採峰徘菌愚 関連リンク

佐藤 垢石 のオススメ作品

作家別索引

作品別索引

採峰徘菌愚 - 佐藤 垢石 ( さとう こうせき )

  • 読まずば二度死ね★内藤陳★冒険小説探偵小説SF小説開高健
  • (b041)「こちらノーム」IT小説? スパイ小説?企業小説?長谷川潤二
  • ◆第四次元の小説/幻想数学短編集 幻想小説/数学/物理学
  • 中古小説●○乱気流 小説・巨大経済新聞【上・下】高杉 良●○D
  • 現代怪奇小説集 上巻のみ 初版帯つき ホラー小説 幻想文学 即決
  • た竹本健治 腐蝕の惑星 SF小説 冒険小説 文庫 初版帯つき 即決
  • こころに効く小説の書き方 三田誠広 光文社 小説作法 切手可
  • ピェール・プール「小説E=MC2」SF小説
  • 小説家の小説家論 安岡章太郎 初版
  • ★ゲゲゲの女房・小説・武良布枝・水木しげる・連続テレビ小説
次のページ
     一  篠秋痘鳴と山田論愚の二人が南支方向へ行くことになった。そこで私は、伊東斜酣と石毛大妖の二人を集めて、何か送別の催しをやろうではないか、という相談をはじめたのである。
 なかなか、名案が出てこない。ことあるたびに、酒ばかり飲みたがるのは時節柄大いに慎まなければならないし、釣りにはこの前の日曜日に、上総の国竹岡へ遠征したばかりだ。何かほかに面白い考えはないか、というので銘々想を練った。ところがややあって、斜酣があるあると言って膝を打つのだ。
 採蜂ハイキングがよかろう、と言う。採蜂ハイキングというのは一体どんなことをやるのかと問うて斜酣が説明するところを聞くと、一見百聞に勝るというから、細かなことは現地において実演してみせるが、要するに蜂の子を採って、それを酒の肴にすることだ。
 また、酒か?
 いや、酒はつけたりであるが、蜂の子のおいしいことは、
  本草綱目に、

頭足未成者油炒食之

 とある通り日本人から支那人に至るまで誰も知らぬ者はあるまい。僕の郷里信州諏訪地方では昔から、秋の佳饌(かせん)としてこれの右に出ずるはないとしている。だから、近年では地蜂の種をほとんど採り尽くしてしまって僕の子供のときのように、たびたびご馳走になれないことになったが、近年蜂の子の佳味が次第に人々の理解をうけて需要が増したから、地蜂の桃源郷といわれた浅間山麓へ、蜂の子缶詰会社ができた。
 だが、缶詰製造がはげしいので、浅間山麓の地蜂も悉く退治されてしまい、さきごろ缶詰会社野州那須ヶ原へ引っ越してしまったという話だ。
 本草綱目には頭足まだ成らざる者を油で炒って食うとあるが、ほんとうにおいしいのは、既に肢翅成って巣蓋(そうがい)を破り、まさに天宙に向かって飛翔動作に移らんとするまで育ったのが至味というのである。それを生きているまま食うのが、本筋の蜂の子通だ。肢翅なればお尻の針も、充分に人を刺すだけの力が備わっている。だからそれを、生きているまま口へ放り込んだ瞬間、針で舌縁を刺されるか、その前に逸早く奥歯で噛み殺すか、というスリルも共に味わうので、稚鮎を梅酢に泳がせ、梅酢を含んだところを生きているまま食うなど、この比ではない。
 それは、甚だ物騒なご馳走だね。
 しかし、僕は決して針の生えた生きている蜂をそのまま口へ放り込めとは言わん。やはり、頭足いまだならざる幼いそしてやわらかい子の方が、初心者に歓迎されるのだから、いよいよ蜂の巣を採って来たならば、諸君自分の好きな方を食うがよかろう。
 蜂の子を一匹ずつ巣から、ピンセットで引っ張り出し、それをそのまま味醂醤油砂糖でからからに煮てもよし、塩にまぶして焙烙(ほうろく)で炒ってもいい。油でいためればさらによく、蜂の子めしに至っては珍中の珍だ。
 とは言え、さきほど申す通り、塩をふって生きているままを食うのに越したことはないのである。そこでまあ、食味のことは巣を採ってから、お互いに賞翫(しょうがん)することにして、食うことよりも巣を発見するまでが面白い山野を跋渉しなければならないから健康的で、まず新スポーツとでも言えるだろう。厚生省が高唱している体位向上の主旨にも叶(かな)うわけだ。
 まあ、騙(だま)されたと思ってついてき給え、明夜は蜂の子で送別の乾杯だ。

     二

 昨年の十月下旬の某日、私と痘鳴と、大妖と論愚の四人は斜酣のあとへ從った。目ざすところは、武蔵野大泉方面の叢林(そうりん)である。
 斜酣を先導として武蔵野鉄道大泉駅へ下車して村を抜け、野路を越えて畑のなかへ出た。折りから漸く秋深く、楢と椚の林は趣をかえて紅葉の彩に美しい。芒の穂も茅の穂ももう枯れた。
 五、六十間さきへ行った斜酣は、畑の中で何か踏んづけた模様である。踏んづけたものを、斜酣は右の手で抓(つま)みあげた。蛇だ蛇だ。蛇は鎌首に楕円の波を打たせて持ちあげるが、なかなか斜酣の手まで鎌首が到達しない。私らは、何の目的があって蛇を捕えたのだろう、と考えて斜酣の側(そば)へ駈けつけた。
 すると斜酣は蛇の首を靴の踵(かかと)で踏み砕いておいて、直ぐ蛇の皮を剥いでしまった。砥石(といし)の粉色の斑点を全身に艶々と飾っていた山かがしは、俄に桃色の半透明な肉の棒と化してしまったのである。
 斜酣、貴公は鮮やかな腕前を持っているの。私らは驚いて斜酣の器用な手先を見ている。
 彼は徐ろにポケットから洋刀を取り出し、件の肉の棒を骨ぐるみ、輪切りに五つ切りばかりに切り離した。そして、その蛇の輪切りを二尺ばかりの細い篠の棒にさして、私ら銘々に持たせたのである。そこで斜酣が説明するに、一体地蜂の親を誘惑するには生きている動物の肉でなければいけないのだが、就中(なかんずく)赤蛙の活肉が歓迎される。だが、蛙はもう土の底へ潜ってしまったものか、きょうは見つからない。やむを得ず代用品として、山かがしをとっちめた訳だ。
 これからいよいよ、地蜂の巣を捜しに行く段取りとなるのだけれど、ここで一応諸君に承知していて貰いたいことがある。そもそも地蜂の巣を捜すにはまず親蜂の散歩しているところを発見しなければならない。親蜂は、巣にいる子供に餌を運ぶため朝から晩まで、終日野や林のなかを翔(か)けめぐっている。蜂は蟻のように団体行動をとらないで、どんなおいしい餌を発見しても単身で働いているものだ。地蜂の親は甚だ小型でからだ全体が青灰色を呈し、腹から尻にかけラグビーの襯衣(はだぎ)のような横縞がある。


次のページ

佐藤 垢石 (さとう こうせき) 以外のオススメ作品

採峰徘菌愚 (さいほうハイキング) のリンク元

「採峰徘菌愚-佐藤 垢石」の関連ページ


関連ページ
Web Services by Yahoo! JAPAN