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高浜さんと私 - 寺田 寅彦 ( てらだ とらひこ )

  • 角川 俳句 平成7年4月号 特集・高浜虚子とその時代
  • ★伊予川内 旧家の蔵~【高浜虚子か/俳句 短冊】肉筆 書 茶道具
  • 高浜虚子 切手可
  • 杜氏千年の知恵 米、水、人を生かし切る日本の酒造り★高浜春男
  • 【netJIKOH】★熊本県天草 寿芳窯 高浜焼 花器花瓶花入★
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  • ☆ 長谷川かな女(俳人) 直筆 色紙 / 婦人俳句会高浜虚子門下
 高浜さんとはもうずいぶん久しく会わないような気がする。丸ビルの一階をぶらつく時など、八階のホトトギス社を尋ねて一度昔話でもしてみたいような気のすることがある。今度改造社から「虚子(きょし)の人と芸術」について何か書けと言われたについて、その昔話をペンですることにする。
 三十余年前のことである。熊本高等学校を出て東京へ出て来るについて色々の期待をもっていたうちでも、一つの重要なことは正岡子規訪問することであった。そうして、着京後間もなく根岸(ねぎし)の鶯横町(うぐいすよこちょう)というのを尋ねて行った。前田邸の門前近くで向うから来る一人青年が妙に自分注意を引いた。その頃|流行(はや)った鍔(つば)の広い中折帽を被(かぶ)って縞の着物、縞の羽織、それでゴム靴をはいて折カバンを小脇にかかえている、そうして非常にゆっくり落着いて歩いて来るのである。その時私は直感的に、これが虚子という人ではないかと思った。その後子規の所で出会ってその直感の的中していたことを知ったのである。中折帽に着流しでゴム靴をはいて、そしてひどく考え込んだような風でゆっくり歩いて来る姿をはっきり覚えているように思うのであるが、しかし、これはよくある覚えちがいであるかもしれない。それから前垂(まえだれ)のようなものを着けていたような気もするがこれはいっそう覚束ない。
 子規に、その写生画を見せてもらっているうちに熟柿を描いたのがあった。それに、虚子|曰(いわ)く馬の肛門のようだ、という意味言葉がかいてあった。私が笑ったら、子規は、いや本当にそう思ったのだから面白いのだと云って虚子リマークを弁護したのであった。
 子規葬式の日、田端(たばた)の寺の門前に立って会葬者を見送っていた人々の中に、ひどく憔悴(しょうすい)したような虚子の顔を見出したことも、思い出すことの一つである。
 千駄木町の夏目先生の御宅の文章会で度々|一処(いっしょ)になった。文章読み役は多く虚子が勤めた。少し松山訛の交じった特色のある読み方で、それが当時の『ホトトギス』の気分と密接な関係のあったもののように感ぜられる。
 私が生れて初めて原稿料というものを貰って自分自分に驚いたのは「団栗」という小品に対して高浜さんから送られた小為替(こがわせ)であった。当時私は大学講師をして月給三十五円とおやじからの仕送り家庭をもっていたのである。かくして幼稚なるアマチュアパトロンを得たのである。その後自分の書いたものについて、夏目先生から「今度のは虚子がほめていたよ」というような事を云われて、ひどく得意になったりしたこともあった。書かなくてもよいことを書いては恥を曝す癖のついたのはその頃からの病み付きなのである。
 夏目先生虚子、鼠骨(そこつ)、それから多分|四方太(しほうだ)も一処で神田連雀町(れんじゃくちょう)の鶏肉屋でめしを食ったことがあった。どうした機会であったか忘れてしまった。その時鼠骨氏が色々面白い話をした中に、ある新聞記者失敗の挙句(あげく)吾妻橋(あずまばし)から投身しようと思って、欄干から飛んだら、後向きに飛んで橋の上に落ちたという挿話があった。これが『猫』の寒月(かんげつ)君の話を導き出したものらしい。高浜さんは覚えておられるかどうか一度聞いてみたいと思っている。
 虚子小説書き出した頃は、自分はもう一般小説というものを読まなくなっていたので、随(したが)ってその作品遺憾ながらほとんど読んでいない。ただ、何であったか、坊主の耳の動くことを書いてあったのを面白いと思ったことがあるくらいである。
 千駄木文章時代のものはよく読んだ。他の連中書くものに比べて、虚子のものには、それが表面上は単なる写生的のものでも、その裏面に何かしら夢幻的の雰囲気が漂っているような気がした。四方太氏の刻明な写生文などに比べて特にそんな気がするのであった。
 近頃の『ホトトギス』で虚子満州旅行記を時々読んでみる。やはり昔の虚子が居るような気がする。筆が洗練され、枯淡になっていても、やはりどこか昔の虚子の「三つのもの」や「石棺時代の名残のようなものが紙面の底から浮上がって来るように私には感ぜられるのである。しかしそういう点を高浜虚子氏に対して感ずる人は割合に少ないかもしれない。丸ビル時代の『ホトトギス』しか知らない人にはちょっとそれが分りにくいのではないかと思う。
 もう少しゆっくり考えてかく暇があったらもう少し面白い昔話思い出せるかもしれないが、原稿|〆切(しめきり)という日曜日の朝のしかも出かけ前に書くのであるから遺憾ながらこれだけである。高浜さんには礼を失した点も多かろうと思うが昔に免じて御宥恕(ごゆうじょ)を願いたい。
昭和五年四月改造社現代日本文学全集月報



底本:「寺田寅彦全集 第一巻」岩波書店
   1996(平成8)年12月5日発
入力:Nana ohbe
校正松永正敏
2004年3月24日作成
青空文庫作成ファイル
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