顎十郎捕物帳 09 丹頂の鶴 - 久生 十蘭 ( ひさお じゅうらん )
顎十郎捕物帳
丹頂の鶴
二の字の傷
恒例(こうれい)の鶴御成(つるおなり)は、いよいよ明日にせまったので、月番、北町奉行|永井播磨守(ながいはりまのかみ)が、城内西の溜(たまり)で南町奉行|池田甲斐守(いけだかいのかみ)と道中警備の打ちあわせをしているところへ、
「阿部さまが、至急のお召し」
と、お茶坊主が迎えに来た。
鶴御成というのは、十月の隅田川、浜御殿の雁(かり)御成、駒場野の鶉(うずら)御成、四月の千住三河島(せんじゅみかわしま)の雉(きじ)御成とともに将軍鷹狩のひとつで、そのうちにも鶴御成はもっとも厳重なものとされていた。
九代将軍が鷹狩でえた鶴を朝廷に献上して御嘉納(ごかのう)をうけてから、爾来、年中の重い儀式となり、旧暦十一月下旬から十二月上旬までの、寒の入りの一日をえらんで、鶴|御飼場(おかいば)の千住小松川すじでおこなわれたもので、最初にとらえた鶴は、将軍の御前で鷹匠頭(たかじょうがしら)が左の脇腹を切り、臓腑を出して鷹にあたえ、あとに塩をつめて創口を縫いあわせ、その場から昼夜兼行で京都へ奉る。街道すじでは、これを、『お鶴さまのお通り』といった。
その後にとらえた鶴の肉は、塩蔵して新年三ガ日の朝供御(あさくご)の鶴の御吸物(おすいもの)になるので、当日、鶴をとらえた鷹匠には、金五両、鷹をおさえたものには金三両のご褒美。鶴をとらえた鷹はその功によって紫の総(ふさ)をつけて隠居させる規定。なお、当日、午餐(ひるげ)には菰樽(こもだる)二|挺(ちょう)の鏡(かがみ)をひらき、日ごろ功労のあった重臣に鶴の血をしぼりこんだ『鶴酒(つるざけ)』を賜わるのが例になっていた。
文化のはじめごろまでは、鶴御飼場は、千住の三河島、小松川すじ、品川目黒すじの三カ所にあったもので、いずれも四方にひろい濠(ほり)をめぐらして隣接地と隔離させ、代地(しま)と陸地(くが)との交通は、御飼場舟という特別の小舟で時刻をさだめて行うなど、なかなか厳重をきわめたものであった。嘉永のころになって、多少ゆるやかになったが、それでも、このころもまだ、御飼場の鶴を殺したものは死罪、傷つけたものは遠島に処せられる。
御飼場には、だいたい、おのおの十五カ所の代(しろ)(季節によって鶴が集まる場所)があって、鳥見役という専任の役人が代地を管理し、六人の網差(あみさし)と下飼人(したがいにん)が常住(じょうじゅう)にそこにつめていて、毎日三度ずつ精米五合をまき、代地におりてきた鶴をならす。
飼いならすのにいろいろな方法があるが、鶴がひとを見ても恐れぬようになると、鷹匠が飼場を検分したのち、そのむねを若年寄(わかどしより)に上申する。若年寄と老中(ろうちゅう)が相より協議の上、鶴御成の日時をさだめて将軍に言上するのである。
永井播磨守と池田甲斐守が、大廊下を通って柳営(りゅうえい)の間(ま)へ行くと、老中|阿部伊勢守(あべいせのかみ)は待ちかねていたようにさしまねき、寛濶(かんかつ)に顔をほころばせながら、
「いつもながら、お役目大儀。国をあげて外事に没頭し、たれもかれも、派手派手しく立働いているが、眼に見えぬ御両所の秘潜(ひせん)のお骨折があればこそ、ゆるぎなく御府内の安寧がたもっておる。まずまず、お礼の言葉もない。……ところで、明日はいよいよ鶴御成。国事多端のおりからにも古例を渝(か)えたまわず、民情洞察の意をもって鷹野の御成をおこなわせられること、誠にもって慶祝のいたり、物情騒然(ぶつじょうそうぜん)たる時勢、御道中警備の手はずには、もとよりぬかりのないことであろうが、それについて……」
といって、こころもち膝をすすめ、
「……ここに、意外なことが出来(しゅったい)したというのは、ほかでもない。お上がかねてお手飼いなされ、ことのほか御寵愛なされた『瑞陽(ずいよう)』ともうす丹頂の鶴。……いかなる次第か、この夏ほどよりおいおい衰弱いたすので、小松川の御飼場へお渡しになり、下飼人|十合重兵衛(そごうじゅうべえ)というものに介抱をお命じになっていたが、今朝ほど重兵衛が代のかこいに入って見ると、『瑞陽』のお鶴が死んで水に浮かんでおった」
ゆっくり、苦茗(くめい)をすすり、
