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鸚鵡 ――大震覚え書の一つ―― - 芥川 竜之介 ( あくたがわ りゅうのすけ )

  • 曽野綾子**[*狂王ヘロデ*]**その人は飼っていた鸚鵡に言葉*\1890
  • ◆別冊近代映画 昭和53年冬の号 郷ひろみスペシャル ワニと鸚鵡
  • 切手可■別冊近代映画 郷ひろみ「ワニと鸚鵡とおっとせい」
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鸚鵡 ――大震覚え書の一つ―― 芥川龍之介  これは御覧の通り覚え書に過ぎない。覚え書を覚え書のまま発表するのは時間の余裕(よゆう)に乏しい為である。或は又その外にも気持の余裕に乏しい為である。しかし覚え書のまま発表することに多少は意味のない訣(わけ)でもない。大正十二年九月十四日記。

 本所(ほんじよ)横網町(よこあみちやう)に住める一中節(いつちうぶし)の師匠(ししやう)。名は鐘大夫(かねだいふ)。年は六十三歳。十七歳の孫娘と二人暮らしなり。
 家は地震にも潰(つぶ)れざりしかど、忽ち近隣に出火あり。孫娘と共に両国(りやうごく)に走る。携(たづさ)へしものは鸚鵡(あうむ)の籠(かご)のみ。鸚鵡の名は五郎(ごらう)。背は鼠色、腹は桃色。芸は錺屋(かざりや)の槌(つち)の音と「ナアル」(成程(なるほど)の略)といふ言葉とを真似(まね)るだけなり。
 両国(りやうごく)より人形町(にんぎやうちやう)へ出(い)づる間(あひだ)にいつか孫娘と離れ離れになる。心配なれども探してゐる暇(ひま)なし。往来(わうらい)の人波。荷物の山。カナリヤの籠を持ちし女を見る。待合(まちあひ)の女将(おかみ)かと思はるる服装。「こちとらに似たものもあると思ひました」といふ。その位の余裕はあるものと見ゆ
 鎧橋(よろひばし)に出づ。町の片側は火事なり。その側(かは)に面せるに顔、焼くるかと思ふほど熱かりし由。又何か落つると思へば、電線を被(おほ)へる鉛管(えんかん)の火熱(くわねつ)の為に熔(と)け落つるなり。この辺(へん)より一層人に押され、度(たび)たび鸚鵡(あうむ)の籠も潰(つぶ)れずやと思ふ。鸚鵡は始終狂ひまはりて已(や)まず。
 丸(まる)の内(うち)に出づれば日比谷(ひびや)の空に火事の煙の揚(あ)がるを見る。警視庁帝劇などの焼け居りしならん。やつと楠(くすのき)の銅像のほとりに至る。芝の上に坐りしかど、孫娘のことが気にかかりてならず。大声に孫娘の名を呼びつつ、避難民の間(あひだ)を探しまはる。日暮(にちぼ)。遂に松のかげに横はる。隣りは店員数人をつれたる株屋。空は火事の煙の為、どちらを見てもまつ赤(か)なり。鸚鵡突然「ナアル」といふ。
 翌日も丸の内一帯より日比谷|迄(まで)、孫娘を探しまはる。「人形町なり両国なりへ引つ返さうといふ気は出ませんでした」といふ。午(ひる)ごろより饑渇(きかつ)を覚ゆること切なり。やむを得ず日比谷の池の水を飲む。孫娘は遂に見つからず。夜は又丸の内の芝の上に横はる。鸚鵡の籠を枕べに置きつつ、人に盗(ぬす)まれはせぬかと思ふ。日比谷の池の家鴨(あひる)を食(く)らへる避難民を見たればなり。空にはなほ火事の明(あか)りを見る。
 三日(みつか)は孫娘を断念し、新宿(しんじゆく)の甥(をひ)を尋(たづ)ねんとす。桜田(さくらだ)より半蔵門(はんざうもん)に出づるに、新宿も亦(また)焼けたりと聞き、谷中(やなか)の檀那寺(だんなでら)を手頼(たよ)らばやと思ふ。


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