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食通 - 太宰 治 ( だざい おさむ )

  • ’81季刊フランス料理 NO.13◆三洋出版貿易/料理人と食通の雑誌
  • 「食通知ったかぶり」丸谷才一 文藝春秋
 というのは、大食いの事をいうのだと聞いている。私は、いまはそうでも無いけれども、かつて、非常大食いであった。その時期には、私は自分非常食通だとばかり思っていた。友人檀一雄などに、食通というのは、大食いの事をいうのだと真面目(まじめ)な顔をして教えて、おでんや等で、豆腐がんもどき大根、また豆腐というような順序で際限も無く食べて見せると、檀君は眼を丸くして、君は余程の食通だねえ、と言って感服したものであった。伊馬鵜平君にも、私はその食通定義を教えたのであるが、伊馬君は、みるみる喜色を満面に湛え、ことによると、僕も食通かも知れぬ、と言った。伊馬君とそれから五、六回、一緒に飲食したが、果して、まぎれもない大食通であった。
 安くておいしいものを、たくさん食べられたら、これに越した事はないじゃないか。当り前の話だ。すなわち食通の奥義である。
 いつか新橋のおでんやで、若い男が、海老(えび)の鬼がら焼きを、箸(はし)で器用に剥(む)いて、おかみに褒(ほ)められ、てれるどころかいよいよ澄まして、またもや一つ、つるりとむいたが、実にみっともなかった。非常馬鹿に見えた。手で剥いたって、いいじゃないか。ロシヤでは、ライスカレーでも、手で食べるそうだ。



底本:「太宰治全集10」ちくま文庫筑摩書房
   1989(平成元)年6月27日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集筑摩書房
   1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月
初出:「博浪沙」
   1942(昭和17)年1月5日発
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年3月17日作成
青空文庫作成ファイル
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