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高瀬舟 - 森 鴎外 ( もり おうがい )

  • 森鴎外 高瀬舟・高瀬舟縁起・寒山捨得・寒山捨得縁起 CD 未開封
  • 山椒大夫・高瀬舟 森鴎外 昭和43年発行 ポプラ社
  • 朗読CD 朗読街道5「羅生門・高瀬舟」芥川龍之介・森鴎外
  • ●鴎外選集5 小説5 山椒大夫 高瀬舟 寒山拾得ほか
  • 朗読CD 森鴎外「高瀬舟 最後の一句」 未開封
  • 森鴎外◆山椒大夫・高瀬舟◆新潮文庫◆昭和55年29刷
  • 新潮文庫 山椒大夫・高瀬舟 森鴎外
  • 文庫◆山椒大夫・高瀬舟◆森 鴎外◆'02/5/30◆最後の一句◆
  • 山椒大夫・高瀬舟 森鴎外著 新潮文庫
  • 山椒大夫・高瀬舟 他四篇/森鴎外/岩波文庫
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 (たかせぶね)は京都高瀬川(たかせがわ)を上下(じょうげ)する小舟である。徳川時代京都罪人遠島(えんとう)を申し渡されると、本人の親類牢屋敷(ろうやしき)へ呼び出されて、そこで暇乞(いとまご)いをすることを許された。それから罪人高瀬舟に載せられて、大阪(おおさか)へ回されることであった。それを護送するのは、京都町奉行(まちぶぎょう)の配下にいる同心(どうしん)で、この同心罪人親類の中で、おも立った一|人(にん)を大阪まで同船させることを許す慣例であった。これは上(かみ)へ通った事ではないが、いわゆる大目に見るのであった、黙許であった。
 当時遠島を申し渡された罪人は、もちろん重い科(とが)を犯したものと認められた人ではあるが、決して盗みをするために、人を殺し火を放ったというような、獰悪(どうあく)な人物が多数を占めていたわけではない。高瀬舟に乗る罪人の過半は、いわゆる心得違いのために、思わぬ科を犯した人であった。有りふれた例をあげてみれば、当時|相対死(あいたいし)と言った情死をはかって、相手の女を殺して、自分だけ生き残った男というような類(たぐい)である。
 そういう罪人を載せて、入相(いりあい)の鐘の鳴るころにこぎ出された高瀬舟は、黒ずんだ京都の町の家々を両岸に見つつ、東へ走って、加茂川(かもがわ)を横ぎって下るのであった。この舟の中で、罪人とその親類の者とは夜どおし身の上を語り合う。いつもいつも悔やんでも返らぬ繰(く)り言(ごと)である。護送の役をする同心(どうしん)は、そばでそれを聞いて、罪人を出した親戚眷族(しんせきけんぞく)の悲惨な境遇を細かに知ることができた。所詮(しょせん)町奉行の白州(しらす)で、表向きの口供(こうきょう)を聞いたり、役所の机の上で、口書(くちがき)を読んだりする役人の夢にもうかがうことのできぬ境遇である。
 同心を勤める人にも、いろいろの性質があるから、この時ただうるさいと思って、耳をおおいたく思う冷淡な同心があるかと思えば、またしみじみと人の哀れを身に引き受けて、役がらゆえ気色(けしき)には見せぬながら、無言のうちにひそかに胸を痛める同心もあった。場合によって非常に悲惨な境遇に陥った罪人とその親類とを、特に心弱い、涙もろい同心が宰領してゆくことになると、その同心は不覚の涙を禁じ得ぬのであった。
 そこで高瀬舟の護送は、町奉行所の同心仲間不快職務としてきらわれていた。
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 いつのころであったか。たぶん江戸白河楽翁侯(しらかわらくおうこう)が政柄(せいへい)を執っていた寛政のころででもあっただろう。智恩院(ちおんいん)の桜が入相(いりあい)の鐘に散る春の夕べに、これまで類のない、珍しい罪人高瀬舟に載せられた。
 それは名を喜助(きすけ)と言って、三十歳ばかりになる、住所不定(じゅうしょふじょう)の男である。もとより牢屋敷(ろうやしき)に呼び出されるような親類はないので、舟にもただ一人(ひとり)で乗った。
 護送を命ぜられて、いっしょに舟に乗り込んだ同心羽田兵衛(はねだしょうべえ)は、ただ喜助が弟殺しの罪人だということだけを聞いていた。さて牢屋敷から棧橋(さんばし)まで連れて来る間、この痩肉(やせじし)の、色の青白い喜助の様子を見るに、いかにも神妙(しんびょう)に、いかにもおとなしく、自分をば公儀役人として敬って、何事につけても逆らわぬようにしている。しかもそれが、罪人の間に往々見受けるような、温順を装って権勢に媚(こ)びる態度ではない。
 庄兵衛不思議に思った。そして舟に乗ってからも、単に役目の表で見張っているばかりでなく、絶えず喜助の挙動に、細かい注意をしていた。
 その日は暮れ方から風がやんで、空一面をおおった薄い雲が、月の輪郭をかすませ、ようよう近寄って来る夏の温(あたた)かさが、両岸の土からも、川床(かわどこ)の土からも、もやになって立ちのぼるかと思われる夜(よ)であった。下京(しもきょう)の町を離れて、加茂川を横ぎったころからは、あたりがひっそりとして、ただ舳(へさき)にさかれる水のささやきを聞くのみである。
 夜舟(よふね)で寝ることは、罪人にも許されているのに、喜助は横になろうともせず、雲の濃淡に従って、光の増したり減じたりする月を仰いで、黙っている。その額は晴れやかで目にはかすかなかがやきがある。
 庄兵衛はまともには見ていぬが、始終喜助の顔から目を離さずにいる。そして不思議だ、不思議だと、心の内で繰り返している。それは喜助の顔が縦から見ても、横から見ても、いかにも楽しそうで、もし役人に対する気がねがなかったなら、口笛を吹きはじめるとか、鼻歌を歌い出すとかしそうに思われたからである。
 庄兵衛は心の内に思った。これまでこの高瀬舟の宰領をしたことは幾たびだか知れない。しかし載せてゆく罪人は、いつもほとんど同じように、目も当てられぬ気の毒な様子をしていた。それにこの男はどうしたのだろう。遊山船(ゆさんぶね)にでも乗ったような顔をしている。罪は弟を殺したのだそうだが、よしやその弟が悪いやつで、それをどんなゆきがかりになって殺したにせよ、人の情(じょう)としていい心持ちはせぬはずである。この色の青いやせ男が、その人の情というものが全く欠けているほどの、世にもまれな悪人であろうか。どうもそうは思われない。ひょっと気でも狂っているのではあるまいか。いやいや。それにしては何一つつじつまの合わぬことばや挙動がない。この男はどうしたのだろう。庄兵衛がためには喜助態度が考えれば考えるほどわからなくなるのである。
        ――――――――――――――――
 しばらくして、庄兵衛はこらえ切れなくなって呼びかけた。「喜助。お前何を思っているのか。」
「はい」と言ってあたりを見回した喜助は、何事をかお役人に見とがめられたのではないかと気づかうらしく、居ずまいを直して庄兵衛の気色(けしき)を伺った。


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