「……鳥見役、網差、両名立ちあいにてお鶴医者|滋賀石庵(しがせきあん)が羽交(はがい)の下をあらため見たところ、胸もと、……心の臓のまうえあたりに二の字なりの深創(しんそう)がある。小松川すじの飼場濠には、水蛭(みずひる)が多く棲んでおるゆえ、創のかたちをもって案ずれば、水蛭の咬み傷と見て見られぬこともない。しかし、水蛭の咬み傷とすればただ一カ所というのが不審。それに、それしきの傷で鶴が死するはずがない。また前例もないこと」
甲斐守は膝をにじり、
「して、石庵の検案は」
「刺傷(さしきず)らしいと申す」
といって、言葉を切り、
「……かりに刺傷だとして、しからば何者がなぜにそのようなことをいたしたか、その理由がげせない。お鶴を刺しころして見たとて、なんの利分(りぶん)もあるまい。……狂気か酔狂か。……まず、そうとしか考えられぬ」
播磨守はうなずいて、
「いかにも、そのへんが不審」
「このたびの鶴御成は、儀式のお鷹狩のほか、すこやかな『瑞陽』のすがたを御覧になる思召(おぼしめ)しもあられたので、上にはことのほか御落胆。死因をきわめて、ぜひともその理を分明(ぶんみょう)させよとのお達しである。……それはそうと……」
といって、播磨守の顔を眺め、
「そのほうの下役、仙波阿古十郎というは、まことに奇妙なやつの。もと甲府勤番の伝馬役(てんまやく)であったと申すが、なにしろ、ふしぎな理才を持っておるよし」
播磨守は、誇らしげにうっすらと面(おもて)を染め、
「御意にございます」
「それに、だいぶ変った面(つら)をしておるそうな」
播磨守は苦笑して、
「それが、はや、下世話に申す、馬が提灯。いかにも異様な顎なり。よって顎十郎というが通り名になっております」
伊勢守はおもしろそうにうなずきながら、
「聞いておる、聞いておる。諸葛孔明の面の長さは二尺三寸あったとか。異相のものには、とかく大智奇才が多い。……南に藤波友衛、北に仙波阿古十郎。近来、たがいに角逐競進(かくちくきょうしん)することは、すでに上聞(じょうぶん)に達している。されば……」
と、両奉行の顔を見くらべるようにして、
「今後いっそうの励みにもなろうと存じたにより、『瑞陽』とりしらべの件につき、両人|相吟味(あいぎんみ)、対決をねがいあげたところ、やらせて見い、との仰せ。……よって、明日、お鷹狩の後、お仮屋寄垣(かりやよせがき)のうちにて、両人の吟味問答をお聞きになる」
吟味、捕物の御前試合(ごぜんじあい)などはまさに前代未聞(ぜんだいみもん)。さすがに、両奉行もあっけにとられて、茫然(ぼうぜん)たるばかり。
伊勢守は、依然たる寛容の面もちで言葉をつづけ、
「当日は、両人とも鷹匠頭副役の資格。装束は役柄どおり、弁慶格子半纒(べんけいごうしはんてん)、浅黄絞小紋(あさぎしぼりこもん)の木綿股引(もめんももひき)、頭巾(ずきん)、背割(せわり)羽織をもちいること。……両人は、辰の刻、お仮屋前にてお出むかいいたし、お鷹狩のあいだに代地(しま)ならびに代のかこいの検証をすませておく。午の下刻(げこく)、上様ご中食(ちゅうじき)の後、お仮屋青垣(かりやあおがき)までお出ましになるが、特別の思召しをもって、垣そとにて両人に床几(しょうぎ)をさしゆるされる。……介添(かいぞえ)はおのおの一名かぎり。先番(せんばん)は籤(くじ)にてきめ、各自、死体見分がおわらば、ただちに、御前にて吟味のしだいを披露いたす。……いかなる次第にて死亡いたしたものか。また、人手にかかったものならば、いかなる方法、いかなる理由によってかような無益なことをしたか、本末をわけ、明白なる理を推して、即座にお答え申しあげねばならぬ」
甲斐守は、緊張で蒼ざめた顔をふりあげて、
「さきほど相吟味、問答対決と仰せられましたのは?」
伊勢守はニンマリと笑って、
「そこが、真剣勝負。相手の吟味に異存あらば、反駁(はんばく)反撃は自由。相手が屈服するまで、討論いたしてさしつかえない」
「ははッ」
「吟味聞役(ぎんみききやく)は、佐田遠江守(さたとおとおみのかみ)。審判役は手前があいつとめる。対決終了いたさば、石庵がお鶴の腑分(ふわけ)をなし、両人吟味の実証をいたす。
