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黄英 - 田中 貢太郎 ( たなか こうたろう )

  • 昭和9年 日本怪談全集 第4巻 田中貢太郎 改造社
  • #日本怪談全集 Ⅱ 田中貢太郎 桃源社
  • $日本怪談全集Ⅰ 田中貢太郎著 桃源社
  • $日本逸話全集 田中貢太郎著 桃源社
  • # 日本怪談実話 全 田中貢太郎著 桃源社 初版
  • 田中貢太郎 日本怪談全集 全2巻 桃源社 昭和45年発行
  • $情鬼・朱唇 田中貢太郎著 桃源社
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 馬子才(ばしさい)は順天(じゅんてん)の人であった。その家は代々菊が好きであったが、馬子才に至ってからもっとも甚しく、佳い種があるということを聞くときっと買った。それには千里を遠しとせずして出かけて往くという有様であった。
 ある日、金陵の客が来て馬の家に泊ったが、その客が、
自分のいとこの家に、佳い菊が一つあるが、それは北の方にはないものだ」
 と言った。馬はひどく喜んで、すぐ旅装を整えて、客に従(つ)いて金陵へ往ったが、その客がいろいろと頼んでくれたので、二つの芽を手に入れることができた。馬はそれを大事にくるんで帰ってきたが、途の中ほどまで帰った時、一人少年に逢った。少年は驢(ろば)に乗って幕を垂れた車の後から往っていたが、その姿がきりっとしていた。だんだん近くなって話しあってみると、少年自分で陶(とう)という姓であると言ったが、その話しぶりが上品で趣があった。そこで少年は馬の旅行しているわけを訊いた。馬は隠さずにほんとうのことを話した。すると少年が言った。
「種に佳くないという種はないのですが、作るのは人にあるのですから」
 そこでいっしょに菊の作り方を話しあった。馬はひどく悦(よろこ)んで、
「これから何所(どこ)へいらっしゃるのです」
 と言って訊いた。少年は、
「姉が金陵を厭がりますから、河北(かほく)に移って往くところです」
 と答えた。馬はいそいそとして言った。
「僕の家は貧乏ですが、榻(ねだい)を置く位の所はあります、きたなくておかまいがなけりゃ、他(ほか)へ往かなくってもいいじゃありませんか」
 陶は車の前へ往って姉に向って相談した。車の中からは簾(すだれ)をあげて返事をした。それは二十歳(はたち)ばかりの珍しい美人であった。女は陶を見かえって、
「家はどんなに狭くてもかまわないけど、庭の広い所がね」
 と言った。そこで陶の代りに馬が返事をして、とうとういっしょに伴れだって帰ってきた。
 馬の家の南に荒れた圃(はた)があって、そこに椽(たるき)の三四本しかない小舎(こや)があった。陶はよろこんでそこにおって、毎日北の庭へきて馬のために菊の手入れをした。菊の枯れたものがあると、根を抜いてまた植えたが、活きないものはなかった。
 しかし家は貧しいようであった。陶は毎日馬といっしょに飯を喫(く)っていたが、その家の容子(ようす)を見るに煮たきをしないようであった。馬の細君の呂は、これまた陶の姉をかわいがって、おりおり幾升(いくます)かを恵んでやった。陶の姉は幼名を黄英(こうえい)といっていつもよく話をした。黄英は時とすると呂の所へ来ていっしょに裁縫したり糸をつむいだりした。
 陶はある日、馬に言った。
「あなたの家も、もともと豊かでないのに、僕がこうして毎日厄介をかけているのですが、いつまでもこうしてはいられないのです、菊を売って生計(くらし)をたてたいとおもうのですが」
 馬は生れつき片意地な男であった。陶の言葉を聞いてひどく鄙(いやし)んで言った。
「僕は、君は風流の高士で、能(よ)く貧に安んずる人と思ってたが、今そんなことを言うのは、風流をもってあきないとするもので、菊を辱めるというものだね」
 すると陶は笑って言った。
自分の力で喫ってゆくことは、貪(むさぼ)りじゃあないのです、花を販(う)って、生計をたてることは、俗なことじゃないのです、人はかりそめに富を求めてはならないですが、しかし、また務めて貧を求めなければならないこともないでしょう」
 馬がそれっきり口をきかないので、陶も起って出て往ったが、それから陶は馬の所で寝たり食事をしたりしないようになった。呼びにやるとやっと一度位は来た。その時から陶は馬の棄ててある菊の枝の残りや悪い種のものを悉く拾って往くようになった。
 間もなく菊の花が咲いた。馬は陶の家の門口が市場のようにやかましいのを聞いて、へんに思って往って窺(のぞ)いてみた。そこには市(まち)の人が集まってきて菊の花を買うところであった。そしてその人達が車に載せたり肩に負ったりして帰って往くのが道に続いていた。その花を見るに皆かわり種の珍しいもので、馬のまだ一度も見たことのないものであった。馬は心に陶が金を貪るのを厭(いと)うて絶交しようと思ったが、しかしまたひそかに佳い木をかくしているのが恨めしくもあって、とうとう逢って誚(せ)めてやろうと思って扉を叩いた。すると陶が出てきて手をとって曳き入れた。
 見ると荒れた庭の半畝位は皆菊の畦(あぜ)になって小舎の外には空地がなかった。抜き取った跡には別の枝を折って※してあった。畦に在る花で佳くないものはなかった、そして、細かにそれを見ると皆自分がいつか抜いて棄てたものであった。陶は内へ入って酒と肴を持ってきて、畦の側に席をかまえ、
「僕は清貧に安んずることができなかったのですが、毎朝幸いにすこしばかりの金が取れますので、酔っていただくことができます」
 と言った。暫くして房(へや)の中から、
「三郎」
 といって呼んだ。陶は、
「はい」
 と返事をして出て往ったが、すぐに立派な肴を出してきた。それは手のこんだ良い料理であった。馬はそこで、
「姉さんは、なぜ結婚しないのですか」
 といって訊いた。


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