湯ヶ原ゆき - 国木田 独歩 ( くにきだ どっぽ )
一
定(さだ)めし今(いま)時分(じぶん)は閑散(ひま)だらうと、其(その)閑散(ひま)を狙(ねら)つて來(き)て見(み)ると案外(あんぐわい)さうでもなかつた。殊(こと)に自分(じぶん)の投宿(とうしゆく)した中西屋(なかにしや)といふは部室數(へやかず)も三十|近(ぢか)くあつて湯(ゆ)ヶ|原(はら)温泉(をんせん)では第(だい)一といはれて居(ゐ)ながら而(しか)も空室(あきま)はイクラもない程(ほど)の繁盛(はんじやう)であつた。少(すこ)し當(あて)は違(ちが)つたが先(ま)づ/\繁盛(はんじやう)に越(こ)した事(こと)なしと斷念(あきら)めて自分(じぶん)は豫想外(よさうぐわい)の室(へや)に入(はひ)つた。
元來(ぐわんらい)自分(じぶん)は大(だい)の無性者(ぶしやうもの)にて思(おも)ひ立(たつ)た旅行(りよかう)もなか/\實行(じつかう)しないのが今度(こんど)といふ今度(こんど)は友人(いうじん)や家族(かぞく)の切(せつ)なる勸告(くわんこく)でヤツと出掛(でか)けることになつたのである。『其處(そこ)に骨(ほね)の人(ひと)行(ゆ)く』といふ文句(もんく)それ自身(じしん)がふら/\と新宿(しんじゆく)の停車場(ていしやぢやう)に着(つ)いたのは六月二十日の午前(ごぜん)何時であつたか忘(わす)れた。兔(と)も角(かく)、一汽車(ひときしや)乘(の)り遲(おく)れたのである。
同伴者(つれ)は親類(しんるゐ)の義母(おつかさん)であつた。此人(このひと)は途中(とちゆう)萬事(ばんじ)自分(じぶん)の世話(せわ)を燒(や)いて、病人(びやうにん)なる自分(じぶん)を湯(ゆ)ヶ|原(はら)まで送(おく)り屆(とゞ)ける役(やく)を持(もつ)て居(ゐ)たのである。
『どうせ待(ま)つなら品川(しながは)で待(ま)ちましようか、同(おな)じことでも前程(さき)へ行(い)つて居(ゐ)る方(はう)が氣持(きもち)が可(い)いから』
と自分(じぶん)がいふと
『ハア、如何(どう)でも。』
其處(そこ)で國府津(こふづ)までの切符(きつぷ)を買(か)ひ、品川(しながは)まで行(ゆ)き、其(その)プラツトホームで一|時間(じかん)以上(いじやう)も待(ま)つことゝなつた。十一|時頃(じごろ)から熱(ねつ)が出(で)て來(き)たので自分(じぶん)はプラツトホームの眞中(まんなか)に設(まう)けある四|方(はう)硝子張(がらすばり)の待合室(まちあひしつ)に入(はひ)つて小(ちひ)さくなつて居(ゐ)ると呑氣(のんき)なる義母(おつかさん)はそんな事(こと)とは少(すこ)しも御存知(ごぞんじ)なく待合室(まちあひしつ)を出(で)て見(み)たり入(はひ)つて見(み)たり、煙草(たばこ)を喫(すつ)て見(み)たり、自分(じぶん)が折(を)り折り話(はな)しかけても只(た)だ『ハア』『そう』と答(こた)へらるゝだけで、沈々(ちん/\)默々(もく/\)、空々(くう/\)漠々(ばく/\)、三日でも斯(か)うして待(ま)ちますよといはぬ計(ばか)り、悠然(いうぜん)、泰然(たいぜん)、茫然(ばうぜん)、呆然(ぼうぜん)たるものであつた。其中(そのうち)漸(やうや)く神戸(かうべ)行(ゆき)が新橋(しんばし)から來(き)た。特(とく)に國府津(こふづ)止(どまり)の箱(はこ)が三四|輛(りやう)連結(れんけつ)してあるので紅帽(あかばう)の注意(ちゆうい)を幸(さいはひ)にそれに乘(の)り込(こ)むと果(はた)して同乘者(どうじようしや)は老人夫婦(らうじんふうふ)きりで頗(すこぶ)る空(すい)て居(ゐ)た、待(ま)ち疲(くたび)れたのと、熱(ねつ)の出(で)たのとで少(すく)なからず弱(よわつ)て居(ゐ)る身體(からだ)をドツかと投(な)げ下(おろ)すと眼がグラついて思(おも)はずのめりさうにした。
