願いは一つにまとめて 平和のために、原子兵器の禁止を - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )
願いは一つにまとめて
――平和のために、原子兵器の禁止を――
都会の主婦も農村の主婦も、同じ女性であることに何のちがいがありましょう。しかし、現実の生活の内容は非常にちがった点をもっています。工場に働く婦人たちと農業にしたがっている婦人たちとが、ともに働く婦人であることにちがいはありません。けれどもその労働の条件と経済事情と社会関係は互にひらきをもっています。だからわたくしたち女性といっても、都会に暮す婦人の気持と農村に生活する婦人の気持とはまるでちがったものだといってしまうことは、正しいでしょうか。わたくしたちは農村で働いている婦人なのだから、都会の婦人や工場働きの人とはちがうときめられるでしょうか。
生活のしかたにはいろいろのちがいがあるけれども、わたくしたちには共通した人生の願いというものが、こんにちの生活から導きだされてつよく一貫して流れはじめていると思います。
終戦の後しばらくは次のように考えていた年よりもなくはなかったようです。なにひとつわるいことをしなかったうちの息子ばかり戦死して、となりの息子が無事にかえってきたのはいかにもくやしい。もう一度戦争でもはじまって、となりの息子も戦死すればいい、と。今日そう思っている人がはたしてどこにあるでしょうか。
シベリアや中国から帰還してきた人のなかには、まだひといくさを夢みていて、戦争に反対し、平和を叫ぶのはアカだというようなことをいいふらし、村の民主化をかきみだしている人もあります。けれども、そういう人のいる村でも、大多数の人が、こんにち本心からのぞんでいるのはなにかといえば、第一に生活の安定であり、自分の国の人民の生活を守りたてていく実力のある政府がなくてはならないということではないでしょうか。部落、部落がそれぞれ地主あいてに生活をまもってたたかっていたころとはくらべものにならない複雑さと大きさで、じかに政府のやりかたとくみうちして生きていかなければならなくなってきている農村のきょうの実状の中では、農村の主婦、母、未亡人たちすべてが、ただ黙々と野良、家事、育児と三重の辛苦を負うて目先の働きに追われていくだけでは、やっていけません。
たとえば、ことしの税の問題です。重税のために自殺者や一家心中、破産者がこれほど出た国は、どこにもありません。それはシャウプ勧告の徴税法が過重であるのではなくて、税務署の役人の税をとりたてる方法がわるかったのだろうと言われたそうです。しかし、そう言われたからといって、死んだ人は生きかえりません。そしてやはり農村は税で破滅させられかかっています。
金づまり、そして農村はいたるところ危機に立っている。その危機に立っている日本の農村のどのひとつの村と町に、戦争未亡人がいないというところがあるでしょうか。全国二百万ちかい未亡人で十八歳以下の子もちのひとが八八・四%あります。そして内職しながら保護法もうけて生計を保っている未亡人と子供が全体の八五%を占めているといえば、ますますひどい金づまりと税の不安で、最も悲惨の加わるのは農村の身よりにたよって生きる未亡人と子供たちではないでしょうか。
子もちの婦人のための職場はなかなかありません。内職で十一時間――十七時間働きつづけても、生活をまかないきれません。未亡人が教師その他の職業をもっていて一定の経済力があっても、その家の中で舅姑、小姑にたいする「嫁」の立場にかわりはないばかりか、一家の柱として供出、税、どれひとつ男の戸主がいるときどおりにとり立てられ、増加して徴収されていないものはないのが現実です。
現在日本には一千万人の小学生がいます。憲法では、小中学校教育は親に負担とならないものとされていますが、実際には、労働者が一人の子供を小学校に出すのにさえ大体一ヵ月三、四百円はかかっていて、「夜の女」としてとらえられた一人の未亡人が、次の朝入学式に出る子供のためにどうしても金が入用だったからと泣いて訴えた実例があります。
農村の苦しい生活の中で「くちを減らす」ために少年労働に売られていく女の子、男の子のすくなくないことは、周知のことです。そういう境遇で、学校へもやられず、労働基準法の取しまりの目をくぐって農業、家内工業その他に働かせられている子供たちは一〇五万人もいます。これらの子供たちの未来は明るいとはいえません。戦争で父を失くした子供たちが、おさない心に運命をあきらめて社会の下積みに沈んでいく小さい姿を思いやったとき、わたしたちの心に湧くのは何でしょう。もっと住みよい社会を! 人が人らしく生きられる社会を! という願いのほかにありません。戦争で破壊された世の中を、ましなところに立て直すには平和しかないことは、誰にもわかってきていることです。
せっかく平和に戦後の生活を建設しようと努力している世界の人々を、強大な破壊力をもった新兵器をつくり出して、気にいらなければいつでもそれをぶっ放すぞという風におどかしている者があるとすれば、そのような狂気こそ世界の人類の理性の力で、とりしずめなければなりません。ソヴェト同盟とアメリカが世界平和のためにより近づいて協力しようとしているこんにち、国内でひそかに戦争を挑発しているものがあれば、それこそ平和の敵です。ストックホルムで開かれた世界平和擁護大会が、原子兵器禁止の決議を行い、ヒロシマとナガサキの恐ろしい経験をもっている日本の人民が、このアッピールの先頭にたつだろうと期待しているのは当然です。戦争は宿命ではありません。人間がおこすものです――しかも自分では決して死なない一握りの人たちが――。したがって、より多数の人間の努力で戦争はやめられます。原子兵器も人間がつくりました。それを使う使わないは世界の人類の判断と意志によります。
原子兵器は禁止され、原子兵器を管理する国際的な委員会が確立されなければなりません。そして、これからどの国に対してもはじめに原子兵器を使う政府は、人類に対する戦争犯罪人として扱われるべきです。わたしたち世界の婦人こそ先頭にたって原子兵器の脅威という現代の悪夢を追いはらいましょう。〔一九五〇年八月〕
底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
