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青白き夢 - 素木 しづ ( しらき しづ )

  • 古書≪森鴎外集≫7 青年、舞姫他 【 森鴎外】河出書房 貴重 初版
  • 「森鴎外私論」吉野俊彦 森鴎外評論-批評-書籍・10冊 N21681
  • 岩波文庫1675昭和41年/阿部一族他二編森鴎外 岩波書店
  • 600円~ 岩波文庫【青年】森鴎外 (プチソフト1)
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・山椒大夫  他四篇」(旺文社文庫)◇◆
  • ◆◇ 森鴎外著「青年」(新潮文庫) ◇◆  名著! 
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・うたかたの記  他三篇」(岩波文庫)◇◆
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 8』森鴎外 正岡子規 夏目漱石1円
  • 森鴎外 高瀬舟・高瀬舟縁起・寒山捨得・寒山捨得縁起 CD 未開封
  • 森鴎外 舞姫 雁 井上靖 訳編 明治の古典8 初版
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 この夜も、明けるのだと思った。  お葉は目を明けたまゝ、底深い海底でもきはめるやうに、灰色天井を身ゆるぎもせず、見つめたまゝ、 『お母さん!』低く呼んだ。
 淡黄色い、八燭の電気の光りのなかに、母親は重苦しくひそやかに動いて、ベッドのそばに手をかけた。
『苦しいのかい。水が呑みたい?』
 お葉は、なほ天井を見つめたまゝ、何といってよいか、只悲しかった。
 お母さんは、なんでも知ってゝ呉れる。私に解らない心をも、お母さんは知ってて呉れる。わたしは、只お母さんの声が聞きたかったのだ。動くのが見たかったのだ。
 お葉は、なほ黙って居る。
『お前、足が痛むのかい。』
『いゝえ。』彼女は、はっきりと答へた。
お母さん今日も夜があけるのでせうね。』
『あゝ、もうぢき明けるだらうから、なるべく気を安めて眠った方がいゝよ。』
 彼女は、その言葉を聞きながら、気力なさゝうに目蓋(まぶた)を閉ぢた。もう、何も考へる事は出来ない。この夜も明けるんだと思へば、彼女の心に思ふ事も、見ることもいらない。
 母親は、娘の目蓋静かに閉ぢるのを見た。そして疲れ眠りに捕はれたのだらうと、そっと身を引いて、布団の上に坐った。
 そして、枕を引きよせながら、自分の心を強ひて盲目(めくら)にしようと、くぼんだ眼を閉ぢて、うとうととなって行った。
 お葉は、またいつか目を閉ぢたまゝ、気力なく青白く疲れた心のうちに、只、この夜もあけるんだと思ひつゞけた。そして、そのまゝにこの夜もあけるんだと思ひつゞけた心のなかに引き入れられて、茫と意識を失ひかける。
 やがて、彼女はいつか目を見開いて、天井を見てゐた。いつ目蓋が開いたのか、自分にもわからない。只、ぢっと見てゐる。そして、物悲しい心のうちに、
お母さん!』と呼んだ。
 しかし、その声は彼女の唇をもれなかったので、彼女の両の瞳(ひとみ)の周囲には矢張り淡黄な光りが一ぱいにたゞよって、その静寂は一つも動かなかった。そして母親の身動きだに、彼女の頭に感じられない。お葉の心には、遣瀬ない波動が起った。そして、『お母さん!』と再び呼んだ。彼女のぢっとなほ天井を見つめてゐる二つの瞳は、自分の乾いた唇が、微かにふるへたのを見た。
 そして室内の空気静かに、けれども大きく動いたのを見た。お葉は安心した。
 母親が、またひそかに起き出て来る気配がする。やがて母親の手が、また静かにベッドの毛布にふれた。
 お葉は、また何を言ひ出すのやら解らない、母親が、只動いたといふだけで、彼女の心は自分におそひ掛らうとする魔を払ひのけたやうな気がした。そしてこれから聞いて見ようとするのは、この夜もいつもの様に明けるんだらうといふ事だけであった。
『お前、さう目が覚めちゃいけないねえ。』
 母親は、静かにわが子の青白い頬から解けかゝった頸のあたりにふるへてる毛条(けすぢ)を見ながら言った。併し、それは反って自分の心に向って、あまりに多い煩悩の心を押へるやうに考へられた。お葉は黙したまゝ、衿元まで掛けられてあった毛布静かに胸の下へ押しやった。
 お葉の眼には淡い幕がかゝったやうに、すべての物がはっきりと見えない。睫毛(まつげ)は乾いて涙の露も宿ってないのだけれども、すべての物が茫とうるんで見える。
 母親はそっとベッドの前を通りぬけた。そしてドアを押し廊下に出た。足音がバタバタと遠ざかって聞える。
 彼女は、目の前に黒い影をチラと見たまゝ、又瞳は自然に閉ぢられて行った。そしてまた彼女弾力のない瞳が細く開かれた時、また黒い影がチラとベッドの前を通った。けれども呼び止めようとは思はなかった。


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