前夜(ぜんや)の雨(あめ)が晴(はれ)て空(そら)は薄雲(うすぐも)の隙間(あひま)から日影(ひかげ)が洩(もれ)ては居(ゐ)るものゝ梅雨(つゆ)季(どき)は爭(あらそ)はれず、天際(てんさい)は重(おも)い雨雲(あまぐも)が被(おほ)り重(かさ)なつて居(ゐ)た。汽車(きしや)は御丁寧(ごていねい)に各驛(かくえき)を拾(ひろ)つてゆく。
『義母(おつかさん)此處(こゝ)は梅(うめ)で名高(なだか)ひ蒲田(かまた)ですね。』
『そう?』
『義母(おつかさん)田植(たうゑ)が盛(さか)んですね。』
『そうね。』
『御覽(ごらん)なさい、眞紅(まつか)な帶(おび)を結(し)めて居(ゐ)る娘(むすめ)も居(ゐ)ますよ。』
『そうね。』
『義母(おつかさん)川崎(かはさき)へ着(つ)きました。』
『そうね。』
『義母(おつかさん)お大師樣(だいしさま)へ何度(なんど)お參(まゐ)りになりました。』
『何度(なんど)ですか。』
これでは何方(どつち)が病人(びやうにん)か分(わから)なくなつた。自分(じぶん)も斷念(あきら)めて眼(め)をふさいだ。
二
トロリとした間(ま)に鶴見(つるみ)も神奈川(かながは)も過(す)ぎて平沼(ひらぬま)で眼(め)が覺(さ)めた。僅(わづ)かの假寢(うたゝね)ではあるが、それでも氣分(きぶん)がサツパリして多少(いくら)か元氣(げんき)が附(つ)いたので懲(こり)ずまに義母(おつかさん)に
『横濱(よこはま)に寄(よ)らないだけ未(ま)だ可(よ)う御座(ござ)いますね。』
『ハア。』
是非(ぜひ)もないことゝ自分(じぶん)も斷念(あきら)めて咽喉疾(いんこうしつ)には大敵(たいてき)と知(し)りながら煙草(たばこ)を喫(す)い初(はじ)めた。老人夫婦(らうじんふうふ)は頻(しき)りと話(はな)して居(ゐ)る。而(しか)もこれは婦(をんな)の方(はう)から種々(しゆ/″\)の問題(もんだい)を持出(もちだ)して居(ゐ)るやうだそして多少(いくら)か煩(うるさ)いといふ氣味(きみ)で男(をとこ)はそれに説明(せつめい)を與(あた)へて居(ゐ)たが隨分(ずゐぶん)丁寧(ていねい)な者(もの)で決(けつ)して『ハア』『そう』の比(ひ)ではない。
若(も)し或人(あるひと)が義母(おつかさん)の脊後(うしろ)から其(その)脊中(せなか)をトンと叩(たゝ)いて『義母(おつかさん)!』と叫(さけ)んだら『オヽ』と驚(おどろ)いて四邊(あたり)をきよろ/\見廻(みまは)して初(はじ)めて自分(じぶん)が汽車(きしや)の中(なか)に在(あ)ること、旅行(りよかう)しつゝあることに氣(き)が附(つ)くだらう。全體(ぜんたい)旅(たび)をしながら何物(なにもの)をも見(み)ず、見(み)ても何等(なんら)の感興(かんきよう)も起(おこ)さず、起(おこ)しても其(それ)を折角(せつかく)の同伴者(つれ)と語(かた)り合(あつ)て更(さら)に興(きよう)を増(ま)すこともしないなら、初(はじ)めから其人(そのひと)は旅(たび)の面白(おもしろ)みを知(し)らないのだ、など自分(じぶん)は獨(ひと)り腹(はら)の中(なか)で愚痴(ぐち)つて居(ゐ)ると
『あれは何(なん)でしよう、そら彼(あ)の山(やま)の頂邊(てつぺん)の三|角(かく)の家(うち)のやうなもの。』
『どれだ。』
『そら彼(あ)の山(やま)の頂邊(てつぺん)の、そら……。』
『どの山(やま)だ』
『そら彼(あ)の山(やま)ですよ。』
『どれだよ。』
『まア貴下(あなた)あれが見(み)えないの。アゝ最早(もう)見(み)えなくなつた。』と老婦人(らうふじん)は殘念(ざんねん)さうに舌打(したうち)をした。義母(おつかさん)は一寸(ちよつ)と其方(そのはう)を見(み)たばかり此時(このとき)自分(じぶん)は思(おも)つた義母(おつかさん)よりか老婦人(らうふじん)の方(はう)が幸福(しあはせ)だと。