九代将軍が鷹狩でえた鶴を朝廷に献上して御嘉納(ごかのう)をうけてから、爾来、年中の重い儀式となり、旧暦十一月下旬から十二月上旬までの、寒の入りの一日をえらんで、鶴|御飼場(おかいば)の千住小松川すじでおこなわれたもので、最初にとらえた鶴は、将軍の御前で鷹匠頭(たかじょうがしら)が左の脇腹を切り、臓腑を出して鷹にあたえ、あとに塩をつめて創口を縫いあわせ、その場から昼夜兼行で京都へ奉る。街道すじでは、これを、『お鶴さまのお通り』といった。
その後にとらえた鶴の肉は、塩蔵して新年三ガ日の朝供御(あさくご)の鶴の御吸物(おすいもの)になるので、当日、鶴をとらえた鷹匠には、金五両、鷹をおさえたものには金三両のご褒美。鶴をとらえた鷹はその功によって紫の総(ふさ)をつけて隠居させる規定。なお、当日、午餐(ひるげ)には菰樽(こもだる)二|挺(ちょう)の鏡(かがみ)をひらき、日ごろ功労のあった重臣に鶴の血をしぼりこんだ『鶴酒(つるざけ)』を賜わるのが例になっていた。
文化のはじめごろまでは、鶴御飼場は、千住の三河島、小松川すじ、品川目黒すじの三カ所にあったもので、いずれも四方にひろい濠(ほり)をめぐらして隣接地と隔離させ、代地(しま)と陸地(くが)との交通は、御飼場舟という特別の小舟で時刻をさだめて行うなど、なかなか厳重をきわめたものであった。嘉永のころになって、多少ゆるやかになったが、それでも、このころもまだ、御飼場の鶴を殺したものは死罪、傷つけたものは遠島に処せられる。
御飼場には、だいたい、おのおの十五カ所の代(しろ)(季節によって鶴が集まる場所)があって、鳥見役という専任の役人が代地を管理し、六人の網差(あみさし)と下飼人(したがいにん)が常住(じょうじゅう)にそこにつめていて、毎日三度ずつ精米五合をまき、代地におりてきた鶴をならす。
飼いならすのにいろいろな方法があるが、鶴がひとを見ても恐れぬようになると、鷹匠が飼場を検分したのち、そのむねを若年寄(わかどしより)に上申する。若年寄と老中(ろうちゅう)が相より協議の上、鶴御成の日時をさだめて将軍に言上するのである。
永井播磨守と池田甲斐守が、大廊下を通って柳営(りゅうえい)の間(ま)へ行くと、老中|阿部伊勢守(あべいせのかみ)は待ちかねていたようにさしまねき、寛濶(かんかつ)に顔をほころばせながら、
「いつもながら、お役目大儀。国をあげて外事に没頭し、たれもかれも、派手派手しく立働いているが、眼に見えぬ御両所の秘潜(ひせん)のお骨折があればこそ、ゆるぎなく御府内の安寧がたもっておる。まずまず、お礼の言葉もない。……ところで、明日はいよいよ鶴御成。国事多端のおりからにも古例を渝(か)えたまわず、民情洞察の意をもって鷹野の御成をおこなわせられること、誠にもって慶祝のいたり、物情騒然(ぶつじょうそうぜん)たる時勢、御道中警備の手はずには、もとよりぬかりのないことであろうが、それについて……」
といって、こころもち膝をすすめ、
「……ここに、意外なことが出来(しゅったい)したというのは、ほかでもない。お上がかねてお手飼いなされ、ことのほか御寵愛なされた『瑞陽(ずいよう)』ともうす丹頂の鶴。……いかなる次第か、この夏ほどよりおいおい衰弱いたすので、小松川の御飼場へお渡しになり、下飼人|十合重兵衛(そごうじゅうべえ)というものに介抱をお命じになっていたが、今朝ほど重兵衛が代のかこいに入って見ると、『瑞陽』のお鶴が死んで水に浮かんでおった」
ゆっくり、苦茗(くめい)をすすり、
「……鳥見役、網差、両名立ちあいにてお鶴医者|滋賀石庵(しがせきあん)が羽交(はがい)の下をあらため見たところ、胸もと、……心の臓のまうえあたりに二の字なりの深創(しんそう)がある。小松川すじの飼場濠には、水蛭(みずひる)が多く棲んでおるゆえ、創のかたちをもって案ずれば、水蛭の咬み傷と見て見られぬこともない。しかし、水蛭の咬み傷とすればただ一カ所というのが不審。それに、それしきの傷で鶴が死するはずがない。また前例もないこと」
甲斐守は膝をにじり、
「して、石庵の検案は」
「刺傷(さしきず)らしいと申す」
といって、言葉を切り、
「……かりに刺傷だとして、しからば何者がなぜにそのようなことをいたしたか、その理由がげせない。お鶴を刺しころして見たとて、なんの利分(りぶん)もあるまい。……狂気か酔狂か。……まず、そうとしか考えられぬ」
播磨守はうなずいて、
「いかにも、そのへんが不審」
