牌(ゐはい)ヶ嶽は左の瘤(こぶ)ならむ)は、躍(をど)つて梢に兎耳(とじ)を立てたり、与平治(よへいじ)茶屋附近虫取|撫子(なでしこ)の盛りを過ぎて開花するところより、一里茶屋に至るまで、焦砂(せうさ)を匂(にほ)はすに花を以てし、夜来の宿熱を冷(ひ)やすに刀の如き薄(すゝき)を以てす、雀(すゞめ)おどろく茱萸(ぐみ)に、刎(は)ね飛ばされて不二は一たび揺曳(えうえい)し、二たびは青木の林に落ちて、影に吸収せられ、地に消化せられ、忽焉(こつえん)として見えずなりぬ、満野(まんや)粛(しゆく)として秋の気を罩(こ)め、騎客(きかく)草間に出没すれども、惨(さん)として馬|嘶(いなゝ)かず、この間の花は、磧撫子(かはらなでしこ)、蛍袋(ほたるぶくろ)、擬宝珠(ぎぼうし)、姫百合、※苳(ふき)、唐松草等にして、木は百中の九十まで松属(まつぞく)の物たり。
一里松附近より、角度少しく急にして、大木を見ず、密々たる灌木(くわんぼく)、疎々(そゝ)たる喬木(けうぼく)の混合林となりて、前者を代表するに萩(はぎ)あり、後者には栗多く、それも大方は短木、この辺より不二は奈良の東大寺山門より大仏を仰ぐより近く聳(そび)え、半(なかば)より以上、黄袗(くわうしん)は古びて赭(あか)く、四合目辺にたなびく一朶(いちだ)の雲は、垂氷(たるひ)の如く倒懸(たうけん)して満山を冷(ひ)やす、別に風より迅(はや)き雲あり、大虚を亘(わた)りて、不二より高きこと百尺|許(ばかり)なるところより、之(これ)を翳(かざ)し、山膚に皹(ひゞ)を入る。雲消えて皹も亦(また)拭(ぬぐ)ひ去らる、山色何の瑠璃(るり)ぞ、只(た)だ赭丹(しやたん)赭黄なる熔岩(ようがん)の、奇醜(きしう)大塊を、至つて無器用に束ねて嶄立(ざんりつ)せるのみ、その肩を怒らし胸を張れるを見て、淑美(しゆくび)なる女性的崇高を知らず。
馬返しより太郎坊まで、羊歯(しだ)の小自由国や、蘚苔(せんたい)の小王国を保護して、樅落葉松の純林、戟(ほこ)を揃(そろ)へて隣々相立てるあり、これありて裾野の柔美式なる色相図(しきさうづ)に、剛健なる鉄銹色(てつしうしよく)を点(とも)し、無敵の冬をも呵(か)して、一路空山|料峭(れうせう)の天に向ひて立つものあるなり。
太郎坊を出づるや一変して喬木を見ず、灌木はミヤマ榛(はん)の木の痩(や)せさらばひたるが僅(わづか)に数株あるのみ、初めは草一面、後は焦沙(せうさ)磊々(らい/\)たる中に、虎杖(いたどり)、鬼薊(おにあざみ)及び他の莎草(しやさう)禾本(くわほん)を禿頭(とくとう)に残れる二毛の如くに見るも、それさへ失(う)せて、霧|沸々(ふつ/\)として到るに遇(あ)ふ、天そゝり立つ大嶽とは是(こ)れか、眼前三四尺のところより胴切に遇ひて、殆(ほと)んど山の全体なるかを想はしむ、下界|屡(しばし)ば見るところの井桁(ゐげた)ほどなる雲の穴より或(あるい)は皺(しわ)を延ばし、或は畳(たゝ)めるは、応(まさ)にこの時なるなからむや、今は山と、人と、石室と、地衣植物と、尽(じん)天地を霧の小壺(せうこ)に蔵せられて、混茫(こんばう)一切を弁(べん)ぜず、登山の騎客は悉(こと/″\)く二合二勺にて馬を下る。