そこで自分(じぶん)は『對話(たいわ)』といふことに就(つい)て考(かんが)へ初(はじ)めた、大袈裟(おほげさ)に言(い)へば『對話哲學(たいわてつがく)』又(ま)たの名(な)を『お喋舌(しやべり)哲學(てつがく)』に就(つい)て。
自分(じぶん)は先(ま)づ劈頭(へきとう)第(だい)一に『喋舌(しやべ)る事(こと)の出來(でき)ない者(もの)は大馬鹿(おほばか)である』
三
『喋舌(しやべ)ることの出來(でき)ないのを稱(しよう)して大馬鹿(おほばか)だといふは餘(あま)り殘酷(ひど)いかも知(し)れないが、少(すくな)くとも喋舌(しやべ)らないことを以(もつ)て甚(ひど)く自分(じぶん)で豪(え)らがる者(もの)は馬鹿者(ばかもの)の骨頂(こつちやう)と言(い)つて可(よ)ろしい而(そ)して此種(このしゆ)の馬鹿者(ばかもの)を今(いま)の世(よ)にチヨイ/\見受(みう)けるには情(なさけ)ない次第(しだい)である。』
『旅(たび)は道連(みちづれ)、世(よ)は情(なさけ)といふが、世(よ)は情(なさけ)であらうと無(な)からうと別問題(べつもんだい)として旅(たび)の道連(みちづれ)は難有(ありが)たい、マサカ獨(ひと)りでは喋舌(しやべ)れないが二人(ふたり)なら對手(あひて)が泥棒(どろぼう)であつても喋舌(しやべ)りながら歩(ある)くことが出來(でき)る。』など、それからそれと考(かんが)へて居(ゐ)るうち又(また)眠(ねむ)くなつて來(き)た。
睡眠(ねむり)は安息(あんそく)だ。自分(じぶん)は眠(ねむ)ることが何(なに)より好(す)きである。けれど爲(しよ)うことなしに眠(ねむ)るのはあたら一|生涯(しやうがい)の一|部分(ぶゝん)をたゞで失(な)くすやうな氣がして頗(すこぶ)る不愉快(ふゆくわい)に感(かん)ずる、處(ところ)が今(いま)の場合(ばあひ)、如何(いかん)とも爲(し)がたい、眼(め)の閉(とづ)るに任(ま)かして置(お)いた。
幾分位(いくら)眠(ねむ)つたか知(し)らぬが夢現(ゆめうつゝ)の中(うち)に次(つぎ)のやうな談話(はなし)が途斷(とぎ)れ/\に耳(みゝ)に入(はひ)る。
元來(ぐわんらい)自分(じぶん)は大(だい)の無性者(ぶしやうもの)にて思(おも)ひ立(たつ)た旅行(りよかう)もなか/\實行(じつかう)しないのが今度(こんど)といふ今度(こんど)は友人(いうじん)や家族(かぞく)の切(せつ)なる勸告(くわんこく)でヤツと出掛(でか)けることになつたのである。『其處(そこ)に骨(ほね)の人(ひと)行(ゆ)く』といふ文句(もんく)それ自身(じしん)がふら/\と新宿(しんじゆく)の停車場(ていしやぢやう)に着(つ)いたのは六月二十日の午前(ごぜん)何時であつたか忘(わす)れた。兔(と)も角(かく)、一汽車(ひときしや)乘(の)り遲(おく)れたのである。
同伴者(つれ)は親類(しんるゐ)の義母(おつかさん)であつた。此人(このひと)は途中(とちゆう)萬事(ばんじ)自分(じぶん)の世話(せわ)を燒(や)いて、病人(びやうにん)なる自分(じぶん)を湯(ゆ)ヶ|原(はら)まで送(おく)り屆(とゞ)ける役(やく)を持(もつ)て居(ゐ)たのである。
『どうせ待(ま)つなら品川(しながは)で待(ま)ちましようか、同(おな)じことでも前程(さき)へ行(い)つて居(ゐ)る方(はう)が氣持(きもち)が可(い)いから』
と自分(じぶん)がいふと
『ハア、如何(どう)でも。』
