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子規と野球 - 斎藤 茂吉 ( さいとう もきち )

  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 8』森鴎外 正岡子規 夏目漱石1円
  • 福田古道人 扇面 掛軸 漢詩人俳人 和歌山 把栗 子規門
  • 文化人シリーズ 正岡 子規(未使用、1951年)
  • 即決 月刊絵手紙 2002年2月号 正岡子規の仰臥浪漫
  • 【注目品】文化人/正岡子規/8円/1951.09.19
  • ★美本,絶版 岩波文庫ワイド【仰臥漫録】正岡子規(プチソフト1)
  • 俳人画家 折井愚哉 富士図肉筆扇面 師子規小山正太郎 岡山 
  • 《啓美コイン》【テレカ:日本100名城】松山城 正岡子規 金箔 横
  • ◆◇額面スタート◆◇文化人シリーズ「正岡子規」◇◆
  • ◆収集家の処分品 文化人切手『正岡子規』 I-33
 私は七つのとき村の小学校に入つたが、それは明治廿一年であつた。丁度そのころ、私の兄が町の小学校からベースボールといふものを農村に伝へ、童幼の仲間に一時小流行をしたことがあつた。東北地方の村の百姓は、さういふ閑をも作らず、従つて百姓間にはベースボール流行せずにしまつた。
 正岡子規第一高等中学にゐてベースボールをやつたのは、やはり明治廿二年頃で、松羅玉液といふ随筆の中でベースボールを論じたのは明治廿九年であつた。松羅玉液の文章は驚くべきほど明快でてきぱきしてゐる。本基(ホームベース)廻了(ホームイン)討死、除外(アウト)立尽、立往生(スタンデング)などの中、只今でもその名残をとどめてゐるものもあるだらう。
『球戯を観る者は球を観るべし』といふ名文句は、子規の創めた文句であつた。『ベースボールには只※一個の球(ボール)あるのみ。而して球は常に防者の手にあり。此球こそ此遊戯中心となる者にして球の行く処、即ち遊戯中心なり。球は常に動く故に遊戯中心も常に動く』云々に本づくのであつた。
 明治一年子規ベースボールの歌九首を作つた。明治一年といへば、子規の歌としては最も初期のもので、かの百中十首の時期に属する。
『久方のアメリカ人のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも』。子規明治新派和歌歌人の尖端を行つた人であるが、『久方の』といふ枕言葉は天(あめ)にかかるものだから同音のアメリカのアメにかけた。かういふ自在技法をも子規は棄てなかつた。また一首の中に、洋語系統のアメリカビト、ベースボールといふ二つの言葉を入れ、そのため、結句には、『見れど飽かぬかも』といふやうな、全くの万葉言葉を使つて調子を取らうとしたものである。つまり子規のその時分の考へは、言葉といふものは、東西古今に通じて、自由自在を目ざしたものであり、その資材も何でもかでもこだはることなく、使ひこなすといふことであつた。ベースボールの歌を作つたのなどもやはりさういふ考へに本づいたものであつた。それ以前にも『開化新題』の和歌といふものがあつたけれども、それと子規新派和歌とは違ふのである。
『若人(わかひと)のすなる遊びはさはにあれどベースボールに如くものもあらじ』。これはベースボールといふ遊戯全体を讚美したものである。
国人ととつ国人と打ちきそふベースボールを見ればゆゆしも』。競技が国内ばかりでなく、外国人相手をもするやうになつたことを歌つたもので、随筆に、『近時第一高等学校と在横浜米人との間に仕合(マツチ)ありしより以来ベースボールといふ語は端なく世人の耳に入りたり』云々ともある。
『打ち揚ぐるボールは高く雲に入りて又落ち来る人の手の中に』の結句『人の手の中に』はベースボール技術写生したのであつた。『今やかの三つのベースに人満ちてそぞろに胸の打ち騒ぐかな』は、ベースといふ字をそのまま使つてをり、満基(フルベース)の状態を歌つたもので、人をはらはらさせる状態を歌つてゐる。一小和歌といへども、ベースボール歴史を顧れば感慨無量のものとなる。



底本:「日本の名随筆 別巻73 野球作品社
   1997(平成9)年3月25日第1刷発行
底本の親本:「斎藤茂吉全集 第七巻」岩波書店
   1975(昭和50)年6月初版発行
入力:門田裕志
校正:氷魚、多羅尾伴内
2003年12月12日作成
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