二勺より路は黒鉄(くろがね)を鍛へたる如く、天の一方より急斜して、爛沙(らんさ)、焦石(せうせき)、截々(せつ/\)、風の噪(さわ)ぐ音して人と伴ひ落下す、偶(たまた)ま雲を破りて額上|微(かす)かに見るところの宝永山の赭土(あかつち)より、冷乳の缸(かめ)を傾けたる如く、大霧を揺(ゆ)るよと見る間に、急瀬(きふらい)上下に乱流する如くなりて、中霄(ちゆうせう)に溢(あふ)れ、片々|団々(だん/\)、※(さか)れて飛んで細かく分裂するや、シヤボン球の如き小薄膜となり、球々相|摩擦(まさつ)して、争ひて下界に下る、三合四合、皆天には霧の球、地には火山の弾子(だんし)、五合目にして一天の霧|漸(やうや)く霽(は)れ、下に屯(よど)めるもの、風なきに逆(さか)しまに※(あ)がり、故郷を望んで帰り去(い)なむを私語(さゞめ)く。この登山に唯一のおそろしきものゝやうに言ひ做(な)す、胸突(むなつき)八丁にかゝり、暫く足を休めて後を顧(かへりみ)る、天は藍色に澄み、霧は紫微(しび)に収まり、領巾(ひれ)の如き一片の雲を東空に片寄せて、透(す)きわたりたる宇宙は、水を打つたるより静かなり、東に伊豆の大島、箱根の外輪山、仙窟(せんくつ)に醸(かも)されたる冷氷の如き蘆(あし)の湖、氷上を跣(す)べりて僵(たふ)れむとする駒ヶ嶽、神山、冠ヶ嶽、南に富士川は茫々(ばう/\)たる乾面上に、錐(きり)にて刻まれたる溝(みぞ)となり、一線の針を閃(ひらめ)かして落つるところは駿河の海、銀(しろがね)の砥(と)平らかに、浩蕩(かうたう)として天と一(いつ)に融(と)く。
銀明水に達したるは午後七時に垂(なんな)んとす、浅間社前の大石室に泊す、客は余を併せて四組七人、乾魚(ほしうを)一枚、麩(ふ)の味噌汁一杯、天保銭大の沢庵(たくあん)二切、晩餐(ばんさん)の総(す)べては是(かく)の如きのみ、葉マキ虫の葉を綴(つゞ)りて寝(い)ぬる如く、一同皆|蒲団(ふとん)に包(くる)まりて一睡す。
夜九時、大風|室(むろ)を四匝(しさふ)せる石壁を透徹して雷吼(らいこう)す、駭魄(がいはく)して耳目きはめて鋭敏となり、昨夜御殿場旅館階上の月を憶(おも)ひ起し、一人|窃(ひそか)に戸を排して出で、火孔に吹き飛ばされぬ用心して、這(は)ふが如く剣ヶ峰に到り、その一角にしがみ附きて観る。
霧収まりて天低う垂れ、銀錫(ぎんしやく)円盤大の白月、額に当つて空水流るゝこと一万里、截鉄(せつてつ)の如き玄沙(げんさ)※忽(しゆくこつ)として黒|玻璃(はり)と化す。雲の峰一道二道と山の腋(わき)より立ち昇りて、神女白銀の御衣(みけし)を曳(ひ)いて長し、我にいま少し仙骨を有するの自信あらば、駕(が)して天際に達する易行道(いぎやうだう)となしたりしならむ、下は即(すなは)ち荒※(くわうばく)として、裾野も、森林も、一面に大瀛(たいえい)の如く、茫焉(ばうえん)として始処を知らず、終所を弁ぜず、長流(ながる)言はずや、不二の根に登りてみれば天地(あめつち)は、未(ま)だいくほども別れざりけりと、まことや今日本八十州、残る隈(くま)なく雲の波に浸(ひた)されて、四面|圜海(くわんかい)の中、兀立(こつりつ)するは我|微躯(びく)を載せたる方(はう)幾十尺の不二頂上の一|撮土(さつど)のみ、このとき白星を啣(ふく)める波頭に、漂ふ不二は、一片石よりも軽|且(かつ)小なり、仰げば無量無数の惑星