其處(そこ)で國府津(こふづ)までの切符(きつぷ)を買(か)ひ、品川(しながは)まで行(ゆ)き、其(その)プラツトホームで一|時間(じかん)以上(いじやう)も待(ま)つことゝなつた。十一|時頃(じごろ)から熱(ねつ)が出(で)て來(き)たので自分(じぶん)はプラツトホームの眞中(まんなか)に設(まう)けある四|方(はう)硝子張(がらすばり)の待合室(まちあひしつ)に入(はひ)つて小(ちひ)さくなつて居(ゐ)ると呑氣(のんき)なる義母(おつかさん)はそんな事(こと)とは少(すこ)しも御存知(ごぞんじ)なく待合室(まちあひしつ)を出(で)て見(み)たり入(はひ)つて見(み)たり、煙草(たばこ)を喫(すつ)て見(み)たり、自分(じぶん)が折(を)り折り話(はな)しかけても只(た)だ『ハア』『そう』と答(こた)へらるゝだけで、沈々(ちん/\)默々(もく/\)、空々(くう/\)漠々(ばく/\)、三日でも斯(か)うして待(ま)ちますよといはぬ計(ばか)り、悠然(いうぜん)、泰然(たいぜん)、茫然(ばうぜん)、呆然(ぼうぜん)たるものであつた。其中(そのうち)漸(やうや)く神戸(かうべ)行(ゆき)が新橋(しんばし)から來(き)た。特(とく)に國府津(こふづ)止(どまり)の箱(はこ)が三四|輛(りやう)連結(れんけつ)してあるので紅帽(あかばう)の注意(ちゆうい)を幸(さいはひ)にそれに乘(の)り込(こ)むと果(はた)して同乘者(どうじようしや)は老人夫婦(らうじんふうふ)きりで頗(すこぶ)る空(すい)て居(ゐ)た、待(ま)ち疲(くたび)れたのと、熱(ねつ)の出(で)たのとで少(すく)なからず弱(よわつ)て居(ゐ)る身體(からだ)をドツかと投(な)げ下(おろ)すと眼がグラついて思(おも)はずのめりさうにした。
前夜(ぜんや)の雨(あめ)が晴(はれ)て空(そら)は薄雲(うすぐも)の隙間(あひま)から日影(ひかげ)が洩(もれ)ては居(ゐ)るものゝ梅雨(つゆ)季(どき)は爭(あらそ)はれず、天際(てんさい)は重(おも)い雨雲(あまぐも)が被(おほ)り重(かさ)なつて居(ゐ)た。汽車(きしや)は御丁寧(ごていねい)に各驛(かくえき)を拾(ひろ)つてゆく。
『義母(おつかさん)此處(こゝ)は梅(うめ)で名高(なだか)ひ蒲田(かまた)ですね。』
『そう?』
『義母(おつかさん)田植(たうゑ)が盛(さか)んですね。』
『そうね。』
『御覽(ごらん)なさい、眞紅(まつか)な帶(おび)を結(し)めて居(ゐ)る娘(むすめ)も居(ゐ)ますよ。』
『そうね。』
『義母(おつかさん)川崎(かはさき)へ着(つ)きました。』
『そうね。』
『義母(おつかさん)お大師樣(だいしさま)へ何度(なんど)お參(まゐ)りになりました。』
『何度(なんど)ですか。』
これでは何方(どつち)が病人(びやうにん)か分(わから)なくなつた。自分(じぶん)も斷念(あきら)めて眼(め)をふさいだ。
二
トロリとした間(ま)に鶴見(つるみ)も神奈川(かながは)も過(す)ぎて平沼(ひらぬま)で眼(め)が覺(さ)めた。僅(わづ)かの假寢(うたゝね)ではあるが、それでも氣分(きぶん)がサツパリして多少(いくら)か元氣(げんき)が附(つ)いたので懲(こり)ずまに義母(おつかさん)に
『横濱(よこはま)に寄(よ)らないだけ未(ま)だ可(よ)う御座(ござ)いますね。』
『ハア。』
是非(ぜひ)もないことゝ自分(じぶん)も斷念(あきら)めて咽喉疾(いんこうしつ)には大敵(たいてき)と知(し)りながら煙草(たばこ)を喫(す)い初(はじ)めた。老人夫婦(らうじんふうふ)は頻(しき)りと話(はな)して居(ゐ)る。而(しか)もこれは婦(をんな)の方(はう)から種々(しゆ/″\)の問題(もんだい)を持出(もちだ)して居(ゐ)るやうだそして多少(いくら)か煩(うるさ)いといふ氣味(きみ)で男(をとこ)はそれに説明(せつめい)を與(あた)へて居(ゐ)たが隨分(ずゐぶん)丁寧(ていねい)な者(もの)で決(けつ)して『ハア』『そう』の比(ひ)ではない。
