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寸情風土記 - 泉 鏡花 ( いずみ きょうか )

  • 京洛舞台風土記/戸板康二/単行本(状態普通 後払い メール便)
  • 旺文社 磯貝正義 監修 山梨県風土記
  • 雑誌 毎日グラフ1962年10~12月10冊セット ダム風土記大江健三郎
  • 河内風土記 今東光 角川文庫2140 《送料無料》
  • 【岩波写真文庫137/1960】鹿児島県-新風土記- N68
  • 【岩波写真文庫201/1958】東京都-新風土記- n31
  • ■荻窪風土記 [単行本] ■井伏鱒二/著 ■新潮社■即決
  • ◆◆井伏鱒二 荻窪風土記 新潮文庫 
  • 芝居国・風土記★戸板康二
  • おはなし歴史風土記8■茨城県篇■歴史教育者協議会
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 金澤(かなざは)の正月(しやうぐわつ)は、お買初(かひぞ)め、お買初(かひぞ)めの景氣(けいき)の好(い)い聲(こゑ)にてはじまる。初買(はつがひ)なり。二日(ふつか)の夜中(よなか)より出(いで)立(た)つ。元日(ぐわんじつ)は何(なん)の商賣(しやうばい)も皆(みな)休(やす)む。初買(はつがひ)の時(とき)、競(きそ)つて紅鯛(べにだひ)とて縁起(えんぎ)ものを買(か)ふ。笹(さゝ)の葉(は)に、大判(おほばん)、小判(こばん)、打出(うちで)の小槌(こづち)、寶珠(はうしゆ)など、就中(なかんづく)、緋(ひ)に染色(そめいろ)の大鯛(おほだひ)小鯛(こだひ)を結(ゆひ)付(つ)くるによつて名(な)あり。お酉樣(とりさま)の熊手(くまで)、初卯(はつう)の繭玉(まゆだま)の意氣(いき)なり。北國(ほくこく)ゆゑ正月(しやうぐわつ)はいつも雪(ゆき)なり。雪(ゆき)の中(なか)を此(こ)の紅鯛(べにだひ)綺麗(きれい)なり。此(こ)のお買初(かひぞ)めの、雪(ゆき)の眞夜中(まよなか)、うつくしき灯(ひ)に、新版(しんぱん)の繪草紙(ゑざうし)を母(はゝ)に買(か)つてもらひし嬉(うれ)しさ、忘(わす)れ難(がた)し。
 おなじく二日(ふつか)の夜(よ)、町(まち)の名(な)を言(い)ひて、初湯(はつゆ)を呼(よ)んで歩(ある)く風俗(ふうぞく)以前(いぜん)ありたり、今(いま)もあるべし。たとへば、本町(ほんちやう)の風呂屋(ふろや)ぢや、湯(ゆ)が沸(わ)いた、湯(ゆ)がわいた、と此(こ)のぐあひなり。これが半纏(はんてん)向(むか)うはち卷(まき)の威勢(ゐせい)の好(い)いのでなく、古合羽(ふるがつぱ)に足駄穿(あしだば)き懷手(ふところで)して、のそり/\と歩行(ある)きながら呼(よ)ぶゆゑをかし。金澤(かなざは)ばかりかと思(おも)ひしに、久須美佐渡守(くすみさどのかみ)の著(あらは)す、(浪華(なには)の風(かぜ))と云(い)ふものを讀(よ)めば、昔(むかし)、大阪(おほさか)に此(こ)のことあり――二日(ふつか)は曉(あけ)七(なゝ)つ時(どき)前(まえ)より市中(しちう)螺(ほら)など吹(ふ)いて、わいたわいたと大聲(おほごゑ)に呼(よ)びあるきて湯(ゆ)のわきたるをふれ知(し)らす、江戸(えど)には無(な)きことなり――とあり。
 氏神(うぢがみ)の祭禮(さいれい)は、四五月頃(しごぐわつごろ)と、九十月頃(くじふぐわつごろ)と、春秋(しゆんじう)二度(にど)づゝあり、小兒(こども)は大喜(おほよろこ)びなり。秋(あき)の祭(まつり)の方(はう)賑(にぎは)し。祇園囃子(ぎをんばやし)、獅子(しし)など出(い)づるは皆(みな)秋(あき)の祭(まつり)なり。子供(こども)たちは、手(て)に手(て)に太鼓(たいこ)の撥(ばち)を用意(ようい)して、社(やしろ)の境内(けいだい)に備(そな)へつけの大太鼓(おほだいこ)をたゝきに行(ゆ)き、また車(くるま)のつきたる黒塗(くろぬり)の臺(だい)にのせて此(こ)れを曳(ひ)きながら打(うち)囃(はや)して市中(しちう)を練(ね)りまはる。ドヾンガドン。こりや、と合(あひ)の手(て)に囃(はや)す。わつしよい/\と云(い)ふ處(ところ)なり。