恒星、爛(らん)として、吁嗟(ああ)億兆何の悠遠(いうえん)ぞ、月は夜行性の蛾(が)の如く、闌(た)けて愈(いよい)よ白く、こゝに芙蓉(ふよう)の蜜腺なる雲の糸をたぐりて、天香を吸収す、脚下紋銀白色をなせる雲を透かして、僅(わづか)に瞰(うかゞ)ひ得たり、この芙蓉の根部より匐枝(ふくし)を出だしたる如き、宝永山の、鮮やかに黒紫色に凝固せるを、西へと落ちたる冷魂の、銹(さび)におぼろなる弧線を引いて、雲と有耶無耶(うやむや)の境地に澄みかへれるは本栖湖にやあらむずらむ。雲は寄る寄る崖(がけ)を噛(か)んで、刎(は)ね返されたる倒波(ローラア)の如きあり、その下層地平線に触(ふ)れて、波長を減じたるため、上層と擦(さつ)して白波(サアフ)の泡(あは)立つごときあり、之(これ)を照らすにかの晃々(くわう/\)たる大月あり、その光被するところ、総(す)べてを化石となす、試(こゝろみ)に我が手を挙(あ)ぐるに、晶(あきらけ)きこと寒水石を彫(ゑ)り成したる如し、我が立てる劒ヶ峰より一歩の下、窈然(えうぜん)として内院の大窖(たいかう)あり、むかし火を噴(ふ)きたるところ、今神仙の噫気(あいき)を秘蔵するか、かゝる明夜に、靉靆(あいたい)として立ち昇る白気こそあれ、何物たるかを端知せむと欲して、袖庇(しうひ)に耐風マッチを擦(さつ)するも、全く用を成さず、試に拳石を転ずるに、鳴鏑(めいてき)の如く尖(とが)りたる声ありて、奈落(ならく)に通ず、立つこと久しうして、我が五躰(ごたい)は、悉(こと/″\)く銀の鍼線(しんせん)を浴び、自ら駭(おどろ)くらく、水精|姑(しばら)く人と仮幻(かげん)したるにあらざるかと、げに呼吸器の外に人間の物、我にあらざるなり、おもひみる天風|北溟(ほくめい)の荒濤(くわうたう)を蹴り、加賀の白山を拍(う)ちて旋(か)へらず、雪の蹄(ひづめ)の黒駒や、乗鞍ヶ嶽駒ヶ嶽を掠(かす)めて、山霊(やまたま)木魂(こだま)吶喊(とき)を作り、この方寸|曠古(くわうこ)の天地に吹きすさぶを、永冷(ひようれい)歯に徹し、骨に徹し、褞袍(どてら)二枚に夜具をまで借着したる我をして、腮(あご)を以て歯を打たしむ、竟(つひ)に走つて室に入り、夜具引き被(かづ)きて、夜もすがら物の怪(け)に遇ひたる如くに顫(おのゝ)きぬ。
翌朝四時十五分といふに、床を蹴る、未だ日の出を見ずして、大島、利島、御蔵島の、糢糊(もこ)の間に活(い)きて游ぶにあらざるかを疑ふ、三浦半島と房総と、長虫の如く蜿(う)ねりて出没す、武甲の山は純紫にして、蒸々たる紅玉の日、雲の三段流れに沁(し)み入りて、眩光(げんくわう)を斜に振り飛ばすや、劒ヶ峰の一角先づ燧(ひうち)を発する如く反照し、峰に倚(よ)れる我が髭(ひげ)燃えむとす、光の先づ宿るところは、棟(むね)高き真理の精舎(しやうじや)にあるを念(おも)ふ、太陽なる哉(かな)、我は現世に在りて只(たゞ)太陽を讚(さん)するのみ、顧れば甲武の山の若紫を焼いて、山肩|茜色(せんしよく)の暗潮一味を刷(は)く。
下りて七合目に至る、霜髪の翁(おきな)、剛力の肩をも借らず、杖つきて下山するに追ひつく、郷貫(きやうくわん)を質(たゞ)せば関西の人なりといふ、年歯(ねんし)を問へば、即(すなは)ち対(こた)へて曰(いは)く、当年八十四歳になります!