1980(昭和55)年5月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
1952(昭和27)年1月発行
初出:「村と共済」創刊一周年記念号
1950(昭和25)年8月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年6月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
生活のしかたにはいろいろのちがいがあるけれども、わたくしたちには共通した人生の願いというものが、こんにちの生活から導きだされてつよく一貫して流れはじめていると思います。
終戦の後しばらくは次のように考えていた年よりもなくはなかったようです。なにひとつわるいことをしなかったうちの息子ばかり戦死して、となりの息子が無事にかえってきたのはいかにもくやしい。もう一度戦争でもはじまって、となりの息子も戦死すればいい、と。今日そう思っている人がはたしてどこにあるでしょうか。
シベリアや中国から帰還してきた人のなかには、まだひといくさを夢みていて、戦争に反対し、平和を叫ぶのはアカだというようなことをいいふらし、村の民主化をかきみだしている人もあります。けれども、そういう人のいる村でも、大多数の人が、こんにち本心からのぞんでいるのはなにかといえば、第一に生活の安定であり、自分の国の人民の生活を守りたてていく実力のある政府がなくてはならないということではないでしょうか。部落、部落がそれぞれ地主あいてに生活をまもってたたかっていたころとはくらべものにならない複雑さと大きさで、じかに政府のやりかたとくみうちして生きていかなければならなくなってきている農村のきょうの実状の中では、農村の主婦、母、未亡人たちすべてが、ただ黙々と野良、家事、育児と三重の辛苦を負うて目先の働きに追われていくだけでは、やっていけません。
たとえば、ことしの税の問題です。重税のために自殺者や一家心中、破産者がこれほど出た国は、どこにもありません。それはシャウプ勧告の徴税法が過重であるのではなくて、税務署の役人の税をとりたてる方法がわるかったのだろうと言われたそうです。しかし、そう言われたからといって、死んだ人は生きかえりません。そしてやはり農村は税で破滅させられかかっています。
金づまり、そして農村はいたるところ危機に立っている。その危機に立っている日本の農村のどのひとつの村と町に、戦争未亡人がいないというところがあるでしょうか。全国二百万ちかい未亡人で十八歳以下の子もちのひとが八八・四%あります。そして内職しながら保護法もうけて生計を保っている未亡人と子供が全体の八五%を占めているといえば、ますますひどい金づまりと税の不安で、最も悲惨の加わるのは農村の身よりにたよって生きる未亡人と子供たちではないでしょうか。
子もちの婦人のための職場はなかなかありません。内職で十一時間――十七時間働きつづけても、生活をまかないきれません。未亡人が教師その他の職業をもっていて一定の経済力があっても、その家の中で舅姑、小姑にたいする「嫁」の立場にかわりはないばかりか、一家の柱として供出、税、どれひとつ男の戸主がいるときどおりにとり立てられ、増加して徴収されていないものはないのが現実です。
現在日本には一千万人の小学生がいます。憲法では、小中学校教育は親に負担とならないものとされていますが、実際には、労働者が一人の子供を小学校に出すのにさえ大体一ヵ月三、四百円はかかっていて、「夜の女」としてとらえられた一人の未亡人が、次の朝入学式に出る子供のためにどうしても金が入用だったからと泣いて訴えた実例があります。
農村の苦しい生活の中で「くちを減らす」ために少年労働に売られていく女の子、男の子のすくなくないことは、周知のことです。そういう境遇で、学校へもやられず、労働基準法の取しまりの目をくぐって農業、家内工業その他に働かせられている子供たちは一〇五万人もいます。これらの子供たちの未来は明るいとはいえません。戦争で父を失くした子供たちが、おさない心に運命をあきらめて社会の下積みに沈んでいく小さい姿を思いやったとき、わたしたちの心に湧くのは何でしょう。もっと住みよい社会を! 人が人らしく生きられる社会を! という願いのほかにありません。戦争で破壊された世の中を、ましなところに立て直すには平和しかないことは、誰にもわかってきていることです。
せっかく平和に戦後の生活を建設しようと努力している世界の人々を、強大な破壊力をもった新兵器をつくり出して、気にいらなければいつでもそれをぶっ放すぞという風におどかしている者があるとすれば、そのような狂気こそ世界の人類の理性の力で、とりしずめなければなりません。ソヴェト同盟とアメリカが世界平和のためにより近づいて協力しようとしているこんにち、国内でひそかに戦争を挑発しているものがあれば、それこそ平和の敵です。ストックホルムで開かれた世界平和擁護大会が、原子兵器禁止の決議を行い、ヒロシマとナガサキの恐ろしい経験をもっている日本の人民が、このアッピールの先頭にたつだろうと期待しているのは当然です。戦争は宿命ではありません。人間がおこすものです――しかも自分では決して死なない一握りの人たちが――。したがって、より多数の人間の努力で戦争はやめられます。原子兵器も人間がつくりました。それを使う使わないは世界の人類の判断と意志によります。
原子兵器は禁止され、原子兵器を管理する国際的な委員会が確立されなければなりません。そして、これからどの国に対してもはじめに原子兵器を使う政府は、人類に対する戦争犯罪人として扱われるべきです。わたしたち世界の婦人こそ先頭にたって原子兵器の脅威という現代の悪夢を追いはらいましょう。〔一九五〇年八月〕
底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
1980(昭和55)年5月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
1952(昭和27)年1月発行
初出:「村と共済」創刊一周年記念号
1950(昭和25)年8月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
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