鴉片を喫む美少年 関連リンク

国枝 史郎 のオススメ作品

作家別索引

作品別索引

鴉片を喫む美少年 - 国枝 史郎 ( くにえだ しろう )

  • 読まずば二度死ね★内藤陳★冒険小説探偵小説SF小説開高健
  • (b041)「こちらノーム」IT小説? スパイ小説?企業小説?長谷川潤二
  • ◆第四次元の小説/幻想数学短編集 幻想小説/数学/物理学
  • 中古小説●○乱気流 小説・巨大経済新聞【上・下】高杉 良●○D
  • 現代怪奇小説集 上巻のみ 初版帯つき ホラー小説 幻想文学 即決
  • た竹本健治 腐蝕の惑星 SF小説 冒険小説 文庫 初版帯つき 即決
  • こころに効く小説の書き方 三田誠広 光文社 小説作法 切手可
  • ピェール・プール「小説E=MC2」SF小説
  • 小説家の小説家論 安岡章太郎 初版
  • ★ゲゲゲの女房・小説・武良布枝・水木しげる・連続テレビ小説
次のページ
1 (水戸武士早川弥五郎が、清国上海(シャンハイ)へ漂流し、十数年間上海に居り、故郷友人吉田惣蔵へ、数回長い消息をした。その消息を現代文書きかえ、敷衍し潤色したものがこの作である。――作者附記)

 友よ、今日は「鴉片を喫む美少年」の事について消息しよう。
 鴉片戦争も酣(たけなわ)となった。清廷の譎詐(きっさ)と偽瞞とは、云う迄もなくよくないが、英国のやり口もよくないよ。
 いや英国のやり口の方が、遥かにもっとよくないのだ。
 何しろ今度の戦争原因が、清国の国禁を英国商人が破り、広東で数万函の鴉片輸入し――しかも堂々たる密輸入をしたのを、硬骨蛮勇の両広(りょうこう)総督林則徐(りんそくじょ)が怒って英国領事エリオットをはじめとして英国人の多数を、打尽して獄に投じたことなのだからね。
 が、まあそんなことはどうでもよいとして「鴉片を喫む美少年」の話をしよう。
 僕といえども鴉片を喫むのだ。他に楽しみがないのだからね。日本を離れて八年になる。△△三年×月□□日、釣り品川沖へ出て行って、意外のしけにぶつかって、舟が流れて外海へ出、一日漂流したところを、外国通いの外国船に救われ、その船が上海へ寄港した時、その船から下ろされて、そのまま今日に及んだんだからね。今の境遇では日本の国へ、いつ帰れるとも解(わか)らない。藩籍からも除かれたそうだし、何か国禁でも犯したかのように、幕府の有司などは誤解していると、君からの手紙にあったので、せっかく日本へ帰ったところで、面白いことがないばかりか、冷遇されるだろうから、帰国しようと思っていないのさ。
 しかし一日として日本のことを、思わない日はないのだよ。勿論妻も子供もないから、君侯のことや朋輩のことや――わけても君、吉田惣蔵君のことを、何事につけても思い出すのだがね。
 黄浦(ホアンプー)河の岸に楊柳(ようりゅう)の花が咲いて散って空に飜えり、旗亭や茶館や画舫などへ、鵞毛のように降りかかる季節、四五月季節が来ようものなら、わけても日本がなつかしくなるよ。
 楊柳の花! 楊柳の花!
 友よ、友よ、楊柳の花のよさは、何と云ったらよいだろう!
 詩人李白が詠(うた)ったっけ。――

楊花落尽子規啼(ようかおちつくしてしきなく)。
聞道竜標過五渓(きくならくりゅうひょうごけいをすぐと)。
我寄愁心与明月(われしゅうしんをよせてめいげつにあたう)。
随風直到夜郎西(かぜにしたがってただちにやろうのにしにいたる)。