底本:「日本の名随筆58 月」作品社
1987(昭和62)年8月25日第1刷発行
底本の親本:「小島烏水全集 第四巻」大修館書店
1980(昭和55)年3月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「劒ヶ峰/剣ヶ峰」の混在は底本の通りです。
入力:土屋隆
校正:門田裕志
2006年9月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
旅館の主人、馬を勧め、剛力(がうりき)を勧め、蓆(ござ)を勧め、編笠(あみがさ)を勤む、皆之を卻(しりぞ)く、この極楽の山、只(たゞ)一本の金剛杖(こんがうづゑ)にて足れりと広舌(くわうぜつ)して、朝まだき裾野を往(ゆ)く。
市街を離れて里許(りきよ)、不二の裾野は、虫声にも色あり、そよ吹く風にも色あり、色の主(あるじ)を花といふ、金色星の、夕(ゆふべ)下界に下りて、茎頭(けいとう)に宿りたる如き女郎花(をみなへし)、一輪深き淵(ふち)の色とうたはれけむ朝顔の、闌秋(らんしう)に化性(けしやう)したる如き桔梗(ききやう)、蜻蛉(とんぼ)の眼球の如き野葡萄(のぶだう)の実、これらを束ねて地に引き据(す)ゑたる間より、樅(もみ)の木のひよろりと一際(ひときは)高く、色波の旋律を指揮する童子の如くに立てるが、その枝は不二と愛鷹(あしたか)とを振り分けて、殊(こと)に愛鷹の両尖点(りやうせんてん)(右なるは主峰越前嶽にして位牌(ゐはい)ヶ嶽は左の瘤(こぶ)ならむ)は、躍(をど)つて梢に兎耳(とじ)を立てたり、与平治(よへいじ)茶屋附近虫取|撫子(なでしこ)の盛りを過ぎて開花するところより、一里茶屋に至るまで、焦砂(せうさ)を匂(にほ)はすに花を以てし、夜来の宿熱を冷(ひ)やすに刀の如き薄(すゝき)を以てす、雀(すゞめ)おどろく茱萸(ぐみ)に、刎(は)ね飛ばされて不二は一たび揺曳(えうえい)し、二たびは青木の林に落ちて、影に吸収せられ、地に消化せられ、忽焉(こつえん)として見えずなりぬ、満野(まんや)粛(しゆく)として秋の気を罩(こ)め、騎客(きかく)草間に出没すれども、惨(さん)として馬|嘶(いなゝ)かず、この間の花は、磧撫子(かはらなでしこ)、蛍袋(ほたるぶくろ)、擬宝珠(ぎぼうし)、姫百合、※苳(ふき)、唐松草等にして、木は百中の九十まで松属(まつぞく)の物たり。
一里松附近より、角度少しく急にして、大木を見ず、密々たる灌木(くわんぼく)、疎々(そゝ)たる喬木(けうぼく)の混合林となりて、前者を代表するに萩(はぎ)あり、後者には栗多く、それも大方は短木、この辺より不二は奈良の東大寺山門より大仏を仰ぐより近く聳(そび)え、半(なかば)より以上、黄袗(くわうしん)は古びて赭(あか)く、四合目辺にたなびく一朶(いちだ)の雲は、垂氷(たるひ)の如く倒懸(たうけん)して満山を冷(ひ)やす、別に風より迅(はや)き雲あり、大虚を亘(わた)りて、不二より高きこと百尺|許(ばかり)なるところより、之(これ)を翳(かざ)し、山膚に皹(ひゞ)を入る。雲消えて皹も亦(また)拭(ぬぐ)ひ去らる、山色何の瑠璃(るり)ぞ、只(た)だ赭丹(しやたん)赭黄なる熔岩(ようがん)の、奇醜(きしう)大塊を、至つて無器用に束ねて嶄立(ざんりつ)せるのみ、その肩を怒らし胸を張れるを見て、淑美(しゆくび)なる女性的崇高を知らず。
馬返しより太郎坊まで、羊歯(しだ)の小自由国や、蘚苔(せんたい)の小王国を保護して、樅落葉松の純林、戟(ほこ)を揃(そろ)へて隣々相立てるあり、これありて裾野の柔美式なる色相図(しきさうづ)に、剛健なる鉄銹色(てつしうしよく)を点(とも)し、無敵の冬をも呵(か)して、一路空山|料峭(れうせう)の天に向ひて立つものあるなり。
