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駈込み訴え - 太宰 治 ( だざい おさむ )

  • 最後の訴え/リザ・スコットライン ハヤカワ文庫・初版帯
  • 小川洋子「やさしい訴え」☆初版
  • 我は求め訴えたり デーモン小暮 初版
  • CD 太宰治「走れメロス・駈込み訴え」朗読:草野大悟(送料込み)
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 申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷(ひど)い。酷い。はい。厭(いや)な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。
 はい、はい。落ちついて申し上げます。あの人を、生かして置いてはなりません。世の中の仇(かたき)です。はい、何もかも、すっかり、全部、申し上げます。私は、あの人の居所(いどころ)を知っています。すぐに御案内申します。ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい。あの人は、私の師です。主です。けれども私と同じ年です。三十四であります。私は、あの人よりたった二月(ふたつき)おそく生れただけなのです。たいした違いが無い筈だ。人と人との間に、そんなにひどい差別は無い筈だ。それなのに私はきょう迄(まで)あの人に、どれほど意地悪くこき使われて来たことか。どんなに嘲弄(ちょうろう)されて来たことか。ああ、もう、いやだ。堪えられるところ迄は、堪えて来たのだ。怒る時に怒らなければ、人間甲斐がありません。私は今まであの人を、どんなにこっそり庇(かば)ってあげたか。誰も、ご存じ無いのです。あの人ご自身だって、それに気がついていないのだ。いや、あの人は知っているのだ。ちゃんと知っています。知っているからこそ、尚更あの人は私を意地悪く軽蔑(けいべつ)するのだ。あの人は傲慢(ごうまん)だ。私から大きに世話を受けているので、それがご自身に口惜(くや)しいのだ。あの人は、阿呆なくらいに自惚(うぬぼ)れ屋だ。私などから世話を受けている、ということを、何かご自身の、ひどい引目(ひけめ)ででもあるかのように思い込んでいなさるのです。あの人は、なんでもご自身で出来るかのように、ひとから見られたくてたまらないのだ。ばかな話だ。世の中はそんなものじゃ無いんだ。この世に暮して行くからには、どうしても誰かに、ぺこぺこ頭を下げなければいけないのだし、そうして歩一歩、苦労して人を抑えてゆくより他に仕様がないのだ。あの人に一体、何が出来ましょう。なんにも出来やしないのです。私から見れば青二才だ。私がもし居らなかったらあの人は、もう、とうの昔、あの無能でとんまの弟子たちと、どこかの野原でのたれ死(じに)していたに違いない。「狐には穴あり、鳥には塒(ねぐら)、されども人の子には枕するところ無し」それ、それ、それだ。


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