 祭(まつり)の時(とき)のお小遣(こづかひ)を飴買錢(あめかひぜに)と云(い)ふ。飴(あめ)が立(た)てものにて、鍋(なべ)にて暖(あたゝ)めたるを、麻殼(あさがら)の軸(ぢく)にくるりと卷(ま)いて賣(う)る。飴(あめ)買(か)つて麻(あさ)やろか、と言(い)ふべろんの言葉(ことば)あり。饅頭(まんぢう)買(か)つて皮(かは)やろかなり。御祝儀(ごしうぎ)、心(こゝろ)づけなど、輕少(けいせう)の儀(ぎ)を、此(これ)は、ほんの飴買錢(あめかひぜに)。
 金澤(かなざは)にて錢(ぜに)百と云(い)ふは五|厘(りん)なり、二百が一|錢(せん)、十|錢(せん)が二|貫(くわん)なり。たゞし、一|圓(ゑん)を二|圓(ゑん)とは云(い)はず。
 蒲鉾(かまぼこ)の事(こと)をはべん、はべんをふかしと言(い)ふ。即(すなは)ち紅白(こうはく)のはべんなり。皆(みな)板(いた)についたまゝを半月(はんげつ)に揃(そろ)へて鉢肴(はちざかな)に裝(も)る。逢(あ)ひたさに用(よう)なき門(かど)を二度(にど)三度(さんど)、と言(い)ふ心意氣(こゝろいき)にて、ソツと白壁(しろかべ)、黒塀(くろべい)について通(とほ)るものを、「あいつ板附(いたつき)はべん」と言(い)ふ洒落(しやれ)あり、古(ふる)い洒落(しやれ)なるべし。
 お汁(つゆ)の實(み)の少(すく)ないのを、百間堀(ひやくけんぼり)に霰(あられ)と言(い)ふ。田螺(たにし)と思(おも)つたら目球(めだま)だと、同(おな)じ格(かく)なり。百間堀(ひやくけんぼり)は城(しろ)の堀(ほり)にて、意氣(いき)も不意氣(ぶいき)も、身投(みなげ)の多(おほ)き、晝(ひる)も淋(さび)しき所(ところ)なりしが、埋立(うめた)てたれば今(いま)はなし。電車(でんしや)が通(とほ)る。滿員(まんゐん)だらう。心中(しんぢう)したのがうるさかりなむ。
 春雨(はるさめ)のしめやかに、謎(なぞ)を一(ひと)つ。……何枚(なんまい)衣(き)ものを重(かさ)ねても、お役(やく)に立(た)つは膚(はだ)ばかり、何(なに)?……筍(たけのこ)。
 然(しか)るべき民謠集(みんえうしふ)の中(なか)に、金澤(かなざは)の童謠(どうえう)を記(しる)して(鳶(とんび)のおしろに鷹匠(たかじよ)が居(ゐ)る、あつち向(む)いて見(み)さい、こつち向(む)いて見(み)さい)としたるは可(よ)きが、おしろに註(ちう)して(お城(しろ))としたには吃驚(びつくり)なり。おしろは後(うしろ)のなまりと知(し)るべし。此(こ)の類(るゐ)あまたあり。茸狩(たけが)りの唄(うた)に、(松(まつ)みゝ、松(まつ)みゝ、親(おや)に孝行(かうかう)なもんに當(あた)れ。)此(こ)の松(まつ)みゝに又(また)註(ちう)して、松茸(まつたけ)とあり。飛(と)んだ間違(まちがひ)なり。金澤(かなざは)にて言(い)ふ松(まつ)みゝは初茸なり。此(こ)の茸(きのこ)は、松(まつ)美(うつく)しく草(くさ)淺(あさ)き所(ところ)にあれば子供(こども)にも獲(え)らるべし。(つくしん坊(ばう)めつかりこ)ぐらゐな子供(こども)に、何處(どこ)だつて松茸(まつたけ)は取(と)れはしない。一體(いつたい)童謠(どうえう)を收録(しうろく)するのに、なまりを正(たゞ)したり、當推量(あてずゐりやう)の註釋(ちうしやく)は大(だい)の禁物(きんもつ)なり。


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