太郎坊を出づるや一変して喬木を見ず、灌木はミヤマ榛(はん)の木の痩(や)せさらばひたるが僅(わづか)に数株あるのみ、初めは草一面、後は焦沙(せうさ)磊々(らい/\)たる中に、虎杖(いたどり)、鬼薊(おにあざみ)及び他の莎草(しやさう)禾本(くわほん)を禿頭(とくとう)に残れる二毛の如くに見るも、それさへ失(う)せて、霧|沸々(ふつ/\)として到るに遇(あ)ふ、天そゝり立つ大嶽とは是(こ)れか、眼前三四尺のところより胴切に遇ひて、殆(ほと)んど山の全体なるかを想はしむ、下界|屡(しばし)ば見るところの井桁(ゐげた)ほどなる雲の穴より或(あるい)は皺(しわ)を延ばし、或は畳(たゝ)めるは、応(まさ)にこの時なるなからむや、今は山と、人と、石室と、地衣植物と、尽(じん)天地を霧の小壺(せうこ)に蔵せられて、混茫(こんばう)一切を弁(べん)ぜず、登山の騎客は悉(こと/″\)く二合二勺にて馬を下る。
二勺より路は黒鉄(くろがね)を鍛へたる如く、天の一方より急斜して、爛沙(らんさ)、焦石(せうせき)、截々(せつ/\)、風の噪(さわ)ぐ音して人と伴ひ落下す、偶(たまた)ま雲を破りて額上|微(かす)かに見るところの宝永山の赭土(あかつち)より、冷乳の缸(かめ)を傾けたる如く、大霧を揺(ゆ)るよと見る間に、急瀬(きふらい)上下に乱流する如くなりて、中霄(ちゆうせう)に溢(あふ)れ、片々|団々(だん/\)、※(さか)れて飛んで細かく分裂するや、シヤボン球の如き小薄膜となり、球々相|摩擦(まさつ)して、争ひて下界に下る、三合四合、皆天には霧の球、地には火山の弾子(だんし)、五合目にして一天の霧|漸(やうや)く霽(は)れ、下に屯(よど)めるもの、風なきに逆(さか)しまに※(あ)がり、故郷を望んで帰り去(い)なむを私語(さゞめ)く。この登山に唯一のおそろしきものゝやうに言ひ做(な)す、胸突(むなつき)八丁にかゝり、暫く足を休めて後を顧(かへりみ)る、天は藍色に澄み、霧は紫微(しび)に収まり、領巾(ひれ)の如き一片の雲を東空に片寄せて、透(す)きわたりたる宇宙は、水を打つたるより静かなり、東に伊豆の大島、箱根の外輪山、仙窟(せんくつ)に醸(かも)されたる冷氷の如き蘆(あし)の湖、氷上を跣(す)べりて僵(たふ)れむとする駒ヶ嶽、神山、冠ヶ嶽、南に富士川は茫々(ばう/\)たる乾面上に、錐(きり)にて刻まれたる溝(みぞ)となり、一線の針を閃(ひらめ)かして落つるところは駿河の海、銀(しろがね)の砥(と)平らかに、浩蕩(かうたう)として天と一(いつ)に融(と)く。
銀明水に達したるは午後七時に垂(なんな)んとす、浅間社前の大石室に泊す、客は余を併せて四組七人、乾魚(ほしうを)一枚、麩(ふ)の味噌汁一杯、天保銭大の沢庵(たくあん)二切、晩餐(ばんさん)の総(す)べては是(かく)の如きのみ、葉マキ虫の葉を綴(つゞ)りて寝(い)ぬる如く、一同皆|蒲団(ふとん)に包(くる)まりて一睡す。
夜九時、大風|室(むろ)を四匝(しさふ)せる石壁を透徹して雷吼(らいこう)す、駭魄(がいはく)して耳目きはめて鋭敏となり、昨夜御殿場旅館階上の月を憶(おも)ひ起し、一人|窃(ひそか)に戸を排して出で、火孔に吹き飛ばされぬ用心して、這(は)ふが如く剣ヶ峰に到り、その一角にしがみ附きて観る。
