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顎十郎捕物帳 04 鎌いたち - 久生 十蘭 ( ひさお じゅうらん )

  • 戦時版 興亞日本社『新時代捕物帳』横溝正史城昌幸久生十蘭S15
  • 探偵小説 金狼 * 久生十蘭
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顎十郎捕物帳 鎌いたち    魚釣談義(うおつりだんぎ)  神田小川町川崎』という釣道具屋。欅の大きな庇(ひさし)看板に釣鈎(つりばり)と河豚(ふぐ)を面白い図柄に彫りつけてあるので、ひとくちに、神田の小河豚屋(しおさいや)で通る老舗(しにせ)。
 その店先に、釣鈎や釣竿、餌筥(えばこ)などをところも狭(せ)にとりひろげ、ぬうとかけているのが顎十郎。所在なさに、とうとう釣りでもはじめる気と見える。
 顎十郎と向きあっているのは、辣薤面(らっきょうづら)のひどく仔細らしい番頭で、魚釣り縁起釣り流派、潮のみちひきから餌のよしあしと、縷(る)々としてうむことがない。
 阿古十郎のほうは、例のごとく、垢染んだ一枚看板羽二重の素袷、溜塗(ためぬり)のお粗末脇差天秤(てんびん)差しにし、懐から手先を出して、へちまなりの、ばかばかしくながい顎の先を撫でながら、飽きたような顔もしないでのんびりときいている。……なにしろ、日も永いので。
「……いったい、この青鱚(あおぎす)釣りもうしますのは、寛文のころ、五大力仁平(ごだいりきにへい)という人が釣ったのがはじめだとされているんでございまして、春の鮒の乗ッ込釣り、秋の鰡(ぼら)のしび釣り、冬の※(たなご)釣りと加えて、四大釣りといわれるほどでございまして、いかにも江戸前釣りなんでございます。……尺を越えますと寒風ともうし、八寸以上のを鼻曲り、七八寸を三歳鱚。五六寸を二歳鱚。当歳鱚は腹が白うございまして、二歳は薄黄色、三歳以上は黄色に赤味がまじり、背通りは黒うございます。海鱚は白鱚ともうし、青鱚は川の鱚なんでございます。釣鈎、釣竿、釣糸、錘(おもり)、えばにいたりますまで、いちいちこまかい習いがあることでございまして、とても、ひとくちには……へい」
「さようか、よく、わかった。……それで、この節は、どの辺が釣り場所なのか」
「およそ釣りの時節は、温涼風雨陰晴満干、それに、潮の清濁によりまして、年々遅速がございますが、今年は潮だちがよろしゅうございましたので、このごろでございましたらば、鉄炮洲(てっぽうず)の高洲、……まず、久志本(くしもと)屋敷の棒杭から樫木までの七八町のあいだが寄り場になっておるんでございます。……彼岸(ひがん)の中日から以後十日までのあいだは中川川口、それ以後は、佃(つくだ)と川崎が目当て場になります」
「なるほど、くわしいもんだの」
「さようでござります」
 といって、きょろりと空嘯(うそぶ)く。
「すると、なんだな、青鱚釣りは、このごろは、みな、そこへ集まるてえわけか」
「いえ、みなというわけにはまいりませんです、へい。……潮ざしをはからって場所を決めるのは、相当の名人がいたすことでございます」
「じゃア、ご名人にたずねるがの、するてえとなんだナ、竿さえひっかついでそこへ行きゃあ、いやでも、釣れるてえわけか」
「ごじょうだん」
 と、らっきょう、いやな顔をする。
「まア、そりゃじょうだんだがの、ちょいとききたいことがある」
 と、いいながら、懐紙のあいだから、うやうやしげに一本の釣鈎をとり出し、
「おれのおやじは、ひどい釣|気狂(きちが)いでの、いまわの際(きわ)におれを枕もとによび、血筋というものは争えないもので、いずれは、お前も釣りに凝り出すようなことになるのだろうが、そのせつは、忘れてもほかの釣鈎で釣ってはならねえ。どうでも、この鈎で釣ってくれ、といってナ、そうして、眼をおとした。……なにしろ、いまわの頼みだから、どうせ釣りをするなら、これと同じ鈎で釣ってやりてえと思うのだが、これと同じものが、貴様のところにあるかな」
 例によって、わけのわからぬことをいう。番頭は鈎を手にとって眺めていたが、