若(も)し或人(あるひと)が義母(おつかさん)の脊後(うしろ)から其(その)脊中(せなか)をトンと叩(たゝ)いて『義母(おつかさん)!』と叫(さけ)んだら『オヽ』と驚(おどろ)いて四邊(あたり)をきよろ/\見廻(みまは)して初(はじ)めて自分(じぶん)が汽車(きしや)の中(なか)に在(あ)ること、旅行(りよかう)しつゝあることに氣(き)が附(つ)くだらう。全體(ぜんたい)旅(たび)をしながら何物(なにもの)をも見(み)ず、見(み)ても何等(なんら)の感興(かんきよう)も起(おこ)さず、起(おこ)しても其(それ)を折角(せつかく)の同伴者(つれ)と語(かた)り合(あつ)て更(さら)に興(きよう)を増(ま)すこともしないなら、初(はじ)めから其人(そのひと)は旅(たび)の面白(おもしろ)みを知(し)らないのだ、など自分(じぶん)は獨(ひと)り腹(はら)の中(なか)で愚痴(ぐち)つて居(ゐ)ると
『あれは何(なん)でしよう、そら彼(あ)の山(やま)の頂邊(てつぺん)の三|角(かく)の家(うち)のやうなもの。』
『どれだ。』
『そら彼(あ)の山(やま)の頂邊(てつぺん)の、そら……。』
『どの山(やま)だ』
『そら彼(あ)の山(やま)ですよ。』
『どれだよ。』
『まア貴下(あなた)あれが見(み)えないの。アゝ最早(もう)見(み)えなくなつた。』と老婦人(らうふじん)は殘念(ざんねん)さうに舌打(したうち)をした。義母(おつかさん)は一寸(ちよつ)と其方(そのはう)を見(み)たばかり此時(このとき)自分(じぶん)は思(おも)つた義母(おつかさん)よりか老婦人(らうふじん)の方(はう)が幸福(しあはせ)だと。
そこで自分(じぶん)は『對話(たいわ)』といふことに就(つい)て考(かんが)へ初(はじ)めた、大袈裟(おほげさ)に言(い)へば『對話哲學(たいわてつがく)』又(ま)たの名(な)を『お喋舌(しやべり)哲學(てつがく)』に就(つい)て。
自分(じぶん)は先(ま)づ劈頭(へきとう)第(だい)一に『喋舌(しやべ)る事(こと)の出來(でき)ない者(もの)は大馬鹿(おほばか)である』
三
『喋舌(しやべ)ることの出來(でき)ないのを稱(しよう)して大馬鹿(おほばか)だといふは餘(あま)り殘酷(ひど)いかも知(し)れないが、少(すくな)くとも喋舌(しやべ)らないことを以(もつ)て甚(ひど)く自分(じぶん)で豪(え)らがる者(もの)は馬鹿者(ばかもの)の骨頂(こつちやう)と言(い)つて可(よ)ろしい而(そ)して此種(このしゆ)の馬鹿者(ばかもの)を今(いま)の世(よ)にチヨイ/\見受(みう)けるには情(なさけ)ない次第(しだい)である。』
『旅(たび)は道連(みちづれ)、世(よ)は情(なさけ)といふが、世(よ)は情(なさけ)であらうと無(な)からうと別問題(べつもんだい)として旅(たび)の道連(みちづれ)は難有(ありが)たい、マサカ獨(ひと)りでは喋舌(しやべ)れないが二人(ふたり)なら對手(あひて)が泥棒(どろぼう)であつても喋舌(しやべ)りながら歩(ある)くことが出來(でき)る。』など、それからそれと考(かんが)へて居(ゐ)るうち又(また)眠(ねむ)くなつて來(き)た。
睡眠(ねむり)は安息(あんそく)だ。自分(じぶん)は眠(ねむ)ることが何(なに)より好(す)きである。けれど爲(しよ)うことなしに眠(ねむ)るのはあたら一|生涯(しやうがい)の一|部分(ぶゝん)をたゞで失(な)くすやうな氣がして頗(すこぶ)る不愉快(ふゆくわい)に感(かん)ずる、處(ところ)が今(いま)の場合(ばあひ)、如何(いかん)とも爲(し)がたい、眼(め)の閉(とづ)るに任(ま)かして置(お)いた。
幾分位(いくら)眠(ねむ)つたか知(し)らぬが夢現(ゆめうつゝ)の中(うち)に次(つぎ)のやうな談話(はなし)が途斷(とぎ)れ/\に耳(みゝ)に入(はひ)る。