霧収まりて天低う垂れ、銀錫(ぎんしやく)円盤大の白月、額に当つて空水流るゝこと一万里、截鉄(せつてつ)の如き玄沙(げんさ)※忽(しゆくこつ)として黒|玻璃(はり)と化す。雲の峰一道二道と山の腋(わき)より立ち昇りて、神女白銀の御衣(みけし)を曳(ひ)いて長し、我にいま少し仙骨を有するの自信あらば、駕(が)して天際に達する易行道(いぎやうだう)となしたりしならむ、下は即(すなは)ち荒※(くわうばく)として、裾野も、森林も、一面に大瀛(たいえい)の如く、茫焉(ばうえん)として始処を知らず、終所を弁ぜず、長流(ながる)言はずや、不二の根に登りてみれば天地(あめつち)は、未(ま)だいくほども別れざりけりと、まことや今日本八十州、残る隈(くま)なく雲の波に浸(ひた)されて、四面|圜海(くわんかい)の中、兀立(こつりつ)するは我|微躯(びく)を載せたる方(はう)幾十尺の不二頂上の一|撮土(さつど)のみ、このとき白星を啣(ふく)める波頭に、漂ふ不二は、一片石よりも軽|且(かつ)小なり、仰げば無量無数の惑星恒星、爛(らん)として、吁嗟(ああ)億兆何の悠遠(いうえん)ぞ、月は夜行性の蛾(が)の如く、闌(た)けて愈(いよい)よ白く、こゝに芙蓉(ふよう)の蜜腺なる雲の糸をたぐりて、天香を吸収す、脚下紋銀白色をなせる雲を透かして、僅(わづか)に瞰(うかゞ)ひ得たり、この芙蓉の根部より匐枝(ふくし)を出だしたる如き、宝永山の、鮮やかに黒紫色に凝固せるを、西へと落ちたる冷魂の、銹(さび)におぼろなる弧線を引いて、雲と有耶無耶(うやむや)の境地に澄みかへれるは本栖湖にやあらむずらむ。雲は寄る寄る崖(がけ)を噛(か)んで、刎(は)ね返されたる倒波(ローラア)の如きあり、その下層地平線に触(ふ)れて、波長を減じたるため、上層と擦(さつ)して白波(サアフ)の泡(あは)立つごときあり、之(これ)を照らすにかの晃々(くわう/\)たる大月あり、その光被するところ、総(す)べてを化石となす、試(こゝろみ)に我が手を挙(あ)ぐるに、晶(あきらけ)きこと寒水石を彫(ゑ)り成したる如し、我が立てる劒ヶ峰より一歩の下、窈然(えうぜん)として内院の大窖(たいかう)あり、むかし火を噴(ふ)きたるところ、今神仙の噫気(あいき)を秘蔵するか、かゝる明夜に、靉靆(あいたい)として立ち昇る白気こそあれ、何物たるかを端知せむと欲して、袖庇(しうひ)に耐風マッチを擦(さつ)するも、全く用を成さず、試に拳石を転ずるに、鳴鏑(めいてき)の如く尖(とが)りたる声ありて、奈落(ならく)に通ず、立つこと久しうして、我が五躰(ごたい)は、悉(こと/″\)く銀の鍼線(しんせん)を浴び、自ら駭(おどろ)くらく、水精|姑(しばら)く人と仮幻(かげん)したるにあらざるかと、げに呼吸器の外に人間の物、我にあらざるなり、おもひみる天風|北溟(ほくめい)の荒濤(くわうたう)を蹴り、加賀の白山を拍(う)ちて旋(か)へらず、雪の蹄(ひづめ)の黒駒や、乗鞍ヶ嶽駒ヶ嶽を掠(かす)めて、山霊(やまたま)木魂(こだま)吶喊(とき)を作り、この方寸|曠古(くわうこ)の天地に吹きすさぶを、永冷(ひようれい)歯に徹し、骨に徹し、褞袍(どてら)二枚に夜具をまで借着したる我をして、腮(あご)を以て歯を打たしむ、竟(つひ)に走つて室に入り、夜具引き被(かづ)きて、夜もすがら物の怪(け)に遇ひたる如くに顫(おのゝ)きぬ。
翌朝四時十五分といふに、床を蹴る、未だ日の出を見ずして、大島、利島、御蔵島の、糢糊(もこ)の間に活(い)きて游ぶにあらざるかを疑ふ、三浦半島と房総と、長虫の如く蜿(う)ねりて出没す、武甲の山は純紫にして、蒸々たる紅玉の日、雲の三段流れに沁(し)み入りて、眩光(げんくわう)を斜に振り飛ばすや、劒ヶ峰の一角先づ燧(ひうち)を発する如く反照し、峰に倚(よ)れる我が髭(ひげ)燃えむとす、光の先づ宿るところは、棟(むね)高き真理の精舎(しやうじや)にあるを念(おも)ふ、太陽なる哉(かな)、我は現世に在りて只(たゞ)太陽を讚(さん)するのみ、顧れば甲武の山の若紫を焼いて、山肩|茜色(せんしよく)の暗潮一味を刷(は)く。
下りて七合目に至る、霜髪の翁(おきな)、剛力の肩をも借らず、杖つきて下山するに追ひつく、郷貫(きやうくわん)を質(たゞ)せば関西の人なりといふ、年歯(ねんし)を問へば、即(すなは)ち対(こた)へて曰(いは)く、当年八十四歳になります!
