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顎十郎捕物帳 21 かごやの客 - 久生 十蘭 ( ひさお じゅうらん )

  • 戦時版 興亞日本社『新時代捕物帳』横溝正史城昌幸久生十蘭S15
  • 探偵小説 金狼 * 久生十蘭
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顎十郎捕物帳 かごやの客    お姫様 「なんだ、なんだ、てめえら。……客か、物貰いか、無銭飲(ただのみ)か。ただしは、景気をつけに来たのか。店構えがあまり豪勢なんで、びっくりしたような面をしていやがる。……やいやい、入るなら入れ、そんなところに突っ立ってると風通しが悪いや」
 繩|暖簾(のれん)をくぐったところをズブ六になった中間体が無暗にポンポンいうのを、亭主がおさえておいて、取ってつけたような揉手(もみで)。
おいでなさいまし。お駕籠屋さんとお見うけしましたが、景気をつけに来てくださいましてありがとうございます。……酒は灘(なだ)の都菊(みやこぎく)、産地(もと)仕入れでございますから量はたっぷりいたします。なにとぞ嚮後(きょうこう)ごひいきに、へい」
 経文読みの尻あがり。
 結髪(かみ)は町家だが、どうしたって居酒屋の亭主には見えない。陽やけがして嫌味にテカリ、砂っぽこりで磨きあげた陸尺面(ろくしゃくづら)。店の名も『かごや』というのでも素性が知れる。
 神田柳原和泉橋(いずみばし)たもと、柳森稲荷に新店が出来たから、ひとつ景気をつけに行こうではごわせんか。祝儀だけよぶんに飲めましょう。拙(まず)くいっても手拭いぐらいはくれます。ちょうど、手拭いを切らして弱っていたところで。……それにしても、きのうの『多賀羅(たから)』という新店は豪勢でござったのう。祝儀は黙って五合ずつ。お手もとお邪魔さまと言って差しだしたのが、大黒さまのついた黄木綿財布飲むなら新店にかぎりやす。……で、捜しあてて来たやつ。
 もとは江戸一の捕物の名人、仙波阿古十郎、駕籠屋と変じてアコ長となる。
 相棒九州浪人|雷土々呂進(いかずちとどろしん)。まるで日下開山横綱のような名だが、いずれ、世を忍ぶ仮の名。これもあっさり端折って、とど助。
 居酒屋の新店をさがして歩くようでは、どのみちあまりぱっとしない証拠
 辻駕籠をはじめてからもう半年近くになるが、いっこう芽が出ないというのも、いわば因果応報(いんがおうほう)。アコ長のほうは、先刻ご承知の千成瓢箪(せんなりびょうたん)の馬印(うまじるし)のような奇妙な顔。とど助の方は、身長抜群(みのたけばつぐん)にして容貌魁偉(ようぽうかいい)。大眼玉の髭ッ面。これでは客が寄りつきません。
 江戸一の捕物の名人ともあろうものが、開店祝いの祝儀酒を狙うまでにさがったってのも、またもって、やむを得ざるにいずる。
 亭主は、しゃくった尖がり面をつんだして、
「お肴はなんにいたします。鰹(かつお)に眼張(めばり)、白すに里芋豆腐に生揚、蛸ぶつに鰊。……かじきの土手もございます」
 前垂に片だすき、支度はかいがいしいが、だいぶ底が入っている体で、そういうあいだにも身体を泳がせながら、デレッと舌で上唇を舐めあげ、
「ひッ。……今も申しあげましたように、なにによらずひと皿だけお添えしやす。……ひッ、どうか、ご遠慮なく、ひッ」
 とど助は、頭をかいて、
「わア、それは、誠に恐縮」
 年嵩(としかさ)な中間が、
「……友達がいにあっしからご披露もうします。この亭主は六平と申しましてね、ついこのごろまで藤堂(とうどう)さまのお陸尺。つまりあっしらとは部屋仲間なンでございますが、上州叔父てえのがポックリと死(ご)ねて、大したこともありませんでしょうが、ちっとばかりまとまったものが残ったんで、スッパリと陸尺の足を洗い、ここを居ぬきで買いとって造作を入れ、まア、ごらんの通り居酒屋をはじめたンで、あっしらは、まアこうして熨斗(のし)のついた暖簾の一枚も奮発(ふんぱつ)して景気をつけに来ているンでございます。……ねえ、お仲間さん、実はこの店を、きょう一日あっしら五人で買い切ったんでござんす。大名であろうと国持(くにもち)であろうと坊主、御高家浪人者。……ここへ土下座をしてお飲ませくださいと頼んだって、まっぴらごめんと突っぱねやす。恩にきせるわけじゃねえが、お見受けするところお仲間さんだから、それで、祝儀をつけてもらっているンです。同業|相憫(あいあわれ)む、てえ諺もありますからねえ。なんと、そんなもんでしょう。……ねえ、お仲間さん、そういう訳なんだからそんなところに引っこんでいねえで、どうかこっちへやって来ておくんなせえ」
兄貴のいう通りだ、さあさあ、こちらへ。こちらへ」
 中間や陸尺やらが五人。欅(けやき)のまあたらしい飯台(はんだい)をとりまいて徳利をはや三十本。小鉢やら丼やら、ところも狭(せ)におきならべ、無闇に景気をつけている。
 アコ長は、そちらへ愛想笑いをしながら、
「ねえ、とど助さん、みさんがああおっしゃってるから、お辞儀なしにあっちへ移ろうじゃありませんか」
「いかにも、これもなにかの因縁


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