国木田 独歩 (くにきだ どっぽ) 以外のオススメ作品
湯ヶ原ゆき (ゆがわらゆき) のリンク元
「湯ヶ原ゆき-国木田 独歩」の関連ページ
-
広島県/直助溜池 - ザ・ダムサイト - ザ・ダムサイト
本流行の害毒と其裏面談Tue, 13 Oc取引なし:成功への常道「積小為大」Fri, 25 Se酒中日記 国木田独歩ウィキペディア直助溜池直助溜池の報道newsプラグインエラー「直助溜池」の検 -
まあ正直旬は逃したわけですが - テラカオスバトルロワイアル @ ウィキ - テラカオスバトルロワイアル @ ウィキ
お台場を飛び立った国木田は、そのまま飛び続けて横浜までやってきていた。「うーん、そう簡単に知り合いは見つからないか……。ひとまず、この辺で休むか」翼を畳み、国木田は大地を踏みしめる。その直後、彼の -
登場人物(M機関)M戦 - ぷちへどのどく @ ウィキ - ぷちへどのどく @ ウィキ
~ルーキー6~皆本優馬田村沙織平岡隼人近藤大輔浮葉和也藤森鈴菜~M機関が世界に誇る俊才~成宮和村北原奈菜~頼れる先輩~小早川伊織~熊坂の側近~玉木裕太~上官たち~熊坂国木田~心中の世界~破邪 -
クラスメイト国木田 - ヴァイスシュヴァルツwiki - ヴァイスシュヴァルツwiki
SY/W08-013カード名:クラスメイト国木田カテゴリ:キャラクター色:黄レベル:0 コスト:0 トリガー:0パワー:500 ソウル:1特徴:《特徴なし》【永】アラーム このカードがクロックの1 -
小説(日本)カ行(中学高校) - wikiwiki2 @ ウィキ - wikiwiki2 @ ウィキ
県(高校)第33番 木下順二 『夕鶴・彦市ばなし』 久我中第30番 木下順二 『日本民話選』 椙山中第27番 木村裕一 『あらしのよるに』 埼玉県(高校)第6番 国木田独歩 『武蔵野』 久我中第31番 倉田 -
國木田 - 非リレー型バトルロワイアル @ ウィキ - 非リレー型バトルロワイアル @ ウィキ
【國木田@パワプロクンポケットカオスフルswing編】パワポケにおけるメガネ一族のポジションと、ハルヒ本編における国木田のポジションを同時に担うキャラ。野球部の所属だが、今ひとつやる気のない部の雰囲気に不満を持ちハルヒたちの草野球に参加するようになる。 -
久我山中学(日本文学)100冊 - wikiwiki2 @ ウィキ - wikiwiki2 @ ウィキ
の踊子 新潮文庫 27 川端康成 掌の小説 新潮文庫 28 北杜夫 少年 中公文庫 29 北杜夫 どくとるマンボウ航海記 中公文庫 30 木下順二 夕鶴・彦市ばなし 新潮文庫 31 国木田独歩 武藏野 岩波 -
44-340「爆発は芸術だ」 - 【涼宮ハルヒの憂鬱】佐々木ss保管庫 @ Wiki - 【涼宮ハルヒの憂鬱】佐々木ss保管庫 @ Wiki
辺りはご自由にどうぞ」キョン「よし、見てろよ。 まずは国木田から当たってみるか」そんなある日の昼食時間344 :この名無しがすごい!:2009/06/01(月)001039 IDiU853qWJ340佐々木「そうそう、一番 -
【『空牙』―The Living Legend】の巻 - オウガーストリート記 - オウガーストリート記
ル大蛇(国木田 実篤)『オロチ』 -
48-467「アナザーデイ イン ザ レイン」 - 【涼宮ハルヒの憂鬱】佐々木ss保管庫 @ Wiki - 【涼宮ハルヒの憂鬱】佐々木ss保管庫 @ Wiki
してからほとんどこの辺りに来る事はなかったけれど、なにも変わっていない。 懐かしく思う気持ちで心を満たしながら商店街を出て、表通りへと向かう。「あれ? 佐々木さんじゃない?」「おい国木田、あの美人はお前の知り合いか!?」 突然