底本:「日本の名随筆58 月」作品社
1987(昭和62)年8月25日第1刷発行
底本の親本:「小島烏水全集 第四巻」大修館書店
1980(昭和55)年3月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「劒ヶ峰/剣ヶ峰」の混在は底本の通りです。
入力:土屋隆
校正:門田裕志
2006年9月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
小島 烏水 (こじま うすい) 以外のオススメ作品
霧の不二、月の不二 (きりのふじ、つきのふじ) のリンク元
- http://atpedia.jp/word/%E8%81%BF
- http://azby.search.nifty.com/websearch/search?cflg=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&select=94&chartype=&lang_all=&q=%E8%AC%99%E3%81%8B%E3%81%99+%E5%B0%8F%E8%AA%AC&xargs=&otype=web_azby_1&web.Unique=doc%2Chost+2&web.Format=&stpos=10&num=10
- [[biglobe]] ドラクエⅨゆみの秘伝書 入手方法
- [[biglobe]] ?????_
- [[biglobe]] ?????
- [[biglobe]] 蔵不二 小説
- [[biglobe]] あらぶる闇 スズ ゴールデン
- [[biglobe]] ドラクエ9 宝の地図の場所 石の場所
- [[biglobe]] 謙かす
- http://docomo.ne.jp/cp/as-rslt.cgi?pno=1&key=%8c%aa%82%a9%82%b7&sid=000
「霧の不二、月の不二-小島 烏水」の関連ページ
-
小島 - rika237 @ ウィキ - rika237 @ ウィキ
ホーム -
video2/小島ミカ - アイドルお宝リンク&掲示板 - アイドルお宝リンク&掲示板
qwer5011bh005 -
全日本大学フットサル選手権 宮城県大会 - D-GUCCI - D-GUCCI
<予選リーグ>vs 石巻専修大 〇9-0得点者: 米田2 高原2 小島 松下 榑松 成田 萩谷vs GONRYO △4-4得点者: 高原2 小島 松下<決勝> vs 仙台大学 〇2-2(PK4-2 -
メニュー - 電通大-藤野小島研究室@学部 - 電通大-藤野小島研究室@学部
藤野小島研トップページ内容学部メンバー藤野研小島研覚えとくと便利gnuplotリンク電気通信大学情報通信工学科藤野小島研究室@wiki@wikiご利用ガイド合計: - 今日: - 昨日: - トッ -
内容 - 電通大-藤野小島研究室@学部 - 電通大-藤野小島研究室@学部
藤野研MIMOチャネルによるラティスリダクションによる信号推定法小島研非線形回線におけるOFDM信号のPAPR低減方式の特性 -
小島研 - 電通大-藤野小島研究室@学部 - 電通大-藤野小島研究室@学部
新しくやること1.非線形による劣化OBOは0〜6dB2.PAPR低減効果OBOは0〜6dB3.推定誤り率線形と非線形の場合についてそれぞれ求める -
キッポウシ - WinningPost7 Maximum2008,2009の個人的なプレイwiki - WinningPost7 Maximum2008,2009の個人的なプレイwiki
型 遅め 喉鳴り なし 重馬場 得意 脚部不安 なし 走法 腰の甘さ なし厩舎栗東:戸山為夫生産者柏葉牧場主戦騎手小島貞博取引額:4500万円(国内セリ)成績戦勝(国際 -
kinenshi_20091103 - TGWV50周年記念 公式サイト(仮) - TGWV50周年記念 公式サイト(仮)
参加者 関、大津、上嶋、野尻、小島、工藤決定事項部室について:現役に依頼 -
あ行/う/うかれ小島 - お笑い芸人タレコミ情報部 - お笑い芸人タレコミ情報部
うかれ小島をお気に入りに追加rakuten_design=circle;rakuten_affiliateId=04a91095.52a5fed9.099b93b6.2566fa26 -
自民/か行/小島敏文 - 永田町二丁目情報部 - 永田町二丁目情報部
小島敏文をお気に入りに追加くちこみリンクWed, 12 Au三原の皆さんの応援がありがたいです! 小島敏文(こじまとしふみ)の ...Thu, 22 Oc【政治】亀井氏「見たか、見事だろう」 日本
