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魔法修行者 - 幸田 露伴 ( こうだ ろはん )

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 魔法。  魔法とは、まあ何という笑(わら)わしい言葉であろう。
 しかし如何(いか)なる国の何時(いつ)の代にも、魔法というようなことは人の心の中に存在した。そしてあるいは今でも存在しているかも知れない。
 埃及(エジプト)、印度(いんど)、支那(しな)、阿剌比亜(アラビア)、波斯(ペルシャ)、皆魔法問屋(といや)たる国※だ。
 真面目魔法を取扱って見たらば如何(いかが)であろう。それは人類学で取扱うべき箇条が多かろう。また宗教一部分として取扱うべき廉(かど)も多いであろう。伝説研究の中(うち)に入れて取扱うべきものも多いだろう。文芸製作として、心理現象として、その他種※の意味からして取扱うべきことも多いだろう。化学天文学医学数学なども、その歴史の初頭においては魔法関係を有しているといって宜しかろう。
 従って魔法分類したならば、哲学くさい幽玄高遠なものから、手づまのような卑小|浅陋(せんろう)なものまで、何程(なにほど)の種類と段階とがあるか知れない。
 で、世界魔法について語ったら、一(ひと)月や二(ふた)月で尽きるわけのものではない。例えば魔法の中で最も小さな一部厭勝(まじない)の術の中の、そのまた小さな一部マジックスクェアーの如きは、まことに言うに足らぬものである。それでさえ支那でも他の邦(くに)でも、それに病災を禳(はら)い除く力があると信じたり、あるいはまたこれを演繹して未来を知ることを得るとしたりしている。洛書(らくしょ)というものは最も簡単マジックスクェアーである。それが聖典たる易(えき)に関している。九宮方位(きゅうきゅうほうい)の談(だん)、八門遁甲(はちもんとんこう)の説、三命(さんめい)の占(うらない)、九星(きゅうせい)の卜(ぼく)、皆それに続いている。それだけの談(はなし)さえもなかなか尽きるものではない。一より九に至るの数を九格正方内(きゅうかくせいほうない)に一つずつ置いて、縦線(じゅうせん)、横線(おうせん)、対角線、どう数えても十五になる。一より十六を正方格内に置いて縦線、横線、対角線、各隅(かくぐう)、随処四方角、皆三十四になる。二十五格内に同様に一より二十五までを置いて、六十五になる。三十六格内に三十六までの数を置いて、百十一になる。それ以上いくらでも出来ることである。が、その法を知らないで列(なら)べたのでは、一日かかっても少し多い根数(こんすう)になれば出来ない。古代の人が驚異したのに無理はないが、今日はバッチェット方法、ポイグナード方法その他方法を知れば、随分大きな魔方陣でも列べ得ること容易である。しかし魔方陣のことを談(かた)るだけでも、支那印度の古(いにしえ)より、その歴史その影響今日数学解釈及び方法までを談れば、一巻の書を成しても足らぬであろう。極※(ごくごく)小さな部分の中の小部分でもその通りだ。そういう訳だから、魔法の談(はなし)などといっても際限のないことである。
 我邦(わがくに)での魔法歴史を一瞥して見よう。先ず上古において厭勝(まじない)の術があった。この「まじなう」という「まじ」という語は、世界において分布区域の甚(はなは)だ広い語で、我国においてもラテンやゼンドと連なっているのがおもしろい禁厭(きんえん)をまじないやむると訓(よ)んでいるのは古いことだ。神代(じんだい)から存したのである。しかし神代のは、悪いこと兇なることを圧し禁(と)むるのであった。奈良朝になると、髪の毛を穢(きたな)い佐保川(さほがわ)の髑髏(どくろ)に入れて、「まじもの」せる不逞(ふてい)の者などあった。これは咒詛調伏(じゅそちょうぶく)で、厭魅(えんみ)である、悪い意味のものだ。当時既にそういう方術があったらしく、そういうことをする者もあったらしい。
 神おろし、神がかりの類は、これもけだし上古からあったろう。人皇(にんのう)十五、六代の頃に明らかに見える。が、紀記ともに其処(そこ)は仮託が多いと思われる。かみなびの神より板(いた)にする杉のおもひも過(すぎ)ず恋のしげきに、という万葉巻九の歌によっても知られるが、後にも「琴の板」というものが杉で造られてあって、神教(しんきょう)をこれによりて受けるべくしたものである。これらは魔法というべきではなく、神教を精誠(せいせい)によって仰ぐのであるから、魔法としては論ぜざるべきことである。仏教|巫徒(ふと)の「よりまし」「よりき」の事と少し似てはいるであろう。
 仏教が渡来するに及んで咒詛(じゅそ)の事など起ったろうが、仏教ぎらいの守屋(もりや)も「さま/″\のまじわざものをしき」と水鏡(みずかがみ)にはあるから、相手が外国流で己(おのれ)を衛(まも)り人を攻むれば、こちらも自国流の咒詛をしたのかも知れぬ。しかし水鏡は信憑すべき書ではない。
 役(えん)の小角(しょうかく)が出るに及んで、大分魔法使いらしい魔法使いが出て来たわけになる。葛城(かつらぎ)の神を駆使したり、前鬼(ぜんき)後鬼(ごき)を従えたり、伊豆大島から富士へ飛んだり、末には母を銕鉢(てつばち)へ入れて外国へ行ったなどということであるが、余りあてになろう訳もない。小角は孔雀明王咒(くじゃくみょうおうじゅ)を持してそういうようになったというが、なるほど孔雀明王などのような豪気なものを祈って修法成就したら神変奇特も出来る訳か知らぬけれど、小角の時はまだ孔雀明王についての何もが唐(とう)で出ていなかったように思われる。ちょっと調べてもらいたい。


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