「このたびの鶴御成は、儀式のお鷹狩のほか、すこやかな『瑞陽』のすがたを御覧になる思召(おぼしめ)しもあられたので、上にはことのほか御落胆。死因をきわめて、ぜひともその理を分明(ぶんみょう)させよとのお達しである。……それはそうと……」
といって、播磨守の顔を眺め、
「そのほうの下役、仙波阿古十郎というは、まことに奇妙なやつの。もと甲府勤番の伝馬役(てんまやく)であったと申すが、なにしろ、ふしぎな理才を持っておるよし」
播磨守は、誇らしげにうっすらと面(おもて)を染め、
「御意にございます」
「それに、だいぶ変った面(つら)をしておるそうな」
播磨守は苦笑して、
「それが、はや、下世話に申す、馬が提灯。いかにも異様な顎なり。よって顎十郎というが通り名になっております」
伊勢守はおもしろそうにうなずきながら、
「聞いておる、聞いておる。諸葛孔明の面の長さは二尺三寸あったとか。異相のものには、とかく大智奇才が多い。……南に藤波友衛、北に仙波阿古十郎。近来、たがいに角逐競進(かくちくきょうしん)することは、すでに上聞(じょうぶん)に達している。されば……」
と、両奉行の顔を見くらべるようにして、
「今後いっそうの励みにもなろうと存じたにより、『瑞陽』とりしらべの件につき、両人|相吟味(あいぎんみ)、対決をねがいあげたところ、やらせて見い、との仰せ。……よって、明日、お鷹狩の後、お仮屋寄垣(かりやよせがき)のうちにて、両人の吟味問答をお聞きになる」
吟味、捕物の御前試合(ごぜんじあい)などはまさに前代未聞(ぜんだいみもん)。さすがに、両奉行もあっけにとられて、茫然(ぼうぜん)たるばかり。
伊勢守は、依然たる寛容の面もちで言葉をつづけ、
「当日は、両人とも鷹匠頭副役の資格。装束は役柄どおり、弁慶格子半纒(べんけいごうしはんてん)、浅黄絞小紋(あさぎしぼりこもん)の木綿股引(もめんももひき)、頭巾(ずきん)、背割(せわり)羽織をもちいること。……両人は、辰の刻、お仮屋前にてお出むかいいたし、お鷹狩のあいだに代地(しま)ならびに代のかこいの検証をすませておく。午の下刻(げこく)、上様ご中食(ちゅうじき)の後、お仮屋青垣(かりやあおがき)までお出ましになるが、特別の思召しをもって、垣そとにて両人に床几(しょうぎ)をさしゆるされる。……介添(かいぞえ)はおのおの一名かぎり。先番(せんばん)は籤(くじ)にてきめ、各自、死体見分がおわらば、ただちに、御前にて吟味のしだいを披露いたす。……いかなる次第にて死亡いたしたものか。また、人手にかかったものならば、いかなる方法、いかなる理由によってかような無益なことをしたか、本末をわけ、明白なる理を推して、即座にお答え申しあげねばならぬ」
甲斐守は、緊張で蒼ざめた顔をふりあげて、
「さきほど相吟味、問答対決と仰せられましたのは?」
伊勢守はニンマリと笑って、
「そこが、真剣勝負。相手の吟味に異存あらば、反駁(はんばく)反撃は自由。相手が屈服するまで、討論いたしてさしつかえない」
「ははッ」
「吟味聞役(ぎんみききやく)は、佐田遠江守(さたとおとおみのかみ)。審判役は手前があいつとめる。対決終了いたさば、石庵がお鶴の腑分(ふわけ)をなし、両人吟味の実証をいたす。
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- http://docomo.ne.jp/cp/as-rslt.cgi?pno=4&key=%83I%83v%83X%81%7b+%83p%83X%83%8f%81%5b%83h&fid=5
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- [[Yahoo]] 鰐十郎捕物帳
- [[Yahoo]] たちあがりいよ
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Record/09/05/23Peercast Record/09/08/13Peercast Record/09/08/30Peercast Record/09/09/08Peercast Record/09 -
2010-01-09 - Promathia Misson @ ウィキ - Promathia Misson @ ウィキ
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