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鸚鵡のゐる部屋 - 牧野 信一 ( まきの しんいち )

  • 曽野綾子**[*狂王ヘロデ*]**その人は飼っていた鸚鵡に言葉*\1890
  • ◆別冊近代映画 昭和53年冬の号 郷ひろみスペシャル ワニと鸚鵡
  • 切手可■別冊近代映画 郷ひろみ「ワニと鸚鵡とおっとせい」
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     一  フロラが飼つてゐる鸚鵡は、好く人に慣れてゐて籠から出してやると、あちこちの部屋ヨタヨタ散歩したり、階段を滑稽な脚どりで昇り降りしたりするが、 「お早う」も、 「今日は――」も知らなかつた。せめて二つや三つの言葉位は教へようと、はじめのうちは皆がかはるがはる努力したが、まるで教師馬鹿にしてゐる見たいにキヨトンとしてゐるばかりで、決して何んな簡単言葉でも覚えなかつたから、今では皆あきらめてしまつて、 「彼女は唖である。」とか、
「シヽリイ産のなまけ者だよ。」とか、
「変りものなんだらう。」など、軽蔑して相手にされなくなつてゐた。――が彼女はかへつてそれを幸福にでも思つてゐるかのやうに、ぼんやりと陽なたで居眠りをしてゐたりしてゐることが多かつた。
 気が向くと籠から飛び降りて、あちこちを散歩廻るのが癖だつた。愛されてゐない猫のやうに何処に彼女が現れても、振り向く者もなかつた。
騎士がその森を通り抜けて広い野原の中の一筋道を歩いて行くと遥かの山の麓にいかめしい城がそば立つてゐるのを認めた。」
 フロラの家庭に(アメリカ人である。フロラは其家の一人娘である。)寄宿して横浜から東京学校に通つてゐる大学生であつた彼は、お伽噺の本などをフロラに示されて、それを日本語説明することなどを日課のやうに、フロラから夕食後の時間が来ると求められることが多かつた。
「ナイト――は軍人である。」
「グンジン?」
「イエス――。或ひは武士――この場合はブシと訳した方が適当である、何故ならばナイトが古典語である如く、武士は。」
 フロラの日本語は、尋常二年の読本が辛うじて読み得る程度であつた。そして彼は英会話が完全に自由でなく、それを顧慮して話すフロラの家族の者とだけ稍(やゝ)自由に話し得る程度であつたから――英語を持つて様々日本語解釈をするのは難儀であつた。
(こゝに誌されてゐる彼等の会話は、英語で話されてゐるのを、筆者が和文書き換へたものと想像されたい。)
「これらのチヤムピオン・ストーリイは、どうも二人にとつて煩雑過ぎるやうであるから、寧ろ僕等の国の尋常読本テキストに選ばうか――そして、今迄の本では僕が君に依つて発音法を習ふテキスト・ブツクとしようではないか。」
 などと彼は申し出た。彼は、フロラの椅子片端に凭りかゝつて、フロラの膝に翻つてゐるフエアリイ・ブツクの画を見てゐた。――城は七つの窓を持つてゐる。騎士はそのうちの一つの窓に、間もなく点(とも)るであらうランプの光りを待たなければならなかつた。ブラツク・キングと称する化物に囚はれの身になつてゐる恋人を、騎士は救(たす)け出しに来たのである。ランプが点る部屋恋人が閉されてゐる筈であつた。
「では、あたしが読み続けよう。――そして、今度はあたしが先生なのよ。だからあたしの生徒先生音読に従つて忠実に発音法を練習しなければならないよ。」
「よろしい。」
 生徒は、先生の肩に腕をかけて教科書を眺めてゐた。

     二

 ゆうべ思はず夜更しをしてしまつて彼は眼醒時計が鳴つたのも知らなかつた。
「起きあがらないと、入つて行くかも知れないよ。お起きなさいよ、――オートミールが冷えてしまふ――」
 フロラの烈しいノツクで彼は、漸く目を醒した。
「今、顔を洗つてゐるところなのさ。――五分間待つてお呉れな。」
「その猶予が惜しまれるのよ、だつて突然事件が起つたんですもの。」
「…………」
「では扉(ドアー)越しに云ふわ――。グリツプが――ね。」
 とフロラは叫んだ。グリツプといふのは、あの唖鸚鵡綽名である。「グリツプが今朝あたしの枕もとで、突然一つの言葉を発したのよ!」
 学生は慌てゝ身じまひをして、廊下へ飛び出した。そして、
「ほんとうなの! 何んな?」
 と、驚きの意味でフロラの両肩を握んで、
「それは、たしかに事件に違ひないな!」
 と唸つた。
「…………」
 フロラは、何故かあかい顔をして学生の顔を見返してゐたが、切なさを辛(こら)へるぎごちなさを振り切るやうにして、
「あたしの部屋へ行かう――」
 と叫びながら、学生部屋と反対側にある東向きの自分アパートへ駈け込んだ。
 フロラの部屋の窓には爽々(すが/\)しい朝陽綺麗に当つてゐた。グリツプは、窓台の上の籠で陽を浴びてゐた。
「あなたが来るまでと思つてグリツプを閉ぢ込めておいたのよ。」
「どんな言葉を発したの?」
「グリツプから、それを聞くことにしませうよ!」
 とフロラは微笑んで、卓子(テーブル)の上に鳥籠を置き換へた。
 だが、待つても/\グリツプは決して発言しないのである。
「何うしたんだらう。今朝あたしが眼を醒すと、突然言葉を発したのに……」
「で――お母さん達にさう云つたの?」
「いゝえ――。


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