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鳥料理 - 堀 辰雄 ( ほり たつお )

  • 古書≪森鴎外集≫7 青年、舞姫他 【 森鴎外】河出書房 貴重 初版
  • 「森鴎外私論」吉野俊彦 森鴎外評論-批評-書籍・10冊 N21681
  • 岩波文庫1675昭和41年/阿部一族他二編森鴎外 岩波書店
  • 600円~ 岩波文庫【青年】森鴎外 (プチソフト1)
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・山椒大夫  他四篇」(旺文社文庫)◇◆
  • ◆◇ 森鴎外著「青年」(新潮文庫) ◇◆  名著! 
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・うたかたの記  他三篇」(岩波文庫)◇◆
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 8』森鴎外 正岡子規 夏目漱石1円
  • 森鴎外 高瀬舟・高瀬舟縁起・寒山捨得・寒山捨得縁起 CD 未開封
  • 森鴎外 舞姫 雁 井上靖 訳編 明治の古典8 初版
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A PARODY      前口上 昔タルティーニと云う作曲家が Trillo del Diavoloと云うソナータを 夢の中で作曲したと云う話は 大層有名な話である故(ゆえ)、 読者諸君も大方御存知だろうが、 一寸(ちょっと)私の手許(てもと)にある音楽辞典から引用してみると、 何でもタルティーニは或(ある)晩の事、 自分霊魂悪魔に売った夢を見たそうな。 その時悪魔ヴァイオリンを手にとって いとも巧に弾奏し出したのは 到底彼の企て及ばざりし奇(く)しき一曲。
「余は前後を忘れて驚嘆したり。
余の呼吸は奪われたり。
しかして余は夢より目覚めぬ。
余は余のヴァイオリンを取り出(い)でて
余が聞きたる音調をそれに止(とど)め置かんと試みたり。
されどそは遂(つい)に効を奏さざりき。
その時余が作りたる楽曲、即(すなわ)ち Trillo del Diavoloは
余が夢中聞きたるものと比較せば、
その及ばざること甚(はなは)だ遠し。」
これは晩年作曲家自らが
彼の友人天文学者ラランドに洩(も)らした感慨だそうな。
さて、左様なタルティーニが感慨はさることながら、
微々たる群小詩人一人に過ぎぬ私も
夢の中で二三の詩の構想を得たばかりに、
何んとかしてそれに形体を与えようと随分苦しみ※(もが)いたものだ。
しかし夢中ではあんなに蠱惑(こわく)的に見えた物語の筋も、
目覚(めざ)めてみれば既にその破片しか残ってはおらず、
何度(なんど)私はそれ等(ら)の破片を、朝|毎(ごと)に
海岸に打ち揚げられる漂流物のように
唯(ただ)手を拱(こまね)いて悲しげに眺(なが)めたことか。
「ああ、夢の中の詩人の何んと幸福なことよ。
ああ、それに比べて現実を前にした詩人の何んと惨(みじ)めなことよ。」
そんな溜息(ためいき)を洩らしながら昨夜(ゆうべ)も私は寝床に這入(はい)った。
実は雑誌記者夕方私の所にやって来て
どうでも明日までに原稿を書いて貰(もら)わねば困ると云うのである。
私は徹夜をしてもきっと間に合わせると約束をして其奴(そいつ)を撃退してやったが、
それからすぐ睡(ねむ)くなって、「これぁ不可(いか)ん。こうして
居るよりか、ひとつ夢でも見て詩の良導体になってやろう。」
そう考えながら寝床に這入り、私はそのまま他愛もなく眠ってしまった。
それから何やらごたごたと沢山夢は見たけれど、
今朝(けさ)目を覚ましたら皆忘れていた。
勝手にしやがれ、と私は糞度胸(くそどきょう)を据えて
珈琲(ブラック・コオフィイ)を飲みかけようとした途端(とたん)に、こんな事を思いついた。
「己(おれ)の書こうと思っている夢のコントの中では魔法使い婆さん
鳥の骨ばかりになった奴にソオスをぶっかけ
そいつを己に食わせやあがったが、
あれはあれでちょっと乙(おつ)な味がしたぞ。
己もひとつその流儀で行こうかしらん。
己のやくざな夢の残骸(ざんがい)にウオタアマン・インクをぶっかけてやったら、
何とかそれなりに恰好(かっこう)がつくかも知れぬ。
よし、それで行こう……」


     1 奇妙な店

 私の見る夢には大概色彩がある。そういう夢を見るのは神経衰弱のせいだと教えてくれる人が居る。そんなことはどうだっていい。唯(ただ)、私の見る色彩のある夢にも二種あることを私は云っておきたい。その一つは、鮮明な、すき透(とお)るような色彩からのみ成っている。その色はちょっとドロップスのそれに似ている。(私は一ぺん糖分が夢にはよく利(き)くというのでドロップスをどっさり頬張(ほおば)りながら寝たことがあるが、その朝、私はそのドロップスにそっくりな色の着いた夢を見たっけ……)そう、そう、それから私がマリイ・ロオランサンの絵に夢中になっていたのもあの絵の色が私の夢のそれに似ていたからであった。が、もう一方の夢は、そんな鮮明な色は無い。何とも云えず物凄(ものすご)いような色で一様に塗り潰(つぶ)されているばかりである。しかし、そんな色は殆(ほとん)ど現実の中には見出(みいだ)されないようだから、無色と云ってもいいかも知れない。しかし所謂(いわゆる)無色なのではない。私はたった一ぺんきりそれを見て「ああこの色だ」と思ったものがある。それは仏蘭西(フランス)の L'ESPRIT NOUVEAU という美術雑誌に数年前載っていたピカソの Nature Morteの絵だ。まあ、あれがちょっと私のそんな夢の色に似ていた。
 私が真先に書こうと思っている「奇妙な店」の方は、その第一の種類に属している。鮮(あざ)やかな色の着いている方だ。そうしてその夢の冒頭は、私のそういう種類の夢の中にそれまでにも屡々(しばしば)現われて来たことのある、一つの場面から始まる。その私のよく夢に見る場面というのは、ただ一本緑色をした樹木から成り立っている。その緑色の葉が何とも云えずに綺麗(きれい)なのだ。そしてそれをじっと見つめていられない程それが眩(まぶ)しいのだ。しかしそんなに眩しいのはその緑色の葉のせいばかりではないかも知れない。その緑の茂みの上に一面に硫黄(いおう)のような色をした斑点(はんてん)のようなものが無数にちらついているのだ。それはなんだかそんな黄色をした無数の小さな蝶(ちょう)が簇(むら)がりながら飛んでいるようにも見える。それはまたその木にそんな色をした無数の小さな花が咲いていてそれが微風に揺られながら太陽反射しているのかとも思える。なんだか私にはよく分らないけれども私はそれにうっとりと見入っている。――この何んの木だか分らないが、いつも同じ木は、私の夢の中に、そう――少くとももう七遍ぐらいは出て来ている。だからそう珍らしくはない筈(はず)だが、それでも不思議に私はその度毎(たびごと)に、いつも最初にそれを見た時のような驚きをもって、わくわくしながらそれに見入るのだ。


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