 詩人王維も詠ったっけ。――

花外江頭坐不帰(かがいこうとうざしてかえらず)。
水晶宮殿転霏微(すいしょうきゅうでんうたたひび)。
桃花細逐楊花落(とうかこまかにようかをおっておつ)。
黄鳥時兼白鳥飛(こうちょうときにははくちょうをかねてとぶ)。

 が、今は楊柳の花が、僕の心を感傷的にする、そういう季節ではないのだよ。しかし僕の語ろうとする「鴉片を喫む美少年」の物語の、主人公美少年と逢ったのは、その今年の楊柳の花が、咲き揃っている季節だった。
 その夜僕は上海城内の、行きつけの鴉片窟「金花酔楼」へ、一人でこっそり入って行った。
 その家は外観(みかけ)は薬種屋なのだ。
 しかしその家の門口をくぐり、ちょっと店員に眼くばせをして、裏木戸から中庭へ出ようものなら、もう鴉片窟の俤(おもかげ)が、眼前に展開されるのさ。
 闇黒の中に石の階段が、斜めに空に延びていて、その外れに廊下があり、廊下の片側全体が、喫煙室酒場娯楽室、そういうものになっていて、酒場からは酔っ払った男女の声が、罵るように聞こえてき、娯楽室からは胡弓の音や、笛の音などが聞こえて来るのさ。
 僕は度々来て慣れているので、すぐに石の階段上り酒場の入口を素通りし、娯楽室の楽器の音を聞き流し、喫煙室へ入って行った。
 度々来て鴉片を喫(の)む僕にとっては、悪臭と煙と人いきれと暗い火影と濁った空気と、幽鬼じみて見える鴉片常用者と、不潔な寝台淫蕩な枕と、青い焔を立てている、煙燈(エント)の火がむしろ懐かしく、微笑をさえもするのだが、そうでない君のような人間が、突然こんな部屋へやって来たら、その陰惨とした光景に、きっと眼を蔽うことだろうよ。


 僕は入口で金を払い、中へ入って一つの寝台へ上った。そうしてすぐ横|仆(た)わり、先ず煙燈(エント)へ火を点じ、それから煙千子(エンチェンズ)を取り上げた。それから煙筒(エンコ)に入れている液へ――つまり一回分の鴉片液なのだが、その中へ煙千子を入れ、鴉片液を煙千子の先へ着け、それを煙燈の火にかざした。つまり鴉片を煉り出したのだ。
 寝台は二人寝になっているのだ。寝台三方は板壁で、一方だけが開いていて、そこには垂布(たれぎぬ)がかけてあるのだ。すなわち一つの独立した、小さい部屋を形成しているのさ。
 隣りの部屋も、その隣りの部屋も、その隣りの部屋もそうなっているのさ。
 どの部屋も客で一杯らしかった。
 何という奇怪なことなんだろう
 政府鴉片輸入させまいとして――すなわち支那人間に、鴉片喫煙させまいとして、ほとんど一国の運命を賭して、世界の強大国英吉利(イギリス)を相手に、大戦争をしているのに、肝心の支那人間は、風馬牛視して鴉片を喫っている。鴉片窟はここばかりにあるのでなく、上海だけにも数十軒あり、その他上流中流の家には、その設備出来ているのだよ。
 そんなにも鴉片美味なものなのか? 勿論! しかしそれについては、僕は何事も云うまいと思う。僕が故国へ帰って行かない理由の、その半分はこの国に居れば、鴉片を喫うことが出来るけれど、日本へ帰ったら喫うことが出来ない。――と云うことにあるということだけを、書き記すだけに止めて置こう。
 やっと鴉片を煉り終えて、煙斗へ詰めてしまった時、一人少年が垂布をかかげて、僕の部屋へ入って来た。


次のページ

国枝 史郎 (くにえだ しろう) 以外のオススメ作品

鴉片を喫む美少年 (あへんをのむびしょうねん) のリンク元

「鴉片を喫む美少年-国枝 史郎」の関連ページ


関連ページ
Web Services by Yahoo! JAPAN