「そもそも、鱚鈎ともうしますのはむずかしいもので、例えば善宗流(ぜんそうりゅう)の沖鈎、宅間玄牧(たくまげんぼく)流の隼(はやぶさ)鈎、芝|高輪(たかなわ)の釣師|太郎助(たろすけ)流の筥鈎などと、家伝(かでん)によりましていろいろ型がござりますが、……しかし、これなぞは、普通、見越鈎といわれる、ごくありふれたもので、へへ、御遺言までもございません、手前どもでは、一本一文に商っております」
 顎十郎は、頭へ手をやり、
「ほい、しまった、お里が知れたか。もっとも、おやじはつましいひとだったから、たいてい、そのくらいのところであろう……なにしろ、臍の緒を切って以来、はじめて釣りをするんだから、道具負けするようでもおかげがねえ、ころあいなのを選んで一式纒めてくれ。もっとも魚籠(びく)は、鉄砲|笊(ざる)の古いのがあったから、あれを使うことにしよう。餌筥は、楊枝(ようじ)筥の古いので間に合うだろう。肝心なのは竿に糸に鈎。このほうは物干竿小町糸で間に合わせるわけにもいくめえからの」
 勝手なことをいいながら、安物の釣竿に黒渋糸とてぐすを少しばかり、それに、一文鈎を五本がところ買い求めて、呆れ顔をした番頭尻目にかけ、竿を肩にひっかついで、ひょろりと往来へ出て行った。
 この顎十郎、本郷弓町の乾物屋の二階に寝っころがって、毎日のんきらしく古い捕物控を読みちらしている。所在なさの暇潰しばかりではなく、なにか、相当、量見のあることとも考えられるのだが、世の常の勉強ぶりとちがって、朱筆を入れるわけでもなければ、書きぬきをするわけでもない。畳のうえに腹|匍(ば)いになって、鼻の穴をほじりながら、気がなさそうに走り読みをしては放り出す。馬鹿でなければ、よほど鋭い頭の持主なのかもしれぬ。ともかく、茫漠としてとらえどころがないのである。
 ところで、以前こんなことがあった。
 甲府勤番のころ、町方で検校(けんぎょう)が井戸にはまって死んだ。
 ひとり者だが裕福な男で、身投げをするわけなぞはないと思われたが、身寄りが寄って葬いを出そうとしているところへ、ふらりと顎十郎がやって来て、検校は足が下になっていたか頭が下になっていたかとたずねた。頭が下になって逆立ちをしておりましたと井戸へ入った男が答えると、そんならば身投げをしたのではなくて、ひとに投げこまれたのだ、といった。井戸に身を投げるときは、かならず足のほうから飛びこむもので、頭から飛びこむなどということは、百にひとつもないことだ、といった。
 調べてみると、検校の家の下男が、隠してあった主人の金を盗むために、井戸へつきおとしたのだということがわかった。
 また、もうひとつ、こんなことがあった。
 甲府勤番をやめて上総へ行き、富岡の顔役の家でごろついているころ、すぐそばの町の古手屋(ふるてや)から自火を出し、隠居焼け死んだ事件があった。
 顎十郎は懐手をしながら、まだいぶりかえっている焼跡をうっそりと眺めていたが、黒焦げになった死骸を見ると、連れの遊び人のほうへふりかえって、
「これは、焼け死んだのじゃねえ、だれかが殺してから、火の中へ投げこんだのだ。焼け死んだのなら、死骸は瓦の下にあるのが本当だろう。ところで、この死骸は瓦の上にある」
 といった。
 聞いたほうは驚いて、出役の同心に耳うちした。調べてみると、果して顎十郎のいった通りだった。
 富岡親分が顎十郎の眼力を褒めると、顎十郎はてれくさそうに笑いながら、
「こりゃアおれの知慧じゃねえ、『雪寃録(せつえんろく)』という本に書いてあることです」
 と、いった。

   風魔(ふうま)

 泉水さざなみがたち、青葉の影がゆれる。
 広縁(ひろえん)のきわへ、むんずりと坐りこみ、膝のうえに青表紙(あおびょうし)の本をのせ、矢たてと懐紙(かいし)箱をひきつけ、にが虫を噛みつぶしたような顔をして、しきりに灰吹きをたたきつけているのが、庄兵衛組の組頭、森川庄兵衛
 小さな髷節を薬罐頭のてっぺんにのせ、こんがら童子に渋を塗ったような因業な顔を獅子噛ませ、いまいったように、煙管をとり上げたり投げ出したり、腕を組んだりほぐしたり、見る眼にも、なかなか多忙をきわめるのである。
 すこし離れたところに、きっぱりした顔だちの、十七八の美しい娘が、すんなりと坐っている。
 庄兵衛の娘の花世。


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